第3話 説教
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第3話 説教
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場所は、図書室。
撤収作業が、終わって。
生徒が、ほとんど、帰った、あと。
俺は。
テーブルの、向こう側に、座らされて、いた。
正面に、五百旗頭伊織。
その、隣に、東海林四季。
まるで、面接だ。
いや。
尋問だ。
◇
「まず、確認します」五百旗頭が、口を、開いた。「あなたは、ステージ企画の、参加者でしたね」
「……はい」
「練習にも、参加していましたね」
「……はい」
「振り付けも、覚えていましたね」
「……はい」
「なのに、本番直前に、姿を、消しましたね」
「……はい」
「――それを、なんと、言うか、ご存知ですか」
五百旗頭の、声が。
静かに、低く、なった。
「……逃げた?」
「違います」五百旗頭は、首を、振った。「――『集合の要素が、欠けた』と、言うんです」
「……え?」
「十人で、構成される、集合が、あります。振り付けは、その十人が、揃うことを、前提に、設計されて、いる」五百旗頭は、指を、立てた。「そこから、一要素が、欠けた。……結果、何が、起きるか」
「……ずれる?」
「隊形が、崩壊します」五百旗頭は、言い切った。「三人目の、立ち位置が、空く。その、両隣は、間隔を、修正しようとする。すると、さらに、その隣も、ずれる。……ドミノです。九人全員の、位置が、狂う」
「……」
「あなた一人の、離脱が。九人の、成果を、破壊した」五百旗頭は、言った。「これは、感情の、問題では、ありません。……構造の、問題です」
……こいつ。
怒ってるの、そこ?
いや。
たぶん、それが。
こいつの、怒り方、なんだ。
◇
「……悪かった」俺は、頭を、下げた。「本当に」
「謝罪は、受け取ります」五百旗頭は、頷いた。「ですが、理由を、聞かせて、ください」
「理由?」
「なぜ、逃げたのですか」
「……」
俺は。
答えられ、なかった。
いや。
答えたく、なかった。
だって。
情けない。
恥ずかしいから、逃げた。
それだけの、話だ。
いい歳して。みんな、覚悟決めて、やってるのに。
俺だけ。
「……面倒くさかった」
俺は、そう、言った。
その、瞬間。
隣で。
東海林が。
静かに。
立ち上がった。
◇
「……森本」
「な、なんだよ、四季」
「……嘘」
「……」
「……森本は」東海林は、俺を、まっすぐ、見た。「……面倒くさいときは、最初から、やらない」
「……」
「……練習、来てた。……振り付け、覚えてた。……衣装も、合わせてた」東海林は、言った。「……面倒くさかったら、そこで、やめてる」
……。
見抜かれてる。
完全に。
「……だから」東海林は、言った。「……本当の、理由。……言って」
東海林の、目は。
怒って、いなかった。
責めても、いなかった。
ただ。
まっすぐ。
俺を、見て、いた。
……ああ。
くそ。
こいつ、こういうとき、逃げ道を、塞ぐんだよな。
◇
「……怖かった」
気づいたら。
そう、言って、いた。
「怖い?」五百旗頭が、聞き返した。「何が、ですか」
「……見られるのが」
俺は。
テーブルを、見ながら。
ぽつぽつ、と、話した。
「……去年まで、俺、誰にも、見られてなかった。モブだった。……それで、よかった」
「……」
「でも、あの事件の、あと」俺は、言った。「学校中が、俺の、名前を、知った。……噂の、森本、って」
五百旗頭が。
はっ、と、した、顔を、した。
「……あれ。……気持ち悪かったんだ、ずっと」俺は、言った。「知らないやつが、俺を、見て。ひそひそ、言う。……何を、言われてるかも、わからない」
「……」
「で、今度は」俺は、言った。「ステージだろ。……数百人の、前で。衣装、着て。踊って。……全員が、俺を、見る」
手が。
少し、震えて、いた。
「……無理だった」
情けない。
本当に。
でも。
それが、全部、だった。
◇
しん、と、なった。
五百旗頭は。
何も、言わずに。
俺を、見て、いた。
それから。
ゆっくり、と。
息を、吐いた。
「……なるほど」
「……悪い」
「いえ」五百旗頭は、首を、振った。「わたしの、認識が、甘かったようです」
「え?」
「あの事件を、あなたは、解決した側でした。だから、乗り越えたものと、思っていました」五百旗頭は、言った。「……でも、そうでは、なかった。あなたは、まだ、あの中に、いた」
「……」
「解けた謎と、癒えた傷は。……別の、変数ですね」
……こいつ。
やっぱり。
頭は、いいんだよな。
性格は、面倒くさいけど。
◇
「……でも」東海林が、ぽつり、と、言った。
「ん?」
「……逃げるのは、だめ」
「……ああ」
「……次から」東海林は、言った。「……逃げたくなったら。……言って」
「言う?」
「……うん」東海林は、頷いた。「……無理って。……先に、言って」
「……」
「……そしたら」
東海林は。
ほんの少しだけ。
目を、そらして。
言った。
「……わたしが、なんとかする」
……。
なんだよ、それ。
なんとかするって。
どうやって。
でも。
こいつが、そう、言うと。
なんか。
本当に。
なんとか、なりそうな。
気が、した。
◇
「――あー、いたいた!」
と。
図書室の、扉が。
勢いよく、開いた。
湊ミライだった。
手に、スマホを、持って。
満面の、笑みで。
「森本! 見た!? これ!」
「なんだよ」
「文化祭の、動画!」ミライは、スマホを、突きつけた。「二年二組の、ステージ! ばっちり、撮れてる!」
