第15話 私は、ちゃんと見てた
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第15話 私は、ちゃんと見てた
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事件は、終わった。
白瀬先生は、翌日、学校側に、自分から、報告した。
実習は、中止。大学にも、報告が、いくらしい。
噂は、少しずつ、消えていった。
「森本と、五百旗頭が、付き合ってる」も。「森本は、モテ男」も。
一週間も、すると。
誰も、その話を、しなく、なった。
まるで。
最初から。
何も、なかったみたいに。
◇
でも。
俺の、中には。
何かが。
残って、いた。
放課後。
誰も、いない、教室で。
俺は、窓の外を、見ながら。
ぼんやり、していた。
「……なんか、変な感じだな」
学校中が、俺の、話をしていた、あの、数週間。
俺は、たしかに、「有名人」だった。
みんなが、俺の、名前を、知っていて。
みんなが、俺を、見ていた。
……はず、だった。
でも。
違った。
みんなが、見ていたのは。
「森本らしい、誰か」だった。
黒髪で、制服を、着た、中背の、後ろ姿。
名前だけを、知っている、噂の中の、人物。
――俺じゃ、ない。
誰一人。
本物の、俺なんて。
見て、いなかった。
◇
「……森本」
声が、して。
振り返ると。
東海林四季が、立っていた。
竹刀袋を、抱えて。いつもの、無表情で。
「四季。部活は?」
「……終わった」四季は、俺の、隣に、来た。「……何、してるの」
「別に。……ぼーっと」
「……」
四季は。
何も、言わずに。
俺の、隣に、立った。
二人で、窓の外を、見た。
グラウンドで、誰かが、走っている。
その、後ろ姿は。
遠くて。
誰なのか、わからなかった。
◇
「……なあ、四季」
「……何」
「あの、事件さ」俺は、言った。「……結局、みんな、俺を、見てなかったんだよな」
「……」
「名前は、知ってた。噂は、知ってた。でも」俺は、言った。「顔も、知らない。歩き方も、知らない。……何も、知らないのに。『森本だ』って、言ってた」
なんだか。
笑えて、きた。
「……俺って、なんなんだろうな」俺は、言った。「学校中が、俺の、話をしてたのに。……誰も、俺を、見てなかった」
自分で、言って。
思ったより。
こたえた。
声が。
少し、情けなく、なった。
「……ま、いいけどさ。もう、終わったし」
◇
四季は。
しばらく、黙って、いた。
それから。
ぽつり、と。
言った。
「……違う」
「え?」
「……違う」
四季は。
まっすぐ、俺を、見た。
いつもの、表情の、乏しい顔で。
でも。
その目は。
びっくりするくらい、まっすぐ、だった。
「……わたしは」
「……」
「……ちゃんと、森本を、見てた」
……。
息が。
止まった。
◇
「……あの日も」四季は、続けた。「……グラウンドで。……みんなが、『森本だ』って、言ってたとき」
「……ああ」
「……わたしだけ、違うって、わかった」
「歩き方が、違うから、だろ」
「……うん。……でも」四季は、少し、目を、伏せた。「……歩き方を、知ってるのは。……ずっと、見てたから」
「……」
「……小学生の、とき。……森本が、屋根に、登って。……先生に、怒られてた、とき」
「なんで、そんな昔の」
「……中学の、とき。……クラスが、離れて。……廊下で、すれ違うだけ、だったとき」
「四季」
「……高校で、また、同じクラスに、なって。……嬉しかったとき」
四季の、声が。
少しずつ。
早く、なって、いた。
「……ずっと」四季は、言った。「……ずっと、見てた」
「……」
「……だから」
四季は。
竹刀袋を、ぎゅっ、と、握って。
言った。
「……誰も、見てなかった、なんて。……言わないで」
◇
教室が。
しん、と、していた。
窓の外で。
グラウンドの、誰かが。
まだ、走っていた。
俺は。
何を、言えば、いいのか。
わからなかった。
だって。
こんなの。
……ずるい。
いつもは、「……」しか、言わないくせに。
こういうときだけ。
全部、まっすぐ、言ってくる。
「……四季」
「……何」
「……ありがとな」
四季は。
少しだけ。
目を、そらして。
「……別に」
と、言った。
でも。
その、耳が。
真っ赤だった。
◇
「……あ」四季が、ふと、言った。「……でも」
「ん?」
「……歩き方の、癖」
「ああ」
「……直したら、だめだよ」
「なんでだよ」
「……わからなく、なる」四季は、言った。「……森本が、どこにいるか」
……。
なんだ、それ。
なんだよ、それ。
……ずるい。
本当に。
ずるい、やつだ。
俺は。
顔が、熱くなるのを、ごまかすように。
窓の外を、見た。
夕日が。
やたら、まぶしかった。
◇
――人は、他人を、見ていない。
白瀬先生の、仮説は、正しかった。
学校中の、誰も。俺を、見ていなかった。
名前だけを、知っていて。
それらしい、後ろ姿を。
「森本だ」と、思い込んで、いた。
でも。
たった、一人。
例外が、いた。
歩き方の、癖まで、覚えていて。
遠くの、後ろ姿でも。
「あれは、違う」と、わかる、やつが。
ずっと。
見て、いた、らしい。
……小学生の、頃から。
ずっと。
……なあ、四季。
それ。
もっと、早く。
言えよ。
(第15話 了)




