第13話 歩き方が、違う
====================
第13話 歩き方が、違う
====================
「犯人像を、絞ります」
翌日。図書室。五百旗頭は、新しい紙を、広げた。
「条件を、整理しましょう。犯人は、こういう人物です」
五百旗頭は、書きながら、読み上げた。
「一。学校中に、噂を、流せる立場に、いる。……つまり、多くの生徒と、接点がある人物」
「ああ」
「二。人間の、認知の、仕組みを、知っている。……名前を、先に、広めれば、顔を知らない人が、勝手に、誤認する。……これを、理解して、設計している」
「専門知識、だよな」
「三」五百旗頭は、ペンを、置いた。「――目的が、実験である、可能性が高い」
「実験?」
「昨日、あなたが、言ったことです」五百旗頭は、言った。「考えてみてください。犯人は、あなたを、陥れて、いません。悪い噂は、ひとつも、流していない。金銭も、要求していない。……害が、ないんです」
「たしかに」
「なのに、手口だけは、異常に、緻密」五百旗頭は、言った。「これは、恨みでも、利益でもない。……『こうすれば、人はどうなるか』を、確かめている。……つまり、実験です」
実験。
俺は。
誰かの。
実験台に、されて、いた。
◇
「じゃあ、誰なんだ」
「候補は、絞れます」五百旗頭は、指を、折った。「一。新聞部。……学校中に、情報を、流せる。噂の、震源地に、なれる」
「ああ、なるほど」
「二。心理学研究部。……人間の、認知の、仕組みに、詳しい。実験を、したがる、動機もある」
「あるのか、そんな部活」
「今年、できました。部員は、四人」
「詳しいな、お前」
「三」五百旗頭は、少し、声を、落とした。「……教育実習生」
「実習生?」
「先月から、来ています。心理学専攻の、大学院生が、一人」五百旗頭は、言った。「教師の立場なら、生徒に、自然に、話しかけられる。噂を、流すのも、容易です。……そして、専門知識も、ある」
……なるほど。
三つとも。
ありえそう、だった。
◇
と。
そのとき。
図書室の、入り口から。
静かな、声が、した。
「……森本」
東海林四季だった。
竹刀袋を、肩に、かけて。
いつもの、無表情で。
立って、いた。
「四季。部活は?」
「……休み」四季は、そう言って、俺の、隣に、座った。「……ずっと、聞いてた」
「聞いてた?」
「……事件のこと。……森本が、大変なの。……知ってる」
……そうか。
こいつ、最近、あんまり、話してなかったけど。
ずっと、気にして、たのか。
「……ひとつ、言っていい?」
「なんだよ」
四季は。
少しだけ、間を、置いて。
それから、言った。
「……わたし、最初から。……森本じゃないって、わかってた」
◇
図書室が。
しん、と、なった。
「……え?」
「……何?」
俺と、五百旗頭の、声が、重なった。
「……先週」四季は、ぽつり、と、言った。「……グラウンドの、脇。……夕方。……『森本が、歩いてる』って、みんな、言ってた」
「ああ。……あの証言、あったな」
「……わたし、見た。……その人を」
「見たのか!?」五百旗頭が、身を、乗り出した。「東海林さん、それは、重要な――」
「……でも」四季は、首を、振った。「……森本じゃ、なかった」
「なんで、わかったんだ」俺は、聞いた。「遠目、だったんだろ?」
四季は。
当たり前みたいな、顔で。
言った。
「……歩き方が、違う」
◇
「歩き方……?」
「……森本は」四季は、言った。「……歩くとき。……少し、左肩が、下がる。……あと、歩幅が、狭い。……早歩きのとき、つま先から、着く」
「……そうなのか?」
「……そう」四季は、頷いた。「……小学生の、とき。……屋根に、登って、遊んでたから。……そういう、歩き方に、なった」
……知らなかった。
自分の、歩き方なんて。
意識した、ことも、ない。
「あの人は」四季は、続けた。「……肩が、水平で。……歩幅が、広かった。……だから、違うって、すぐ、わかった」
五百旗頭が。
呆然と、四季を、見て、いた。
「……東海林さん」
「……何?」
「あなた……四十七人の、目撃者の、中で。……ただ一人」五百旗頭は、言った。「森本くんを、『見分けた』人物です」
「……そう?」
「そうです!」五百旗頭は、興奮して、言った。「他の、全員が。印象で、誤認する中。……あなただけが、本人かどうかを、識別している。……なぜ、あなただけが?」
四季は。
きょとん、と、して。
それから。
少しだけ、目を、そらして。
ぼそっ、と、言った。
「……見てるから」
「え?」
「……ずっと、見てるから。……森本のこと」
……。
……。
なんか。
今。
すごく、さらっと。
とんでもない、こと、言われた、気が、する。
◇
「――ちょ、ちょっと待って!」
五百旗頭が。
なぜか。
真っ赤に、なって、いた。
「ず、ずっと、見てる、って。それは、その、どういう」
「……そのまま」四季は、平然と、言った。「……小さいころから。……ずっと、見てた」
「な、なるほど。幼馴染として、ですね!」
「……」
四季は。
答えなかった。
ただ。
竹刀袋を、抱え直して。
窓の、外を、見た。
その、耳が。
ほんの少し。
赤かった。
……なんだ、これ。
なんで、俺まで。
顔が、熱く、なってるんだ。
◇
「……こほん」五百旗頭が、咳払いを、した。「と、とにかく。東海林さんの、証言は、極めて、重要です」
「そうなのか?」
「ええ。これで、『目撃された人物は、あなたではない』ことが、初めて、確定しました」五百旗頭は、言った。「推測ではなく、目撃証言として。……東海林さんは、本物と、偽物を、識別できる。唯一の、観測者です」
「観測者……」
「そして、もうひとつ」五百旗頭は、四季を、見た。「東海林さん。その、グラウンドで、見た人物。……顔は、わかりますか」
四季は。
少し、考えて。
首を、振った。
「……遠かったから。……顔は、見てない」
「そう、ですか……」
「……でも」四季は、言った。「……制服、着てた。……たぶん、うちの、生徒」
「うちの、生徒」五百旗頭は、頷いた。「……なら、その人物は。犯人本人か。あるいは」
「あるいは?」
「……何も、知らずに、利用された。ただの、通行人か」
ぞっと、した。
もし、後者、なら。
犯人は。
誰にも、なりすまさず。
誰も、傷つけず。
ただ、噂を、流しただけで。
学校中を。
操って、いたことに、なる。
(第13話 了)




