第10.5話 役得じゃん
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第10.5話 役得じゃん
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その日。
俺は、帰り道で。
待ち伏せ、されていた。
「よー、森本」
校門の、脇。
湊ミライが。
塀に、もたれて。にやにや、して、いた。
「……なんだよ」
「暇だから、待ってた」
「暇なら、帰れ」
「やだ」ミライは、俺の、隣に、並んだ。「一緒に、帰ろ」
……こいつ。
相変わらず、勝手だ。
でも。
まあ。
追い返すのも、面倒くさい。
◇
夕暮れの、通学路。
しばらく、歩いてから。
ミライが、口を、開いた。
「ねー、森本。ひとつ、聞いていい?」
「なんだよ」
「あんたさ」ミライは、俺の、顔を、のぞきこんだ。「……あの噂。ほんとは、まんざらでも、ないんじゃないの?」
「……は?」
「五百旗頭さんと、付き合ってる、って、噂」ミライは、にやり、と、した。「あんた、ずーっと、否定してるけどさ。……本当は、ちょっと、嬉しいでしょ」
「嬉しくねえよ!」
「またまた」
「その口癖、うつすな!」
◇
「だってさ、考えてみ?」ミライは、指を、立てた。「これがさ。悪口の噂だったら、大問題だよ。『森本は、金を盗んだ』とか。『森本は、いじめてる』とか。……それは、事件。ちゃんと、怒っていい」
「まあ、そうだな」
「でも、今回の噂。……なんだっけ?」
「……『五百旗頭と、付き合ってる』」
「そう」ミライは、にっ、と、笑った。「数学だけは、学年トップで。まあまあ、可愛くて。しかも、あんたが、中学の頃から、遠くで、憧れてた、あの、五百旗頭さんと」
「……」
「付き合ってる、ことに、なってる」ミライは、言った。「……それって。役得じゃん」
……うっ。
こいつ。
痛いところを。
◇
「そ、それは、違う」俺は、必死に、言い返した。「嘘は、嘘だろ。事実じゃ、ないんだから」
「うん、嘘だね」
「だったら」
「でも」ミライは、俺を、指さした。「あんた、その嘘のおかげで。今、五百旗頭さんと、めちゃくちゃ、一緒にいるよね?」
「……それは、事件の、調査で」
「調査、ねー」ミライは、にやにや、した。「毎日、放課後、図書室で。二人で、証言、整理して。頭、突き合わせて。……ふーん。調査ねー」
「調査だっつーの!」
「まあ、それはいいけどさ」ミライは、肩を、すくめた。「でも、あんた。一度でも、思わなかった?」
「何を」
「『この噂、消えなくても、いっか』って」
……。
……。
……思った。
一瞬だけ。
ほんの、一瞬だけ。
思った、かも、しれない。
「――思ってねえ!」
「今、間があった!」
「なかった!」
「あったって! 三秒くらい、黙ってた!」ミライは、けらけら、笑った。「あー、おっかしい。森本、わかりやす」
◇
「……うるさいな」俺は、頭を、かいた。「じゃあ、聞くけどな。お前は、どうなんだよ」
「わたし?」
「そうだよ。お前、いつも、人のこと、からかってるけど」俺は、言い返した。「お前だって、イケメン、好きなんだろ。……たとえば、不破とか。日下部とか」
ミライは。
ぴたり、と。
足を、止めた。
それから。
じろり、と。
俺を、睨んだ。
「――は?」
「え」
「いつ、誰が。……『イケメン好き』って、言ったよ」
ミライの、声が。
一段、低く、なった。
「い、いや。なんとなく」
「なんとなく、で。人に、変な印象、すりこませないでよ」ミライは、ぴしゃり、と、言った。「わたしね。顔で、人を、選んだこと。一度も、ないから」
「……悪い」
「いい?」ミライは、指を、立てた。「わたしが、好きなのは。……将来性が、ある人」
「将来性」
「そう。今、何が、できるかじゃ、なくて。これから、何に、なるか」ミライは、言った。「だから。……不破も、日下部も、対象外。二人とも、今が、ピークっぽいもん」
「ひでえ」
「そして」ミライは、俺を、びしっ、と、指さした。「淡い期待を、してる、そこの、森本!」
「してねえよ!」
「あんたも。……好みじゃ、ないから」
「聞いてねえ!」
ミライは。
ふん、と、鼻を、鳴らして。
また、歩き出した。
……こいつ。
顔で、選ばない、とか。将来性、とか。
妙に。
人を、見る、基準が。
はっきり、してる。
……なんでだろう。
まるで。
「ちゃんと、人を、見る」ことに。
こだわりが、ある、みたいに。
◇
「――あ、そうだ」ミライは、思い出した、みたいに、言った。「わたし、いいこと、思いついた」
「なんだよ」
「わたしがさ、五百旗頭さんに。……言ってきて、あげよっか?」
「何を」
「『森本が、あなたのこと、好きだって』」
「――やめろ!!」
俺は、絶叫した。
ミライは、腹を、抱えて、笑った。
「あっはは! やっぱ、その反応!」
「言うな! 絶対、言うな!」
「なんで? 本当のこと、なのに」
「本当じゃ……」俺は、言いかけて、止まった。「……本当じゃ、ない。……たぶん」
「たぶん?」
「……うるさい」
ミライは。
にやにや、しながら。
でも、少しだけ。
声を、やわらげて、言った。
「……まあ、いいけどさ」
「なんだよ」
「言わないよ、わたし。……面倒くさいし」ミライは、言った。「それに。……そういうのは、自分で、言わなきゃ、意味ないでしょ」
「……」
「じゃ、わたし、こっちだから」
ミライは、ひらひら、と、手を、振って。
曲がり角で、消えた。
◇
一人になって。
俺は。
ぼんやり、歩きながら。
考えた。
「この噂、消えなくても、いっか」。
……思った、かも、しれない。
一瞬。
でも。
そのあとに、思ったことも、あった。
――嘘のままで、そばに、いるのは。
なんか、違う、って。
……くそ。
面倒くさい。
恋愛とか。気持ちとか。
面倒くさい。
でも。
なぜか。
考えるのを。
やめられ、なかった。
(第10.5話 了)




