第8話 逆転する記憶
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第8話 逆転する記憶
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それまで。
事件は。「周りの、問題」だった。
みんなが、いもしない、「昨日の森本」を、見た、と言う。
でも、俺自身は。何も、おかしくなかった。ちゃんと、自分の、行動を、覚えていた。
――でも。
その日。
事件は。
俺の、「内側」に。
入って、きた。
◇
「なあ、御手洗」
その日の、放課後。図書室で。俺は、何気なく、言った。
「昨日は、ありがとな。駅まで、一緒に、帰ってくれて」
御手洗は。
リボンを、結ぶ手を、止めて。
きょとん、と、した。
「……え?」
「いや、昨日だよ。放課後。二人で、駅まで、歩いただろ」御手洗は、途中まで、世界史の話を、してた。ハンニバルが、アルプスを、越えた、とかなんとか。「途中で、コンビニ、寄って。お前、肉まん、買ってたじゃん」
「森本くん」御手洗は、静かに、言った。「わたし、昨日。……あなたと、帰って、いないわ」
「……は?」
◇
「いや、帰った、だろ」俺は、言った。「はっきり、覚えてる。お前、肉まん、食いながら。『ナポレオンも、寒い、ロシアで、こういうの、食べたかった、でしょうね』って、言ってた」
「言ってません」御手洗は、首を、振った。「昨日、わたし。放課後、すぐ、家に、帰りました。塾が、あったから。……誰とも、帰って、いないわ」
「嘘、だろ」
「嘘じゃ、ないわ」
御手洗の、顔は。
いつもの、ふざけた、顔じゃ、なかった。
真剣に。俺を、見て、いた。
……嘘を、ついてる、ようには。見えない。
でも。
俺だって。
覚えてる。
はっきり、と。
昨日の、帰り道を。肉まんの、匂いを。御手洗の、世界史の、たとえを。
全部。
鮮明に。
◇
「……森本くん」
その、やりとりを、聞いていた、五百旗頭が。
ゆっくり、近づいてきた。
「今の、話。詳しく、聞かせて、ください」
「あ、ああ」
俺は、昨日の、「記憶」を、話した。
何時ごろ、校門を、出て。どの道を、通って。コンビニで、何を、買って。どんな、話を、したか。
全部、覚えていた。
まるで、本当に、あった、みたいに。
「……完璧、ですね」五百旗頭は、つぶやいた。「時系列も。会話の、内容も。細部まで。……矛盾が、ひとつも、ない」
「だろ。だから、本当に――」
「でも」五百旗頭は、御手洗を、見た。「御手洗さんには、塾の、アリバイが、ある。……確認、できますか、御手洗さん」
「ええ」御手洗は、頷いた。「昨日の、塾の、出席簿。先生に、聞けば、わかるわ。……わたしは、昨日、ずっと、塾に、いた」
五百旗頭は。
少しの、間、黙って。
それから。
低い声で、言った。
「――つまり。森本くんの、記憶は」
「……」
「事実と、一致、していません」
◇
ぞっと、した。
俺の、記憶が。
間違ってる?
あんなに、鮮明なのに?
「そんな、はず……」俺は、頭を、抱えた。「いや、でも。俺、確かに、覚えてる。肉まんの、匂いまで。御手洗の、声まで」
「森本くん。落ち着いて、ください」五百旗頭は、言った。でも、その声も、少し、震えていた。「これまで。事件は、『他人が、あなたを、誤認する』ものでした。……でも、今回は、違う」
「違う?」
「あなた自身が。……存在しない、記憶を、持っている」五百旗頭は、言った。「他人だけじゃ、ない。あなたの、記憶まで。……操作、されている」
操作。
俺の、記憶が。
誰かに。
書き換え、られてる?
◇
「そんなこと、できるのか?」俺は、言った。「人の、記憶を、書き換えるなんて。……SFじゃ、あるまいし」
「わかりません……いえ」五百旗頭は、言い直した。「現状、解なし、です。でも、可能性を、洗い出します」
五百旗頭は、指を、折り始めた。
「ひとつ。薬物。記憶に、作用する、薬を、盛られた、可能性。……でも、あなたに、心当たりは?」
「ない。変なもの、食ってない」
「ふたつ。催眠、暗示。誰かに、暗示を、かけられた、可能性。……でも、いつ、どこで?」
「わからん」
「みっつ」五百旗頭は、少し、ためらって。「……集団で、あなたを、騙している、可能性。御手洗さんも、塾の記録も。全部、グルで。あなたを、混乱させている」
「――おい」御手洗が、むっ、と、した。「わたしを、疑うの?」
「可能性の、話です」五百旗頭は、言った。「でも……その線は、薄い。御手洗さんに、そんなことを、する、動機が、ない」
五百旗頭は。
ため息を、ついた。
「どの仮説も。……決め手が、ない。証拠が、ゼロ」五百旗頭は、言った。「記憶を、操作する、方法。それが、わからない、限り。……この事件は、解けません」
行き詰まり。
また、行き詰まり。
◇
その、とき。
図書室の、隅から。
声が、した。
「――ねえ、五百旗頭さん」
湊ミライだった。
いつものように。本を、読む、ふりを、しながら。
「ひとつ、聞いていい?」
「……なんですか」
「五百旗頭さんは、さっきから」ミライは、本の、ページを、めくった。「『どうやって、森本の、記憶を、操作したか』を、考えてるよね」
「ええ。それが、事件の、核心ですから」
「ふーん」ミライは、にやり、と、した。「でもさ。……もし。誰も、森本の、記憶を、操作してなかったら?」
「……は?」
「森本の、記憶は。誰にも、いじられてない。最初から。……森本が、勝手に、そう、思い込んだだけ、だったら?」
しん、と、なった。
五百旗頭が。
目を、見開いた。
「勝手に……思い込んだ?」
「さあ?」ミライは、けろっと、して、本を、閉じた。「ただの、思いつき。……忘れて」
そう言って。
ミライは。
図書室を、出て、いった。
でも。
その、言葉は。
俺と、五百旗頭の、頭に。
小さな、棘みたいに。
刺さって、残った。
「誰も、操作してない」。
「勝手に、思い込んだだけ」。
……そんなこと。
あるのか?
でも。
もし。
それが、本当だと、したら。
この事件は。
いったい。
誰が。
何を。
したことに、なるんだ?
(第8話 了)




