第2話 逃げた男
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第2話 逃げた男
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文化祭、当日。
体育館の、裏。仮設の、控え室。
二年二組の、男子が。
十人ほど。
集まって、いた。
段ボールに、置かれた、衣装。
フリルの、ついた、スカート。
ピンクの、リボン。
白い、ニーソックス。
……見なかったことに、したい。
「よし、じゃあ、メイクからな!」
女子が、化粧道具を、持って、入ってきた。
やたら、目が、輝いて、いる。
「一人ずつ、座って! 田口、まず、お前!」
「お、おう」
田口が。
覚悟を、決めた、顔で。
パイプ椅子に、座った。
女子が、その顔に。
ファンデーションを、塗り始める。
……。
……。
……あ。
◇
これは。
やばい。
その、瞬間。
俺の、脳内で。
警報が、鳴った。
いや。
わかってた。わかってたんだ。頭では。
男女逆転。アイドル衣装。歌って、踊る。
全部、知ってた。準備も、してきた。振り付けも、覚えた。
でも。
「知ってる」のと。
「今から、自分の顔に、化粧されて、フリルを、着て、全校生徒の、前に、立つ」のは。
別だ。
まったく、別の、話だ。
田口の、顔が。
みるみる、女子っぽく、なっていく。
「うわ、田口、意外と、いける!」
「やめろ! 言うな!」
……無理だ。
心臓が、変な、音を、立てた。
全校生徒。
数百人の、目。
ステージの、上。
名前だけは、有名な、俺。
みんなが、見る。
スマホで、撮る。
一生、残る。
――無理だ。
無理無理無理。
「じゃ、次、森本!」
女子が、俺を、呼んだ。
「――ちょっと、トイレ」
俺は。
そう言って。
控え室を、出た。
◇
そして。
走った。
「あれ? 森本、トイレ、そっちじゃ――」
背後で、声が、したけど。
止まらなかった。
体育館の、裏。
資材置き場。
その、奥の。
壁を、伝う、排水管。
俺は、それに、飛びついた。
手が、覚えてる。小学生の、頃から、こういうことばっかり、やってた。
足を、壁に、かけて。
一気に、登る。
「――お、おい! 森本!?」
下で、誰かが、叫んだ。
追いかけてきた、田口だった。顔だけ、半分、女子。
「お前、なにやってんだ!」
「悪い!」俺は、叫び返した。「無理!」
「無理じゃねえよ! 降りてこい!」
「無理!」
俺は。
排水管の、途中から。
体育館の、庇に、飛び移った。
◇
「――う、うそだろ」
下で、田口が、口を、開けて、いた。
「お前、そこ、どうやって、登った!?」
「気合い!」
「気合いで、登れる高さじゃ、ねえだろ!」
まあ、コツはある。排水管の、継ぎ目に、足を、かけて。手は、ほとんど、支えるだけ。
体重は、下から、押し上げる。腕で、登ろうとすると、すぐ、疲れる。
……なんて、説明してる、場合じゃ、ない。
俺は、庇を、走った。
体育館の、屋根の、縁。
その、先に。
二メートルほど、上の。
渡り廊下の、屋根。
助走。
踏み切り。
――跳んだ。
手が、縁に、かかる。
懸垂の、要領で。体を、引き上げる。
「……お前、よく、そこまで、登れるなあ!!」
田口の、叫び声が。
だんだん、遠く、なった。
◇
それから、しばらく。
俺は。
学校の、上を、移動して、いた。
渡り廊下の、屋根から。
給食室の、庇へ。
そこから、フェンスを、乗り越えて。
理科棟の、非常階段。
途中で、下を、見ると。
先生が、二人、歩いていた。
見つかると、面倒くさい。
俺は、非常階段の、影に、しゃがんで。
やり過ごした。
心臓が、うるさい。
……なにやってんだ、俺。
文化祭の、日に。
校舎の、屋根を。
逃げ回って。
……いや。
でも。
あの、控え室に、戻るよりは。
百倍、まし、だ。
◇
理科棟の、三階の、窓から。
校舎の、中に、入った。
廊下は、静かだった。
みんな、体育館に、いるんだろう。
遠くで。
音楽が、鳴っている。
……たぶん、うちのクラスの、出番だ。
……悪いな。
心の中で。
一応、謝って、おいた。
それから、俺は。
制服の、埃を、払って。
何食わぬ顔で。
廊下を、歩き出した。
◇
で。
逃げ切った、あと。
何を、していたか、というと。
普通に。
文化祭を、見学して、いた。
三年A組の、お化け屋敷。
わりと、本格的で、面白かった。
二年五組の、たこ焼き。
うまかった。
一年の、有志バンド。
演奏は、ぐだぐただったけど、盛り上がってた。
……楽しい。
文化祭、楽しいな。
逃げてよかった。
……いや。
よくない、けど。
でも、まあ。
楽しい。
「――あれ? 森本くん?」
途中で。
御手洗に、遭遇した。
世界史研究会の、展示を、見に行った、帰りらしい。
「げ」
「げ、って、何よ」御手洗は、首を、かしげた。「あら。あなた、ステージは?」
「……終わった」
「もう?」
「うん。もう、終わった」
「そう」御手洗は、あっさり、頷いた。「早かったのね」
……こいつ。
疑わないな。
天然って、便利だな。
……いや。
罪悪感が、増した。
◇
そして。
文化祭が、終わった。
撤収の、時間。
教室に、戻った、俺を。
待っていたのは。
クラス全員の。
視線、だった。
「――森本」
田口が。
メイクを、半分、落とした顔で。
立って、いた。
「お前……」
「……悪い」
「悪い、じゃ、ねえよ!」田口が、叫んだ。「一人、足りないまま、やったんだぞ! 振り付け、ずれるし! 隊形、崩れるし!」
「……悪い」
「しかも、お前」田口は、俺を、指さした。「屋根、登って、逃げただろ!」
「……登った」
「なんで、登れるんだよ!」
「なんでって、言われても」
「あの高さ、無理だろ、普通!」
……そこ?
怒ってるの、そこ?
いや、違うか。
みんなが、怒ってるのは。
もっと、単純な、ことだ。
俺が。
逃げた、ってことに。
◇
と。
そのとき。
教室の、入り口から。
声が、した。
「――森本くん」
五百旗頭伊織が。
立って、いた。
その、隣に。
東海林四季も。
二人とも。
笑って、いなかった。
「……あ」
「少し」五百旗頭が、静かに、言った。「お話が、あります」
……やばい。
これは。
屋根から、逃げるより。
面倒くさい、やつだ。
(第2話 了)




