第2話 出られない図書室
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第2話 出られない図書室
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一週間後。
郷土資料のまとめは、なんだかんだで完成した。というか、ほとんど五百旗頭が仕上げた。
「ではでは、これで提出できますね。森本くんは、最後まで漫画を読んでいましたけれど」
「監修だよ、監修。歴史考証」
「一ページも書いていない監修者がいるかしら」と御手洗。
「……ゼロ」と東海林。
「お前ら、示し合わせたみたいに攻めてくるな」
まあ、いい。終わったのだ。これで解散。俺は自由だ。
――と、思っていた。
◇
「あれ」
帰ろうとして、俺は足を止めた。
図書室の出口。いつものドア。開けて、廊下に出て――
出たはずなのに、また、同じ本棚の前にいた。
「……は?」
もう一回。ドアを開ける。廊下。歩く。曲がる。
同じ本棚。
「なあ」俺は振り返った。「これ、なんかおかしくないか」
「森本くん、疲れているのでは。ではでは、糖分を――」
「いや五百旗頭、お前もやってみろよ」
五百旗頭がドアを開けて、出て、歩いて――戻ってきた。同じ本棚の前に。
五百旗頭の顔から、すっと笑みが消えた。
「……あら」
口癖が、出なかった。
◇
それから、俺たちは手分けして図書室を調べた。
ちなみに俺は、人数を数えるのが、昔から嫌いだ。班分けでも、鬼ごっこでも、点呼でも。誰が何人、とか、いちいち把握するのが面倒くさい。だから「みんなで調べよう」で済ませる。それで、だいたい、事足りる。
「窓は開かないわね」と御手洗が、フランス革命の話をせずに言った。「割れもしない。叩いても」
「……非常口、機能してない」と東海林が、蹴りを入れながら報告する。ドアはびくともしない。
「スマホは圏外です」と、いつの間にかいた日下部が、丁寧に付け加えた。
「日下部!? お前、なんでいんの」
「僕も資料を返しに来ていたんですよ。運がいいのか、悪いのか」
「悪い方だろ、どう考えても」
五百旗頭は、床にしゃがみこんで、指で何かを数えていた。数式みたいなものを、宙に書いている。
「……おかしいわ。歩いた距離と、戻ってくる距離が、合わない。この図書室、内部の空間が、閉じている。まるで――」
「まるで?」
「メビウスの輪の内側を、歩かされているみたいに」
俺には、正直よくわからなかった。でも、五百旗頭がそう言うなら、そうなんだろう。こいつの数字は、たぶん、嘘をつかない。
◇
そのときだった。
ピッ、と、音がした。
検索用の端末。誰も、触っていない。なのに、画面が、勝手に灯る。
「……なんか、出たぞ」
全員が、画面をのぞきこむ。
表示されていたのは、短い文だった。
《脱出条件が設定されました》
《GAME 01:恋愛推理》
「……こいれん、すいり?」
俺が読み上げると、御手洗が首をかしげた。
「恋愛の、推理。……推理小説なら、探偵が犯人を当てるものだけれど。恋愛を、推理する?」
「誰が誰を好きか、当てろってこと?」と俺。
「森本くん、それは……」五百旗頭が、言いかけて、やめた。
画面が、切り替わる。ルールが、流れていく。
《各人に、秘密の「役割」と「勝利条件」を与える》
《自分の役割を、直接明かしてはならない》
《嘘をついてよい。告白してよい。好きだと偽ってよい》
《敗北した者は、脱落する》
《クリアするまで、ここからは出られない》
しん、と、なった。
「……嘘をついてよい」御手洗が、繰り返した。「告白してよい。好きだと、偽ってよい」
「なあ」俺は言った。「これ、たちが悪くないか」
「ええ」めずらしく、御手洗が、まっすぐに頷いた。「とても、たちが悪いわ。――だって、これじゃあ」
「これじゃあ?」
「誰かに『好き』と言われても」
「……それが本当か、わからない」
東海林が、あとを、引き取った。
ぽつり、と。いつもの短い声で。
「――それに」五百旗頭が、画面を、指さした。「もうひとつ、気になる一文が。『敗北した者は、脱落する』。……この『敗北』が、何を指すのか、書いていません」
「敗北って、負けたら、ってことだろ」
「では、何をもって、負けなのですか」五百旗頭は、眉を、寄せた。「勝利条件を、達成できなかったら? 嘘が、ばれたら? 役割が、見抜かれたら? ――どれも、ありえます。でも、確定は、していない」
「じゃあ、脱落したら、どうなるんだ」
「それも、書いていません」
……なるほど。
このゲーム、肝心なところが、全部、ぼかしてある。
わざと、だ。
