第7話 証拠らしきもの
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第7話 証拠らしきもの
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噂は。
放っておけば、消える。
……はず、だった。
◇
「――森本。ちょっと、いいか」
昼休み。
担任に、呼ばれた。
職員室では、なく。
廊下の、隅。
それが、逆に。
嫌な、感じ、だった。
「なんですか」
「文化祭の、備品の、件だが」担任は、言いにくそうに、切り出した。「……パイプ椅子が、一脚、破損している。脚が、曲がっていた」
「知ってます。撤収のとき、聞きました」
「うん。それでな」担任は、言った。「……その椅子の、下から。これが、出てきた」
担任が。
ポケットから、取り出したのは。
――俺の、キーホルダーだった。
家の、鍵に、つけてた、やつ。
少し前に、なくした、と、思ってた。
◇
「……これ、俺のです」
「そうか」
「でも」俺は、慌てて、言った。「俺、その椅子、触ってません」
「そうか」
「本当です」
「うん」担任は、頷いた。「まあ、それはいい。……ただ、お前、文化祭の、あの時間。どこに、いた?」
……。
うっ。
「……逃げてました」
「そうだよな」担任は、ため息を、ついた。「つまり、お前には、その時間の、アリバイが、ない」
「アリバイって」
「先生も、そんな大げさな話に、したくない」担任は、言った。「椅子一脚だ。弁償で、済む話でもある。……ただな」
「……」
「最近、お前の、噂が。……いろいろ、聞こえてくる」
……ああ。
そっちか。
「先生は、噂は、信じない」担任は、言った。「でも、こういう、物が、出てくると。……庇いにくくなる」
……。
何も。
言い返せなかった。
◇
放課後。図書室。
俺は、その話を。
全部、話した。
「……キーホルダー、ですか」
五百旗頭が。
眉を、寄せた。
「なくしたのは、いつですか」
「たぶん、文化祭の、少し前。……気づいたら、なかった」
「どこで?」
「わからん。……教室か、部室か、廊下か」
「拾った人が、いれば」五百旗頭は、言った。「……置くことは、可能です」
「置く?」
「破損した椅子の、下に。……置いておけば」五百旗頭は、言った。「あなたが、そこに、いた、ように、見える」
ぞ、と、した。
「……そんなこと、するか?」
「わかりません。……ただ」五百旗頭は、言った。「偶然、あなたのキーホルダーが、そこにあった。……その確率は、低い」
五百旗頭は。
指を、折り始めた。
「あなたが、なくしたのは、文化祭の前。破損は、文化祭当日。……なくした場所と、破損場所が、一致する、必然性は、ありません」
……そう、言われると。
たしかに。
変だ。
◇
でも。
それだけじゃ、なかった。
三日後。
今度は、こんな話が、出た。
「――森本くん、放課後、体育倉庫に、いたよね?」
一年生の、女子に、話しかけられた。
まったく、面識のない、子だった。
「え? 行ってないけど」
「あれ? でも、見たよ。先週の、水曜」
「水曜?」
「うん。夕方。……体育倉庫の、鍵、開けてた」
……。
行ってない。
体育倉庫なんて。
一度も。
でも。
その、女子は。
心底、不思議そうな、顔で。
「……絶対、森本くんだったけどな」
と、言った。
◇
「――また、それか」
俺は、頭を、抱えた。
「また、『見た』ってやつだ。……前と、同じだ」
「……いえ」
五百旗頭が。
首を、振った。
「今回は、違います」
「なんで、そう言える」
「前回は、あなたが、有名になったことで。……顔を知らない生徒が、勝手に、誤認しました」五百旗頭は、言った。「でも、今回」
五百旗頭は、俺を、見た。
「――体育倉庫の、鍵の、貸出記録を、見ました」
「……は?」
「生徒会の、書記ですから」五百旗頭は、淡々と、言った。「備品管理の、書類は、見られます」
……そうか。
こいつ。
生徒会に、入ったんだった。
「先週の、水曜。夕方。……体育倉庫の、鍵は、確かに、貸し出されています」
「誰に!?」
「……署名欄には」五百旗頭は、言った。「『二年二組・森本基成』と、書いて、あります」
……。
心臓が。
跳ねた。
「書いてない!」俺は、叫んだ。「俺、そんなの、書いてない!」
「筆跡は」五百旗頭は、静かに、言った。「……あなたのものと、よく、似ています」
◇
しん、と、なった。
図書室が。
やけに、静かに、感じた。
「……偽造?」俺は、かすれた声で、言った。
「わかりません」五百旗頭は、首を、振った。「ただ、可能性は、三つです」
五百旗頭は、指を、立てた。
「一。あなたが、書いた。……そして、忘れている」
「忘れてない!」
「二。誰かが、あなたの筆跡を、真似た」
「……」
「三。誰かが、あなたに、書かせた」
「書かせた?」
「たとえば、別の書類に、署名させて。……それを、差し替える」五百旗頭は、言った。「あなた、最近。何かに、名前を、書きましたか」
……。
書いた。
山ほど、書いた。
文化祭の、参加名簿。
応援演説の、承諾書。
進路希望調査。
委員会の、確認書。
……全部。
誰かに、渡した。
「……いくらでも、あるな」
「ええ」五百旗頭は、言った。「……つまり、三の可能性が、いちばん、高い」
◇
「……なあ、五百旗頭」
「なんですか」
「これ、やってるやつ」俺は、言った。「……俺の、近くにいる、やつだよな」
五百旗頭は。
答えなかった。
でも。
その、沈黙が。
答えだった。
キーホルダーを、拾える距離。
署名した書類に、触れられる立場。
俺の、行動を、把握している人物。
……近い。
かなり、近い。
「……気持ち悪いな」
俺は、そう、言うのが、精一杯だった。
◇
その、とき。
図書室の、扉が、開いた。
「……」
東海林四季だった。
いつもより。
さらに、遅い、時間に。
「四季」
「……ん」
「今日も、部活か」
「……うん」
四季は。
席には、座らずに。
立ったまま。
言った。
「……ごめん。……今日、すぐ、帰る」
「え?」
「……明日、練習試合。……早い」
「……そうか」
「……ん」
四季は。
それだけ、言って。
扉に、向かった。
でも。
その、途中で。
一度だけ。
立ち止まって。
振り返らずに。
言った。
「……森本」
「なんだよ」
「……気を、つけて」
「……何に?」
「……」
四季は。
答えなかった。
そのまま。
出て、いった。
……。
気を、つけて。
何に?
……わからない。
でも。
その、声が。
いつもより。
少しだけ。
硬かった、気が、した。
(第7話 了)




