第15.5話 将来の、話
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第15.5話 将来の、話
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(※箸休め回。本筋は、あまり進みません)
事件が、終わって。
学校は、すっかり、元通りに、なった。
そして、元通りに、なると。
今度は、別の、面倒くさいものが、やってくる。
――進路希望調査。
◇
放課後。図書室。
テーブルの、上に。
三枚の、プリントが、並んでいた。
俺と、五百旗頭と、御手洗の、分。
「……はあ」
俺は、ため息を、ついた。
「三年の、クラス編成、ですものね」五百旗頭が、言った。「今の、二年は。文系にも、理系にも、行ける、国公立型の、オールマイティな、編成ですが。……三年からは、分かれます」
「そうなんだよな」
「つまり」御手洗が、こてん、と、首をかしげた。「わたしと、五百旗頭さんは。……別々の、クラスに、なるのね」
……あ。
そうか。
五百旗頭は、理系。御手洗は、文系。
三年に、なったら。
この、面子で、集まるのも。
難しく、なるのか。
なんだか。
少し。
さびしい、気が、した。
◇
「森本くんは」五百旗頭が、聞いた。「どちらに、するのですか」
「……未定」
「未定?」
「うん。決めてない」俺は、正直に、言った。「文系も、理系も、別に。……やりたいこと、ないし」
「では、将来の、夢は?」
「ない」
「ないって、あなた」
「ないもんは、ないんだよ」俺は、頭を、かいた。「……でも、ひとつだけ、決めてることは、ある」
「なんですか」
「……うちの、親みたいには、なりたくない」
五百旗頭と、御手洗が。
顔を、上げた。
◇
「うちの、親父さ」俺は、言った。「サラリーマン、なんだけど。……家で、電話してるとき。頭、下げてるんだよ」
「頭を?」
「そう。電話の、相手、見えてないのに」俺は、言った。「『申し訳ございません』って。何回も、何回も。……頭、下げながら、謝ってる」
「……」
「別に、親父が、悪いことしたわけじゃ、ないと思う」俺は、言った。「たぶん、仕事って、そういうもんなんだろ。……でも」
俺は、窓の外を、見た。
「見てて、なんか。……嫌だった」
五百旗頭も、御手洗も。
何も、言わなかった。
「だから、まあ」俺は、話を、軽くした。「将来は、棚上げ。とりあえず、適当な、大学でも、行くかな、と。……Fランでも、いいや」
「……いいのですか、それで」
「よくないけど。……他に、思いつかないし」
◇
「まあ」五百旗頭は、少し、うつむいた。「……わたしも、人のことは、言えません」
「え? お前、目標、あるだろ」
「明確な、進路先が、あるわけでは、ありません」五百旗頭は、言った。「ただ……願望なら、あります」
「願望?」
五百旗頭は。
少し、恥ずかしそうに。
でも、まっすぐ、言った。
「数式を、解く、仕事が、したいんです」
「……数式を?」
「できれば」五百旗頭の、目が、きらきら、し始めた。「素粒子物理を、やりたい。……この宇宙が、何で、できているのか。なぜ、こんな、法則で、動いているのか。……その、いちばん、底のところを、突き詰めたい」
……出た。
こいつの、スイッチ。
「だから、わたし。……大学に、行って。そのまま、研究室に、残りたい」五百旗頭は、言った。「一生、数式を、解いていたい」
「……なるほど」俺は、納得した。「つまり、大学いって、そのまま、研究員で、残る、ってことか」
「そう、なりますね」
「すげえな。ちゃんと、考えてるじゃん」
「……考えている、というか」五百旗頭は、赤く、なった。「……好きなだけです」
◇
「御手洗は?」俺は、聞いた。
「わたしは、世界史ね」御手洗は、あっさり、言った。
「まあ、そうだろうな」
「でも」御手洗は、指を、立てた。「世界史って、広すぎるの。だから、どこか、ひとつの、ジャンルに、絞って。……深く、掘り下げたいわ」