「見ない」
「見ろって! ほら、ここ!」ミライは、画面を、指さした。「三番目の、位置。……ぽっかり、空いてるでしょ」
「……」
「あんたの、穴!」ミライは、爆笑した。「隊形、めっちゃ、変!」
「うるさい!」
「あー、おっかしい。……あ、あと」ミライは、にやり、と、した。「あんたが、屋根、登ってく動画も、あるよ」
「――は!?」
「一年の子が、撮ってた」ミライは、言った。「『謎の男が、体育館の、屋根を、駆けてる』って。……もう、学校中で、回ってる」
……。
俺は。
テーブルに。
突っ伏した。
「……もう、いやだ」
「あははっ! 顔! 森本、顔!」
逃げたのに。
結局。
めちゃくちゃ、目立って、いた。
◇
「――でもさ」
ひとしきり、笑ったあと。
ミライが、急に、真顔に、なった。
「森本。あんた、正直、最低だよ」
「……うっ」
「みんなで、決めたことでしょ。クラスで、話し合って。多数決で」ミライは、腕を、組んだ。「あんた、そのとき、反対した?」
「……してない」
「だよね。黙ってた」
「……はい」
「決まったことに、従うって、そういうことじゃん」ミライは、言った。「嫌なら、その場で、言えばよかった。……後から、逃げるのが、いちばん、ずるい」
……正論だ。
反論の、余地が、ない。
湊ミライ。
こういうときだけ。
やたら、まっとうな、こと、言う。
「ルールは、守らないと、だめだよ」ミライは、腕を、組んだまま、言った。「わたし、そういうの、きらい」
「……はい」
◇
「――あら」
と。
そこで。
御手洗が。
きょとん、と、した顔で。
言った。
「湊さん。あなたも、サボったでしょう?」
空気が。
止まった。
「……は?」
「文化祭。あなたのクラス、公開討論会だったわよね」御手洗は、こてん、と、首をかしげた。「わたし、見に行ったの。……でも、あなた、いなかったわ」
「……」
「たしか、パネリストの、一人だった、はずよね?」
「……」
ミライの、顔から。
すう、と。
表情が、消えた。
「あー……」
「あら、違ったかしら」
「……いや。……合ってる」
ミライは。
気まずそうに。
目を、そらした。
◇
「……お前」俺は、身を、乗り出した。「サボってんじゃねえか!」
「うるさいな!」
「今、俺に、説教してたよな!? ルールは守れって!」
「あれは、あれ! これは、これ!」
「一緒だろ!」
「一緒じゃないっての!」ミライは、開き直った。「いい? 文化祭って、テストじゃないでしょ」
「……は?」
「成績に、影響しないでしょ。内申にも、たぶん、響かない」ミライは、指を、立てた。「つまり、実害が、ない。……だったら、別に、いいでしょ」
「よくねえよ!」
「よくない?」ミライは、きょとん、と、した。「なんで?」
「なんでって……」
……あれ。
なんで、だ?
いや、だめだろ。
だめな、はずだ。
でも。
理屈で、言い返せない。
「……ほらね」ミライは、にやり、と、した。「あんたも、答えられないじゃん」
「くそっ……!」
◇
と。
そのとき。
それまで。
ずっと。
黙って、いた、東海林が。
静かに。
口を、開いた。
「……だめ」
全員が。
東海林を、見た。
「……四季?」
「……テストじゃなくても」東海林は、言った。「……成績に、関係なくても」
その、声は。
いつもより。
少しだけ。
低かった。
「……一緒に、やるって、決めたら。……最後まで、やる」
「……」
「……途中で、抜けたら。……残った人が、困る」
東海林は。
ミライを、まっすぐ、見た。
「……それは、だめ」
ミライが。
一瞬。
言葉に、詰まった。
「……いや、まあ。……そりゃ、そうだけど」
「……森本も」東海林は、俺を、見た。「……同じ」
「……はい」
……。
こわ。
いや。
怒って、いるんだ。
こいつ。
誰よりも。
いちばん。
静かに、怒って、いる。
◇
「……東海林さん、まじめだねえ」
ミライが。
ぼそっ、と、言った。
「……まじめじゃ、ない」東海林は、首を、振った。「……当たり前」
「その『当たり前』が、いちばん、しんどいんだって」
「……」
東海林は。
何も、答えなかった。
ただ。
竹刀袋を、抱え直して。
まっすぐ。
前を、向いて、いた。
……そういえば。
こいつ。
部活も。
一度も、休んだことが、ない。
剣道も。
掃除当番も。
委員会も。
決めたことは、必ず、やる。
派手じゃない。目立たない。
でも。
絶対に。
途中で、投げ出さない。
それが。
東海林四季、という、人間だった。
◇
「――ふん。情けないな、モブ」
いつの間にか。
不破楓也が。
入り口に、立って、いた。
「不破。お前まで」
「逃げるとは、貴様らしい」不破は、腕を、組んだ。「だが」
「だが?」
不破は。
少し、目を、そらして。
ぼそっ、と、言った。
「……俺も、あの衣装は、着たくない」
「……お前」
「勘違いするな」不破は、慌てて、言った。「俺なら、着る。着るが……その、なんだ。……気持ちは、わからんでも、ない」
「……」
「以上だ」
不破は。
そう言って。
さっさと、出て、いった。
……こいつ。
なんだかんだ。
庇いに、来たのか。
「不破くん、優しくなったわねえ」
いつの間にか、いた、御手洗が、言った。
「まるで、晩年の、アウグストゥスみたいだわ」
「たとえが、また、世界史……」
「わかりやすいでしょう」
「わかりにくいって」
……ああ。
なんだ、これ。
説教されて。からかわれて。庇われて。
情けないし。恥ずかしいし。
でも。
なんだかんだ。
みんな、ここに、いる。
……悪く、ないな。
そう。
思って、いた。
このときは。
(第3話 了)




