第5話 昨日のこと、覚えてない
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第5話 昨日のこと、覚えてない
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それは、朝の、廊下で、始まった。
「あ、森本君」
見知らぬ、女子が。俺に、笑いかけてきた。
「昨日は、ありがとう!」
「……え?」
「ほら、昨日。プリント、拾ってくれたでしょ。助かった!」
「……昨日?」
俺は。
記憶を、たどった。
昨日。放課後。俺は、まっすぐ、家に、帰った。図書室にも、寄らず。誰の、プリントも、拾ってない。
「いや、俺、昨日……」
「またまた。照れないでよ」
女子は、笑って、行って、しまった。
……なんだ?
人違い、か?
◇
でも。
それは。始まりに、すぎなかった。
一時間目の、あと。
廊下で、別の、男子に、呼び止められた。
「森本。お前、昨日、職員室、いただろ」
「……行ってない」
「嘘つけ。俺、見たぞ。昨日の、夕方。職員室の、前で」
「行ってないって」
「なんで、隠すんだよ」
隠して、ない。
本当に、行ってない。
昼休み。
今度は、先生に、呼ばれた。
「森本。昨日、呼んだ、よな。……来なかったけど、どうした」
「呼ばれて、ません、けど」
「呼んだよ。放課後、来いって」
「……」
放課後。
女子に、また。
「森本君、昨日、一緒に、帰ったよね」
「帰って、ない」
「えー、帰ったよ。駅まで」
「帰ってない!」
……なんだ、これ。
みんな。
「昨日の、森本」を。
見た、と、言う。
でも。
昨日の、俺は。
まっすぐ、家に、帰って。
ゲームを、して。寝た。
それだけ、だ。
◇
放課後。図書室。
俺は、五百旗頭に、全部、話した。
「――というわけで。みんな、昨日の、俺を、見たって、言うんだ。でも、俺、昨日、何も、してない」
「……興味深い、データですね」五百旗頭は、腕を、組んだ。「変数を、洗い出しましょう。昨日、あなたを見た、という人は。何人、いますか」
「今日だけで。……五、六人。いや、もっと、かも」
「全員、別々の、場所と、時間?」
「ああ。朝の、廊下。職員室の、前。駅までの、帰り道。……バラバラだ」
「そして、あなたには、一切、心当たりがない」
「ない。昨日は、まっすぐ、帰った。証人は……いないけど。でも、本当だ」
五百旗頭は。
じっと、考え込んだ。
それから。
ぽつり、と、言った。
「――誰かが。あなたに、なりすましている、のかもしれません」
◇
「なりすまし?」
「ええ」五百旗頭は、頷いた。「誰かが、あなたのふりを、して。学校中で、行動している。プリントを、拾ったり。職員室に、行ったり。女子と、帰ったり。……それを、みんなが、『森本を見た』と、証言している」
「……そんな、やつ、いるか?」
「仮に、これを真と置けば。……両辺は、釣り合います」五百旗頭は、言った。「あなたに、そっくりな、誰か。あるいは、変装した、誰か。……それが、あなたのふりを、して、動いている。そう代入すれば、証言の、辻褄は、合う」
なりすまし。
俺の、ふりを、する、誰か。
……ぞっと、する、話だ。
でも。
なんか。
引っかかる。
◇
「……なあ、五百旗頭」俺は、言った。「ひとつ、変なこと、いいか」
「なんですか」
「なりすまし、だとしたら。……なんで、そいつ、あんな、地味なことばっかり、してるんだ?」
「地味なこと?」
「そうだよ」俺は、証言を、思い返した。「プリントを、拾う。職員室に、行く。駅まで、帰る。……全部、地味だろ。俺のふりを、してまで、やることか?」
「……たしかに」
「もし、俺に、なりすまして、悪いこと、するなら、わかる」俺は、続けた。「盗みとか。嫌がらせとか。……でも、そいつが、やってるのは。ぜんぶ、当たり障りの、ない、ことばっかりだ」
五百旗頭が。
はっ、と、した。
「それに」俺は、言った。「よく、考えたら。……その『昨日の森本』。別に、俺じゃ、なくても、成立する、話ばっかりなんだよ」
「……どういう、意味ですか」
「プリントを、拾う。誰でも、いい。職員室に、行く。誰でも、いい。駅まで、帰る。誰でも、いい」俺は、言った。「……なりすます、意味、あるか? 俺に」
しん、と、なった。
五百旗頭は。
俺の、言葉を。
じっと、噛みしめて、いた。
◇
「……森本くん」五百旗頭が、ゆっくり、言った。「あなた、今。すごく、重要なことを、言いました」
「そうか?」
「ええ。でも」五百旗頭は、首を、振った。「今は、まだ、うまく、言えません。……もう少し、証言を、集めます。何か、パターンが、あるはずです」
「パターン?」
「なりすまし、を、真と仮定します」五百旗頭は、言った。「なら、必ず、どこかで、矛盾が、生じる。同じ時刻に、二か所で、目撃される、とか。……背理法です。仮定から、矛盾を、導けば。そこが、解への、糸口。それを、探します」
五百旗頭は、そう言って。
また、証言集めに、動き出した。
でも。
このときの、俺たちは。
まだ、気づいていなかった。
犯人は、なりすまして、なんか、いない。
そして、五百旗頭が、探している、「矛盾」こそが。
この事件の、真相への。
いちばん、遠回りな、道だった、ことに。
◇
図書室の、隅で。
湊ミライが。
いつものように。
本を、読む、ふりを、していた。
「なりすまし」。
五百旗頭が、そう、言ったとき。
ミライは。
ほんの少しだけ。
つまらなそうな、顔を、した。
まるで。
「そっちじゃ、ないのに」
とでも。
言うように。
(第5話 了)