わからないから、怖い。そういう、作りに、なっている。
◇
――ここで、いったん、頭を、整理しておく。
俺は、あまり、頭がよくない。だから、複雑なことは、わからない。でも、わかることだけ、並べておく。そういうの、大事だからな。たぶん。
まず、はっきりしていること。
ひとつ。俺たちは、この図書室から、出られない。ドアも、窓も、非常口も、だめだった。スマホも圏外。物理的に、閉じ込められている。これは、確定。
ふたつ。全員に、それぞれ違う「勝利条件」が、配られるらしい。そして、それを、直接、人に言っては、いけない。
みっつ。このゲームでは、嘘をついても、いい。告白しても、いい。好きだと、偽っても、いい。つまり――誰の言葉も、信じられない。
よっつ。「クリア」すれば、出られる。らしい。
……で。
ここからが、問題だ。
わからないことも、並べておく。
わからないこと、その一。「クリア」って、具体的に、何をすれば、いいんだ? 誰が誰を好きか、当てればいいのか? 全員の条件を、暴けばいいのか? それとも、別の、何か? ――書いていない。肝心の、そこが。
わからないこと、その二。そもそも、なんで、俺たちは、出られないんだ? ドアの向こうが、なんで、同じ本棚に、つながってる? 物理的に、ありえない。仕掛けが、あるのか。それとも――
わからないこと、その三。もし、「勝利条件」を、達成できなかったら? あるいは、達成した、やつが、出たら? 残りは、どうなる? ……脱落、みたいな、概念が、あるのか。あるとして、それは、何を、意味するんだ。
――整理して、みて、わかった。
わかっていることより、わからないことの方が、圧倒的に、多い。
まあ、要するに。
「よくわからんが、クリアすれば、出られるらしい」。
今、確かなのは、それだけ。それだけ、なんだ。
……ちなみに。何人で、閉じ込められているか、とか。そういうのは、数えていない。面倒だから。人数なんて、数えたところで、出られるわけじゃ、ないしな。
◇
その直後、俺のポケットで、スマホが震えた。
圏外のはずのスマホに、一通。
差出人不明。
《森本 基成 様》
《あなたの勝利条件》
《五百旗頭 伊織から、あなたへの恋愛感情を示す言葉を、引き出せ》
「……は?」
俺は、思わず、五百旗頭を見た。
五百旗頭も、ちょうど自分のスマホを見ていて――ふと、顔を上げて、俺と、目が、合った。
「な、なんですか、森本くん。じろじろと」
「いや、べつに」
「……またまた。何か、隠していますね?」
「隠してねえよ」
隠してる。めちゃくちゃ隠してる。
が、ルールにはこうあった。「自分の役割を、直接明かしてはならない」。つまり、俺のこの勝利条件も、言えない。
そして、たぶん、五百旗頭にも、何か「条件」が届いている。あいつも、それを、言えない。
全員が、それぞれの「秘密」を、抱えて。
この、狭い図書室に、閉じ込められた。
◇
「……ひとつ、確認したいのだけれど」
御手洗が、口を開いた。ビビッドなオレンジのパーカーが、蛍光灯の下で、やけに、鮮やかだった。
「このゲーム。全員が、それぞれ違う『勝利条件』を持っている。つまり――全員の目的が、バラバラ、ということ」
「そうなるな」
「なら」御手洗は、ゆっくりと、みんなの顔を、見回した。「今この瞬間から、わたしたちは、味方かもしれないし、敵かもしれない。誰が、誰の味方かも、わからない」
その言葉に、全員が、黙った。
五百旗頭が、論理を組み立てる目をしている。
東海林が、じっと、俺を見ている。
日下部が、にこにこと、でも目だけは、笑っていない。
御手洗が、猫みたいに、こてん、と首をかしげる。
そして、俺は――思っていた。
(面倒くさ)
本当に、面倒くさい。こんなゲーム、やってられるか。さっさと寝て、明日には家に帰りたい。
――でも。
画面の下に、小さく、追記が、あった。
《クリア報酬:このゲームの突破者には、相応の"見返り"が約束される》
「……見返り」
俺は、それを、二度、読んだ。
見返り。報酬。メリット。
……ふうん。
俺の中で、なにかが、かちり、と、切り替わる音がした。
面倒くさいのは、変わらない。でも、タダで面倒なのと、何かもらえて面倒なのは、話が別だ。
やる気、というほどじゃない。ただ、ちょっとだけ。
ほんの、ちょっとだけ。
「……森本」
東海林が、俺を見て、言った。
「……その顔」
「なんだよ」
「……やる気の、顔」
「してねえよ」
してた、らしい。
幼馴染にだけは、どうも、隠せない。
(第2話 了)
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