第5話 届かない声
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第5話 届かない声
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選挙、当日。
体育館に。
全校生徒が、集められた。
六百人。
いや、もっと、いるかも、しれない。
ずらっ、と、並んだ、パイプ椅子。
その、全部が。
埋まって、いる。
……多い。
想像の。
三倍、多い。
ステージの、袖で。
俺は。
原稿を、握りしめて、いた。
手が。
汗で、湿って、いる。
◇
「……緊張、していますか」
隣で。
五百旗頭伊織が、言った。
制服の、リボンを、きっちり、締めて。
背筋を、伸ばして。
いつも通りの、顔で。
「……してる」
「わたしも、です」
「嘘だろ。全然、そう見えない」
「見えないだけです」五百旗頭は、前を、向いたまま、言った。「……心拍数、たぶん、平常時の、一・六倍です」
「測ったのか」
「感覚ですが」
……こいつ。
こんなときも、数字で、言うのか。
でも。
そう言われて。
少しだけ。
気が、楽に、なった。
◇
演説は、立候補者ごとに。
まず、応援演説者。
次に、本人。
という、順番、らしい。
一人目の、候補者。
三年の、先輩だった。
応援演説者が、堂々と、喋る。
「――彼は、必ず、この学校を、変えてくれます!」
わあ、と、拍手。
慣れてる。
全然、緊張してない。
……くそ。
レベルが、違う。
二人目。
これも、上級生。
やっぱり、上手い。
そして。
「――続いて、二年二組。五百旗頭伊織さんの、応援演説。森本基成くん」
……。
来た。
◇
ステージに、上がる。
マイクの、前に、立つ。
顔を、上げた、瞬間。
――目が。
うわ。
目が、多い。
六百個の、目が。
全部。
こっちを、見て、いる。
息が。
詰まった。
頭が、真っ白に、なる。
原稿の、文字が。
一瞬。
記号に、見えた。
……やばい。
……逃げたい。
……また、逃げたい。
でも。
ここで、逃げたら。
今度こそ。
――そのとき。
思い出した。
剣道場での、あいつの、声を。
『……当日。緊張したら』
『……わたしを、見て』
『……体育館の、いちばん、後ろに、いる』
俺は。
顔を、上げて。
体育館の。
いちばん、後ろを。
見た。
◇
……いた。
ずっと、奥。
立ち見の、列の、いちばん端に。
東海林四季が。
立って、いた。
こっちを、見て、いる。
表情は。
遠すぎて、見えない。
でも。
立って、いる。
約束、通り。
……よし。
俺は。
息を、吸った。
腹に。
力を、入れて。
「――二年二組の、森本基成です」
声が。
出た。
いつもより。
ずっと、大きく。
「五百旗頭伊織さんを、推薦します」
いける。
届いてる。
たぶん。
「彼女は、数学が、得意です。学年で、いちばんです。……でも、それだけじゃ、ありません」
原稿を、読む。
昨日、何回も、書き直した、原稿を。
「彼女は、答えが、出ないことを。……途中で、投げ出しません」
俺は、続けた。
「わからないことがあると。何日でも、考えます。……ときどき、ご飯も、忘れます」
客席から。
小さな、笑いが、起きた。
……あ。
受けた。
「そういう人が、生徒会に、いたら。……この学校の、問題も。ちゃんと、最後まで。考えてくれると、思います」
俺は。
頭を、下げた。
「……以上です。よろしく、お願いします」
拍手が。
起きた。
……終わった。
やった。
ちゃんと、喋れた。
俺は。
足が、震えるのを、こらえながら。
ステージを、降りた。
◇
続いて。
五百旗頭の、演説。
こいつが。
とんでも、なかった。
「――二年二組、五百旗頭伊織です」
落ち着いた、声。
「わたしは、生徒会に、入りたいとは、思っていません」
ざわ、と、体育館が、揺れた。
おい。
いきなり、何を、言い出すんだ。
「わたしは、推薦されて、ここに、立っています。断ろうとも、しました。……ですが、断れませんでした」
正直、すぎる。
