第14話 噂を、流しただけ
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第14話 噂を、流しただけ
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犯人を、絞り込むのは。
意外と、あっけ、なかった。
「新聞部は、シロです」翌日、五百旗頭は、言った。「部誌の、発行記録を、確認しました。噂が、流れ始めた、時期。彼らは、文化祭の、特集記事に、かかりきりで。……そもそも、部員が、二人しか、いません」
「二人で、学校中に、噂を?」
「不可能です。……変数として、除外します」
「じゃあ、心理学研究部は?」
「四人に、全員、話を、聞きました」五百旗頭は、言った。「……全員、この事件を、『すごい研究対象だ』と、目を、輝かせて、いました。……犯人なら、あんな顔は、しません」
「たしかに」
「それに、彼らは」五百旗頭は、少し、呆れた顔で、言った。「事件を、研究しようとして。……逆に、噂に、振り回されて、いました。『不破くんが、犯人らしい』と、信じ込んで」
……こいつらも、被害者、か。
「残るのは」五百旗頭は、静かに、言った。
「……教育実習生」
◇
放課後。
空き教室。
その人は。
意外なほど、あっさりと。
俺たちの、前に、座った。
「――ええ。わたしです」
白瀬先生。
大学院生。二十四歳。心理学専攻。
先月から、うちの、学校に、来ている、教育実習生。
眼鏡の、奥の、目は。
悪びれても、いなかった。
むしろ。
少し。
嬉しそう、ですら、あった。
「よく、たどり着きましたね」白瀬先生は、言った。「正直、驚きました。……高校生が、ここまで、来られるとは」
◇
「認めるんですか」五百旗頭が、言った。「噂を、流したのは、あなただと」
「ええ。認めます」白瀬先生は、頷いた。「隠す気は、ありません。……というより、隠す必要が、ないと、思っていました」
「必要が、ない?」
「だって」白瀬先生は、きょとん、と、した。「……誰も、傷ついていないでしょう?」
……は?
「わたしが、やったのは。噂を、流した。それだけです」白瀬先生は、指を、折った。「人に、嘘を、つかせていない。物を、盗んでいない。誰かを、傷つける、悪い噂も、流していない。……法にも、触れていない」
「でも、俺は」俺は、言った。「めちゃくちゃ、迷惑してます」
「ええ。それは、申し訳なく、思います」白瀬先生は、頭を、下げた。「でも、あなたの、評判は、下がっていない。むしろ、上がった。……『モテる男子』として」
「上がってません!」
「そう、ですか?」
◇
「……先生」五百旗頭が、低い声で、言った。「なぜ、こんなことを?」
白瀬先生は。
少し、姿勢を、正して。
まっすぐ、言った。
「研究です」
「研究?」
「わたしの、研究テーマは」白瀬先生は、言った。「――『人は、噂だけで、他人を、認識するか』」
……。
五百旗頭が、息を、のんだ。
「人間は、他人を、どうやって、識別しているか。顔? 声? 服装?」白瀬先生は、続けた。「……いいえ。多くの場合、人は、『文脈』で、他人を、識別しています。『この時間に、ここにいる、この背格好の人は、たぶん、あの人だろう』と。……つまり、推測です」
「……」
「では、その『文脈』を、外から、操作できたら?」白瀬先生の、目が、光った。「たとえば、『Aさんが、最近、職員室によく行くらしい』という、噂を、流す。……すると、人は、職員室の近くで、それらしい人を、見たときに、『Aさんだ』と、認識するのでは?」
「……それを、確かめるために」俺は、言った。「俺を、使ったんですか」
「ええ」
◇
「――ふざけるな!」
気づいたら。
俺は、立ち上がって、いた。
自分でも、驚くくらい、声が、出ていた。
「あんた、人を、なんだと、思ってるんだ!」