「ジャンル?」
「わたしはね。……オーストリアと、ドイツの、あたり」御手洗は、言った。「大学に、行ったら。留学したいの。ウィーンか、ベルリンに」
「留学!?」
「ええ。だって、英語だけじゃ、資料が、読めないもの」御手洗は、けろっと、言った。「ドイツ語を、勉強して。現地の、文書館で。……一次資料を、読みたいの」
……こいつ。
とんでもない、こと。
さらっと、言うな。
「それで、将来は?」
「その、あたりの、歴史を、研究する、仕事」
「……それって、どんな、職業なんだ?」
「さあ?」御手洗は、こてん、と、首をかしげた。「なんて、言うのかしら。……大学の、先生? 研究者? 学芸員?」
「わからんのかい」
「わからないけど」御手洗は、にっこり、笑った。「やりたいことは、決まってるもの。職業の、名前は、後から、ついてくるわ」
……。
かっこいい。
なんだ、こいつら。
二人とも。
かっこよすぎるだろ。
◇
で。
俺は。
静かに。
落ち込んで、いた。
五百旗頭は、宇宙の、底を、見に行く。
御手洗は、ドイツ語を、覚えて、資料を、読みに行く。
俺は。
……Fランでも、いいや。
「……はは」
乾いた、笑いが、出た。
「森本くん?」
「いや。……なんでもない」俺は、プリントを、見た。「なんか、俺だけ。……なんも、ないな、って」
空白の、進路希望欄が。
やけに、白く、見えた。
◇
「――なに、辛気くさい、顔してんの」
と。
いつの間にか。
湊ミライが。
テーブルの、隣に、座って、いた。
「湊。お前、いつから」
「さっきから」ミライは、俺の、プリントを、のぞきこんだ。「あー。進路希望。……森本、空欄じゃん」
「うるさい」
「べつに、いいじゃん」ミライは、あっさり、言った。「わたしも、空欄だし」
「……え?」
俺は、顔を、上げた。
「お前も?」
「うん」ミライは、頬杖を、ついた。「わたし、将来の、目標なんて、ないよ。……全然」
「でも、進学は?」
「するよ。……親が、望んでるし」ミライは、肩を、すくめた。「あと、わたし。……働きたくないもん。大学、行けば、四年、延ばせるでしょ」
「……身も蓋も、ねえな」
「そういう意味では」ミライは、俺を、見た。「……あんたと、一緒」
……。
なんだろう。
その、一言で。
少しだけ。
気が、楽に、なった。
「……そっか」
「うん」
「……お前も、なんも、ないのか」
「ないない。まったく」ミライは、けらけら、笑った。「だからさ。……そんな、落ち込むこと、ないって。目標なんて、ないやつのほうが、多いよ」
……こいつ。
なんだかんだ。
慰めて、くれてるのか。
「……お前、優しいな」
そう、言った、瞬間。
ミライの、顔が。
ぐにゃっ、と、歪んだ。
◇
「……うわ、出た」
「なんだよ」
「それ」ミライは、心底、嫌そうな顔で、言った。「ちょっと、優しくされたら、すぐ、好きになっちゃう、男子の、やつ」
「なってねえよ!」
「なるって! そういうタイプ、いるもん!」ミライは、俺を、指さした。「言っとくけどね。……それくらいで、わたしのこと、好きに、ならないでよ?」
「ならねえよ!」
「ほんとに?」
「ほんとに!」
「……ふーん」
ミライは。
じとーっ、と、俺を、見て。
それから、ぷい、と、そっぽを、向いた。
……なんだ、こいつ。
慰めたり。突き放したり。
忙しい、やつだな。
◇
でも。
その、あと。
ミライは。
誰にも、聞こえない、くらいの、声で。
ぽつり、と、言った。
「……目標なんて、なくても」
「ん?」
「……いいんじゃない。……ちゃんと、生きてれば」
「……なんか、言ったか?」
「べっつにー」
ミライは。
立ち上がって。
図書室を、出て、いった。
空白の、進路希望欄は。
まだ、白いまま、だったけど。
なんだか。
さっきより。
少しだけ。
気が、重く、なくなって、いた。
(第15.5話 了)