「ですので、公約は、ひとつだけです」五百旗頭は、言った。「――『無駄を、なくす』」
「……」
「この学校には、意味のない、慣習が、いくつも、あります」五百旗頭は、続けた。「たとえば、朝礼の、待機時間。平均、七分。年間で、約二十時間。……これは、授業、二十コマ分です」
客席が。
静かに、なった。
「たとえば、行事の、書類。同じ内容を、三か所に、書かせる、様式が、あります。……なぜですか?」
ざわ。
「わたしは、こういうものを、ひとつずつ、数えて。減らします」五百旗頭は、言った。「派手なことは、しません。でも、皆さんの、時間は、返します」
――拍手。
さっきより。
大きな、拍手。
……こいつ。
すげえな。
◇
で。
そのあと。
公開討論の、時間に、なった。
これが、また。
大変、だった。
五百旗頭が。
他の、候補者に。
質問を、始めたのだ。
「二年三組の、候補者に、質問です」五百旗頭は、マイクを、握った。「あなたの、公約、『学校を、もっと楽しく』とは。具体的に、何を、しますか」
「え? あ、えっと。……イベントを、増やす、とか」
「イベントの、開催には、準備時間が、必要です」五百旗頭は、言った。「誰が、準備しますか」
「……生徒会が」
「生徒会の、現在の、平均活動時間は、週八時間です。ここに、イベントを、追加すると、何時間に、なりますか」
「……えっと」
「試算して、いませんか」
「……して、ないです」
「では、それは、公約では、なく。……願望です」
――どよめき。
客席が。
沸いた。
「うわ、言った!」
「五百旗頭さん、こわ!」
「でも、正論じゃん!」
体育館が。
完全に。
盛り上がって、いた。
……こいつ。
討論会に、してしまった。
生徒会選挙を。
◇
結果。
五百旗頭伊織。
落選。
「……なんでだよ!」
放課後の、図書室で。
俺は、叫んだ。
「あんなに、盛り上がったのに! みんな、拍手してたのに!」
「盛り上がることと、投票することは。……別の、行動です」五百旗頭は、静かに、言った。「みんな、面白がっただけです。……『こわい人』を、生徒会長には、しません」
「……」
「それに」五百旗頭は、少し、笑った。「三年生の、候補が、勝ちました。……当然です。名前も、顔も、知られていますから」
……。
ああ。
そうか。
結局。
選挙も。
「知ってる人」に、投票するんだ。
名前と、顔を。
……なんだか。
前に、聞いた話みたいだ。
◇
「――でも、五百旗頭さん」
御手洗が、言った。
「呼び出されたのでしょう? 生徒会に」
「……ええ」
「え?」俺は、顔を、上げた。「なんで?」
「……書記に、ならないか、と」五百旗頭は、げんなり、した顔で、言った。「新会長から、直接。『あなたのような人が、必要だ』と」
「すごいじゃん!」
「すごくありません」五百旗頭は、机に、突っ伏した。「落選したのに、結局、生徒会に、入るんです。……意味が、わかりません」
「断れよ」
「断りました」
「で?」
「『あの演説を、聞いて、断るのは、無責任では?』と、言われました」
「うわあ」
「……図書室で、本を、読む時間が。……減ります」
五百旗頭は。
心底、悲しそうに、言った。
……こいつの、価値観。
ぶれないな。
本当に。
◇
その夜。
帰り道。
俺は、東海林と、並んで、歩いて、いた。
「……森本」
「なんだよ」
「……演説、よかった」
「そうか?」
「……うん」
四季は、頷いた。
「……ちゃんと、届いてた」
……そうか。
届いてた、か。
俺は。
少しだけ。
誇らしい、気分に、なった。
――でも。
その、二日後。
俺は、知ることに、なる。
選挙の、感想を、聞いて、回っていた、選挙管理委員の、集計に。
こういう、記述が、あったことを。
『二年二組・応援演説者について。……体育館後方では、ほとんど聞き取れなかった、という声が、複数』
……。
届いて、なかった。
あの、演説は。
後ろまで。
届いて、なかったんだ。
じゃあ。
いちばん、後ろに、立っていた。
あいつは。
……何を。
聞いて、いたんだろう。
(第5話 了)




