第6話 小さな噂
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第6話 小さな噂
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最初は。
本当に。
些細な、ことだった。
◇
昼休み。
購買から、戻る、廊下で。
前を、歩いていた、女子二人が。
話して、いた。
「――ねえ、知ってる? 二組の、森本くん」
……お。
俺の、話だ。
悪い、と、思いつつ。
少し、歩調を、緩めた。
「文化祭、バックレたんでしょ?」
「聞いた聞いた。ステージ、穴、空いたって」
「ひどくない?」
「ね。みんな、練習してたのに」
……。
ぐ。
まあ。
事実、だ。
反論の、余地は、ない。
俺は。
うつむいて。
早足で、追い越した。
……自業自得。
うん。
わかってる。
◇
でも。
翌日。
少し、話が。
変わって、いた。
「――森本って、あれでしょ。文化祭、逃げたやつ」
「うん。しかも、屋根、登って、逃げたんだって」
「え、なにそれ」
「先生に、追いかけられて。……体育館の、屋根、走ってったって」
……ん?
……追いかけられて?
いや。
先生には、見つかってない。
追いかけてきたのは。
田口だけだ。
……まあ。
でも。
屋根を、走ったのは、事実、だし。
そこは。
まあ。
……いいか。
◇
さらに、三日後。
話は。
もっと、変わって、いた。
「――二組の、森本、ヤバいらしいよ」
「なんで?」
「文化祭で、備品、壊したんだって」
……は?
「それで、責任、取りたくなくて。逃げたって」
「うわ、最低」
……。
待て。
待て待て待て。
壊してない。
何も、壊してない。
……いや。
待てよ。
撤収のとき。
パイプ椅子が、一脚。
脚が、曲がってた、やつが、あった。
誰かが、乗ったか、倒したか。
あれ、俺が、やったことに?
……いや。
俺、そのとき。
教室にすら、いなかった。
逃げてた、から。
……あ。
いなかったから。
疑われる、のか。
◇
「――で、次は、これ」
放課後。図書室。
湊ミライが。
面白がりながら。
指を、折って、いた。
「『森本は、先輩に、生意気な口を、きいた』」
「きいてない!」
「『森本は、応援演説を、押しつけられて、ふてくされてた』」
「ふてくされて……いや、それは、少し、してたけど」
「『森本は、五百旗頭さんを、利用して、目立とうとした』」
「――は!?」
俺は、立ち上がった。
「なんだ、それ! 逆だろ! 押しつけられたんだよ!」
「知ってるよ」ミライは、あっさり、言った。「わたしは、知ってる。あんたが、嫌がってたの、見てたし」
「じゃあ」
「でも」ミライは、俺を、見た。「知らない人は、知らないでしょ」
……。
……ああ。
そうか。
そう、なんだ。
◇
「……なあ、五百旗頭」
俺は、テーブルの、向かいに、座っている、五百旗頭に、聞いた。
「これ、また、あれか。……印象操作、ってやつか」
五百旗頭は。
しばらく、黙って、いた。
それから。
首を、横に、振った。
「……いえ。少し、違います」
「違う?」
「前回の、事件は」五百旗頭は、言った。「――『存在しない事実』が、噂に、なりました。あなたは、職員室に、行っていない。誰とも、帰っていない。……嘘、だったから、否定できた」
「ああ」
「でも、今回は」五百旗頭は、俺を、見た。「……全部、少しだけ、本当です」
ぞ、と。
背筋が、冷たく、なった。
「文化祭を、逃げた。……事実です」
「……はい」
「屋根に、登った。……事実です」
「……はい」
「応援演説を、嫌がっていた。……事実です」
「……はい」
「だから」五百旗頭は、言った。「――否定できない」
……。
そうだ。
全部。
少しだけ。
本当なんだ。
だから。
「違う」と、言えない。
「そうじゃない」と、言っても。
「でも、逃げたのは、本当でしょ?」
で。
終わって、しまう。
◇
「……巧いですね」
五百旗頭が、つぶやいた。
「巧い?」
「ええ」五百旗頭は、腕を、組んだ。「嘘を、つくと、いつか、ばれます。……でも、本当のことを、少しだけ、ずらして、流せば」
「ばれない」
「ばれません。……それどころか、否定すればするほど。『言い訳している』ように、見えます」
……。
くそ。
完全に。
詰んでる。
「これは」五百旗頭は、静かに、言った。「……前回より、厄介です」
「……」
「前回の、犯人は、研究者でした。……人間の、認知を、実験していた」五百旗頭は、言った。「でも、今回は、違います。……これは、実験じゃ、ない」
「じゃあ、なんだ」
五百旗頭は。
少しの、間、黙って。
それから。
言った。
「……悪意、ではなく。もっと、目的が、はっきりしている、何かです」
◇
と。
そのとき。
図書室の、扉が。
静かに、開いた。
「……」
東海林四季だった。
竹刀袋を、抱えて。
部活帰りの、格好で。
「四季」
「……ん」
四季は。
いつも通り。
俺の、隣に、座った。
……いや。
いつも通り、じゃ、ないか。
最近。
来るのが。
少し、遅い。
部活が、忙しいんだろう。
三年が、引退して。
主将が、二年に、なったって、言ってたし。
「……何の、話?」
「森本くんの、噂です」五百旗頭が、答えた。「妙な、話が、流れています」
「……」
四季は。
少しだけ。
顔を、上げた。
「……どんな」
「文化祭で、備品を、壊した。先輩に、生意気な口を、きいた。……五百旗頭さんを、利用して、目立とうとした」ミライが、指を、折った。「全部、微妙に、事実と、ずれてる」
「……」
四季は。
何も。
言わなかった。
ただ。
じっと。
テーブルの、木目を。
見て、いた。
「……四季?」
「……ん」
「どうかしたか?」
「……ううん」
四季は。
首を、振った。
「……なんでもない」
……そう、か。
疲れてるのかも、しれない。
部活、大変そうだし。
俺は。
それ以上。
聞かなかった。
――このとき。
もっと、ちゃんと。
顔を、見て、いれば。
何か。
わかったのかも、しれない。
でも。
俺は。
見て、いなかった。
(第6話 了)