「被験者、です」
「そういうことを、言ってるんじゃ、ない!」俺は、言った。「俺は、この、数週間。……ずっと、気持ち悪かった。自分の、記憶まで、信じられなくなって。友達が、犯人扱いされて。……あんたの、研究のために!」
白瀬先生は。
その言葉に。
初めて。
少し、たじろいだ。
「……不破くんの、件は」白瀬先生は、目を、伏せた。「……予想外でした。あれは、わたしが、流した噂では、ありません。……勝手に、生まれた」
「勝手に?」
「ええ。人は、事件が、起きると。犯人を、探します。そして、『それらしい人』を、選ぶ」白瀬先生は、言った。「……わたしが、噂を、流さなくても。人は、勝手に、印象で、人を、裁く。……あれは、わたしの、想定を、超えた、現象でした」
「そんな、言い訳が――」
「言い訳では、ありません。事実です」白瀬先生は、言った。「でも……ええ。反省は、しています。倫理審査を、通さずに、実験を、したのは。……わたしの、過ちです」
◇
「先生」五百旗頭が、言った。「ひとつ、確認させて、ください」
「なんでしょう」
「この実験。……学校側の、許可は?」
「観察の、許可は、頂いています」白瀬先生は、答えた。「担当の、先生に。『生徒の、コミュニケーションを、観察したい』と、申し出て。……許可を、頂きました」
「観察の、許可?」
「ええ。観察だけ、です」白瀬先生は、少し、うつむいた。「……噂を、流したのは。わたしの、独断です。担当の先生は、ご存じ、ありません」
「なぜ、独断で?」
「……観察だけでは、何も、わからなかったからです」白瀬先生は、悔しそうに、言った。「二週間、生徒を、観察しました。でも、自然発生する、噂だけでは、条件が、揃わない。……だから、自分で、条件を、作りました」
五百旗頭は。
じっと、白瀬先生を、見て。
それから、静かに、言った。
「……先生。あなたの、研究は。手法として、間違っています」
「……ええ」
「でも」五百旗頭は、言った。「仮説は、正しかった」
白瀬先生が。
顔を、上げた。
◇
「四十七件の、証言」五百旗頭は、言った。「全員が、正直で。全員が、間違っていました。……あなたの、仮説の、通りに」
「……ええ」
「人は、他人を、見ていない」五百旗頭は、続けた。「噂を、聞いて。それらしいものを、見て。……自分の、頭の中で、事実を、完成させる」
「……その通りです」
「証明されて、しまいましたね」五百旗頭は、言った。「……最悪の、形で」
白瀬先生は。
長い間、黙って。
それから。
ぽつり、と、言った。
「……ええ。証明されて、しまいました」
その、声は。
研究者の、達成感とも。
罪悪感とも。
どちらとも、つかない。
妙に、空虚な、響きを、していた。
◇
「明日、学校側に、報告します」五百旗頭は、立ち上がった。「あなたが、自分から、話すのが、いちばん、いいと思いますが」
「……そう、しましょう」白瀬先生は、頷いた。「実習も、これで、終わりですね」
俺たちは。
空き教室を、出た。
廊下は、もう、夕方で。
生徒の、姿は、まばらだった。
「……終わった、のか」俺は、言った。
「ええ」五百旗頭は、頷いた。「解けました。……犯人も、手口も、動機も」
なのに。
五百旗頭の、顔は。
あまり、晴れて、いなかった。
「どうした?」
「……いえ」五百旗頭は、首を、振った。「気の、せい、かも、しれません。ただ」
「ただ?」
「白瀬先生の、動機は、わかりました。でも」五百旗頭は、言った。「……なぜ、この学校、だったのでしょう」
……え?
「実習先は、他にも、あったはずです」五百旗頭は、つぶやいた。「なぜ、この、学校で。……なぜ、この、タイミングで」
俺は。
答えられ、なかった。
そして、そのときは。
それが。
どれほど、大事な、問いなのか。
まだ、わかって、いなかった。
(第14話 了)




