第4.5話 声の、出し方
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第4.5話 声の、出し方
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演説まで、一週間。
放課後の、剣道場。
部活が、終わったあとの、がらんとした、板の間に。
俺と、東海林四季は、いた。
「……ここなら、広い」四季は、言った。「……体育館と、似てる。……声、遠くまで、届くか、わかる」
「なるほど」
「……じゃ、まず。……やってみて」
「今?」
「……うん」
……いきなり、か。
俺は、原稿を、開いた。
昨日、必死に、書いた、応援演説の、原稿。
深呼吸して。
声を、出した。
「……えー。二年二組の、森本です。……五百旗頭伊織さんを、推薦します」
しん。
剣道場に。
俺の、声が。
ぽとり、と、落ちた。
二メートル先で。
消えた。
「……」
「……」
「……どう?」
「……」四季は、静かに、首を、振った。「……聞こえない」
「聞こえてるだろ、今」
「……わたしは、近いから」四季は、言った。「……あっちに、立ったら、聞こえない」
四季が、指さしたのは。
剣道場の、反対側の、壁。
十五メートルくらい、先。
……そこまで、届かないのか。
「……体育館は、もっと、広い」四季は、言った。「……あそこの、三倍」
「……終わった」
「……終わってない」
◇
「……声は、喉じゃない」四季は、言った。「……お腹」
「お腹?」
「……そう。……剣道と、同じ」
四季は、道場の、中央に、立って。
すう、と、息を、吸って。
「――めえぇぇんっ!!」
……びりびり、と。
空気が、震えた。
でかい。
いや、でかいというか。
響きが、違う。
声が、部屋の、隅々まで、届いて。
板の間が、鳴った。
「……これ」四季は、平然と、言った。「……喉、使ってない」
「嘘だろ」
「……使ってない」四季は、言った。「……喉で、出すと。……すぐ、枯れる。……試合、もたない」
……なるほど。
剣道部が、あんなに、叫び続けても、平気なのは。
そういうこと、か。
◇
「……森本。……やってみて」
「めん、って言うのか?」
「……ううん。……原稿でいい。……お腹から」
「お腹から、って言われても」
「……」
四季は。
少し、考えて。
それから。
ずい、と。
近づいてきた。
「……立って」
「立ってる」
「……背筋、伸ばす」
「はい」
「……肩、落として」
「はい」
四季は。
俺の、正面に、立って。
それから。
すっ、と。
手を、伸ばして。
――俺の、腹に。
手を、当てた。
「……!?」
「……動かして」
「な、なにを!?」
「……ここ」四季は、俺の、腹を、手で、押さえたまま、言った。「……息、吸うと。……ここが、膨らむ。……それが、腹式」
「い、いや、それは、わかったけど」
「……わかってない」四季は、真顔だった。「……森本、今、胸で、吸ってる。……肩、上がってた」
「……」
「……お腹に、入れる」
四季の、手のひらが。
制服の、上から。
俺の、腹を、押している。
……近い。
いや、近すぎる。
顔が、五十センチくらいの、距離に、ある。
髪から、シャンプーの、匂いが、する。
汗と、混じって。
……なんで。
こいつは。
平然と、してるんだ。
◇
「……吸って」
「……お、おう」
「……はい、止めて」
「……」
「……吐く」
「……」
俺は。
言われるままに。
息を、吸って、吐いた。
でも。
正直。
呼吸の、ことなんて。
頭に、入って、こない。
「……森本」
「な、なんだよ」
「……集中して」
「してる!」
「……してない」四季は、じっ、と、俺を、見た。「……顔、赤い」
「……!!」
「……熱?」
「熱じゃない!」
「……じゃあ、なに」
「……」
言えるか。
そんなこと。
四季は。
きょとん、と、して。
それから。
手を。
離した。
「……ごめん」
「え?」
「……近かった」四季は、ぼそっ、と、言った。「……剣道部だと、普通、だから」
「……ああ」
「……女子には、女子が、教える」四季は、続けた。「……でも、森本は。……男子、だから」
「……」
「……わたしが、教えるしか、なかった」
四季は。
そう、言って。
少しだけ。
目を、そらした。
……その、耳が。
うっすら。
赤かった。
……なんだ。
こいつも。
意識、してたのか。
◇
それから。
俺たちは。
少し、距離を、取って。
練習を、続けた。
「……もう一回」
「……えー。二年二組の、森本です」
「……お腹」
「……二年二組の、森本です!」
「……あ」四季が、少しだけ、目を、見開いた。「……今の、いい」
「まじで?」
「……うん。……届いた」
四季は、道場の、端まで、走って、いって。
「……もう一回!」
と、叫んだ。
十五メートル、先から。
俺は。
息を、吸って。
腹に、力を、入れて。
「――二年二組の、森本です!」
声が。
部屋の、端まで。
飛んだ。
四季が。
遠くで。
こくり、と、頷いた。
それから。
親指を、立てた。
……。
なんか。
めちゃくちゃ。
嬉しかった。
◇
練習が、終わって。
二人で、道場の、床に、座った。
汗を、拭きながら。
「……森本」
「なんだよ」
「……できるじゃん」
「四季が、教えたからだろ」
「……ううん」四季は、首を、振った。「……森本、最初から、できた」
「そんなわけ」
「……できたよ」四季は、言った。「……本気で、やれば」
……。
また、それか。
こいつは。
昔から。
ずっと、そう、言う。
「……お前、なんで、そんなに」俺は、言った。「俺のこと、買いかぶるんだ」
四季は。
少し、黙って。
それから。
ぽつり、と、言った。
「……買いかぶってない」
「……」
「……見てるだけ」
……。
見てる、だけ。
なんだよ、それ。
なんで、こいつは。
そういうことを。
さらっと。
言うんだ。
◇
帰り道。
秋の、夕暮れ。
銀杏が、だいぶ、黄色く、なって、いた。
「……森本」
「なんだよ」
「……当日。……緊張したら」
「したら?」
「……わたしを、見て」
「……え?」
「……いちばん、後ろに、いる」四季は、前を、向いたまま、言った。「……体育館の、いちばん、後ろ」
「……」
「……そこまで、届くように、喋って」四季は、言った。「……そしたら、全員に、届く」
……。
なんだ、それ。
なんだよ、それ。
ずるいだろ。
そんなの。
「……わかった」
俺は、それだけ、言った。
四季は。
こくり、と、頷いて。
それから。
少しだけ。
口元を、ゆるめた。
――このときの、俺は。
まだ。
本当に。
何も。
知らなかった。
この、練習が。
こいつが、俺のために、してくれた。
最後の。
まっすぐな、優しさ、だったなんて。
(第4.5話 了)




