第9話 記憶改ざん説
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第9話 記憶改ざん説
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それから、数日。
事件は。悪化する、一方だった。
学校中で。証言が、食い違い始めた。
「森本君、昨日、屋上に、いたよね」
「いや、図書室に、いたぞ」
「え? 俺、グラウンドで、見たけど」
「同じ時間に?」
「うん」
一人の、人間が。
同じ時刻に。
屋上と、図書室と、グラウンドに。
同時に、いた。
……そんなこと、あるわけ、ない。
なのに。
みんな。
「見た」と、言う。
全員、本気で。
◇
放課後。図書室。
五百旗頭は。
テーブルに、巨大な、紙を、広げて。
そこに、無数の、線と、点を、書き込んで、いた。
証言の、相関図、らしい。
でも。
その図は。もう、ぐちゃぐちゃ、だった。
「……森本くん」五百旗頭が、疲れた声で、言った。目の下に、隈が、できていた。「わたし、この、数日で。四十七件の、証言を、集めました」
「四十七件……」
「そのうち。互いに、矛盾するものが、三十九件」五百旗頭は、言った。「同じ時刻。別の場所。……物理的に、ありえない、目撃が。山ほど、あります」
「なりすまし犯が、何人も、いる、とか?」
「それも、考えました」五百旗頭は、首を、振った。「でも、無理です。四十七件を、こなすには。あなたそっくりの、人間が、十人以上、必要になる。……そんな、劇団みたいな、犯行、不可能です」
◇
「じゃあ、やっぱり。記憶操作、なのか」
「それも、詰みました」五百旗頭は、頭を、抱えた。「記憶を、操作する、方法を。徹底的に、洗いました。薬物。催眠。……全部、否定されました」
「なんで」
「だって、考えてみてください」五百旗頭は、言った。「四十七人の、生徒、全員に。薬を、盛る? 催眠を、かける? ……そんなこと、どうやって? いつ? 誰が?」五百旗頭は、指を、折った。「不可能です。一人や、二人なら、まだしも。学校中の、生徒の、記憶を、操作するなんて。……SFですら、無理な、規模です」
「じゃあ、どうなってるんだよ!」
「わかりません!」
五百旗頭が。
めずらしく。声を、荒げた。
それから。はっ、と、して。うつむいた。
「……すみません。取り乱しました」
「……いや」
「わたし、探偵なのに」五百旗頭は、小さく、言った。「……解が、出せない。どの仮説も、成立しない。数式が、全部、破綻する。……こんなこと、初めてです」
◇
「……なあ、五百旗頭」俺は、言った。「ひとつ、確認、いいか」
「なんですか」
「その、四十七件の、証言。……嘘、ついてる、やつは、いるのか?」
「いません」五百旗頭は、即答した。「全員、本気で、そう、信じています。……嘘発見器に、かけても、たぶん、通る。彼らにとって、それは、『事実』なんです」
「嘘は、ついてない。でも、事実とは、違う」
「そう」五百旗頭は、頷いた。「全員が、正直で。全員が、間違ってる。……そんな、こと、ありえますか?」
……ありえない。
でも。
現に、起きてる。
誰も、嘘を、ついてない。
なのに、事実が、定まらない。
まるで――事実そのものが。
溶けて、なくなった、みたいに。
◇
「……もう、いっそ」五百旗頭が、ぽつり、と、言った。「超能力とか。異次元とか。……そういう、非科学的な、ことを、考えたく、なります」
「お前が、それ言うか」
「言いたく、なるんです」五百旗頭は、力なく、笑った。「だって。……論理で、解けないんですもの。わたしの、数式が。全部、通用しない。……初めて、なんです。こんなこと」
五百旗頭の、その、顔を、見て。
俺は。
なんとも、言えない、気持ちに、なった。
こいつは。
宇宙を、数式で、解こうとする、やつだ。
論理を、誰よりも、信じてる、やつだ。
その、五百旗頭が。
論理で、解けない、問題に、ぶつかって。
こんなに、追い詰められてる。
「……五百旗頭」俺は、言った。「大丈夫だ」
「え?」
「お前の、数式は、間違ってない」俺は、言った。「たぶん、な。……間違ってるのは。数式じゃ、なくて。俺たちが、解こうとしてる、『問題』のほう、なんじゃ、ないか」
「……問題?」
「うまく、言えないけど」俺は、頭を、かいた。「なんか。俺たち。……最初から。間違った、問題を、解こうと、してる、気がするんだ」
五百旗頭は。
きょとん、と、して。
俺を、見た。
でも、俺自身も。それが、何なのか。まだ、わからなかった。
◇
その夜。
俺は、ベッドで、天井を、見ながら。
ずっと、考えていた。
事件の、こと。
なりすまし。記憶操作。……全部、行き詰まった。
でも。
なんか。
引っかかる。
ずっと。喉に、刺さった、小骨みたいに。
ミライの、言葉が。
「誰も、操作してない。森本が、勝手に、思い込んだだけ、だったら?」
五百旗頭の、言葉が。
「全員が、正直で。全員が、間違ってる」
そして、俺自身の、違和感。
「俺じゃ、なくても、成立する」
「間違った、問題を、解こうとしてる」
……これ、全部。
つながってる、気が、する。
一本の、線で。
もう少し、で。
手が、届きそう、なのに。
……くそ。
面倒くさい。
考えるの、面倒くさい。
――でも。
今回ばかりは。
なぜか。
考えるのを、やめられ、なかった。
(第9話 了)




