第12話 誰も、顔を見ていない
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第12話 誰も、顔を見ていない
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前提が、崩れた。
なりすまし犯は、いない。記憶操作も、ない。
みんな、「森本らしい誰か」を、見て。勝手に、「森本だ」と、思っただけ。
……でも。
まだ、肝心の、問いが、残っている。
なぜ、全員が。
同じ、思い込みを、したのか。
◇
翌日の、放課後。
図書室に、来ると。
五百旗頭は、もう、そこに、いた。
昨日と、同じ、席で。
昨日より、大きな、紙を、広げて。
「森本くん。座って、ください」
「今度は、俺が、座るのか」
「はい。長く、なります」
五百旗頭の、目の下の、隈は。
昨日より、濃くなって、いた。
でも。
その目は。
昨日より、ずっと。
生き生き、して、いた。
◇
「昨日から、証言を、全部、洗い直しました」五百旗頭は、言った。「四十七件。ひとつ、ひとつ。……そして、変数を、ひとつ、追加しました」
「変数?」
「『目撃者は、あなたの顔を、知っているか』」
……あ。
「結果を、言います」五百旗頭は、紙を、指さした。「四十七件の、目撃者。そのうち――四十一人が」
「四十一人が?」
「あなたと、話したことも、ない、生徒でした」五百旗頭は、言った。「他クラス。他学年。……あなたの顔を、はっきりとは、知らない、人たち」
ぞわ、と、した。
「残りの、六人は?」
「あなたと、同じクラス、あるいは、面識のある、生徒です」五百旗頭は、言った。「……でも、その六人の証言は。全部、『遠目』『逆光』『後ろ姿』『すれ違っただけ』。つまり」
「……顔を、見てない」
「そう。四十七件、全部」五百旗頭は、静かに、言った。「――誰一人。あなたの、顔を、正面から、見て、いません」
◇
「……つまり」俺は、言った。「みんな、俺の、顔を、知らないか。見てないか」
「ええ」五百旗頭は、頷いた。「そして、ここからが、本題です」
五百旗頭は、別の、紙を、出した。
時系列の、グラフだった。
「これは、『あなたの噂』が、広まった時期と。『あなたの目撃証言』が、出た時期を。重ねた、ものです」
「……重なってる」
二つの、線が。
ぴったり、と。
重なって、いた。
「噂が、広まる。その、数日後から。目撃証言が、出始める」五百旗頭は、言った。「そして、噂が、増えるほど。……目撃証言も、増えている」
「……偶然、じゃ、ないよな」
「相関係数を、出しました」五百旗頭は、言った。「ほぼ、一。……偶然の、確率は、限りなく、ゼロです」
◇
「じゃあ」俺は、言った。「噂が、目撃を、生んでる、ってことか?」
「そう考えると、式が、成立します」五百旗頭は、言った。「順番に、いきましょう。まず――噂が、広まった。『森本と、五百旗頭が、付き合ってる』『森本は、モテ男らしい』」
「……ああ」
「その結果、何が、起きたか」五百旗頭は、俺を、見た。「学校中の、生徒が。『森本基成』という、名前を、覚えた」
……あ。
「でも」五百旗頭は、続けた。「名前を、覚えた人たちは。……あなたの、顔を、知りません。他クラス。他学年。噂で、名前だけを、聞いた、人たち」
「……」
「名前は、知っている。顔は、知らない」五百旗頭は、言った。「その状態で。廊下で、黒髪の、中背の、男子生徒の、後ろ姿を、見たら。……どう、なると、思いますか」
……ぞっと、した。
「『あ、あれが、噂の、森本か』って……思う」
「そう」五百旗頭は、頷いた。「そして、その瞬間。……その生徒は、あなたに、なる」
◇
「……ちょっと、待て」俺は、混乱した。「じゃあ、俺が、こんなことに、なったのは。……俺が、目立たないから、じゃなくて」
「逆です」五百旗頭は、はっきり、言った。「あなたが、有名に、なったから、です」
「有名?」
「噂で、名前だけが、学校中に、広まった。でも、顔は、広まらなかった」五百旗頭は、言った。「その、ずれが。……この事件の、正体です」
……そうか。
印象が、薄いから、間違われたんじゃ、ない。
名前だけが、有名に、なったから。
顔を、知らない、大勢が。
「それらしい誰か」に。
俺の、名前を。
貼り付けた、んだ。
「……こわ」俺は、つぶやいた。「なんだよ、それ」
「ええ。……とても、怖い、仕組みです」五百旗頭も、青い顔で、言った。
◇
「じゃあ」俺は、言った。「犯人が、やったことは」
「順序が、見えてきました」五百旗頭は、指を、折った。「第一段階。恋愛の噂を、流す。……これで、あなたの名前が、学校中に、広まる。顔を、知らない人たちに」
「第二段階は?」
「別の、噂を、足す」五百旗頭は、言った。「『森本が、職員室に、呼ばれてるらしい』『森本が、放課後、うろうろしてるらしい』……そういう、行動の、噂を」
「……それを、聞いた、やつが」
「廊下で、それらしい人を、見る。……そして、『あ、噂の森本だ』と、思う」五百旗頭は、言った。「思った、瞬間。その記憶は、『森本を見た』という、事実に、なります」
「……嘘じゃ、ないんだよな。そいつらにとっては」
「嘘じゃ、ありません」五百旗頭は、首を、振った。「本人は、本当に、そう、記憶している。……だから、四十七人、全員が、正直で。全員が、間違っていた」
――全員が、正直で。全員が、間違ってる。
数日前。
五百旗頭が、絶望しながら、口にした、その言葉が。
いま。
答えに、なった。
◇
「でも、まだ、わからないことが、あります」五百旗頭は、言った。「一番、大事な、ことが」
「なんだ」
「――誰が、なぜ、こんなことを、したのか」
そうだ。
犯人。
誰かが。
噂を、流した。
意図的に。二段階に、分けて。
学校中の、認知を、操るために。
「その人物は」五百旗頭は、低い声で、言った。「人間が、どうやって、他人を、認識するかを。……熟知しています。これは、思いつきの、いたずらじゃ、ない」
「……実験、みたいだな」
俺は、なんとなく、そう、言った。
五百旗頭が。
はっ、と、顔を、上げた。
「……実験」
「ん?」
「そうです。……実験です」五百旗頭は、つぶやいた。「人間の、認知が。噂だけで、どこまで、歪むか。……それを、試している」
五百旗頭の、目が。
鋭く、光った。
「森本くん。……犯人を、絞り込めるかも、しれません」
(第12話 了)




