第1話 図書室には、猫がいる
はじめまして。初めて小説を投稿します。学園ラブコメとミステリーを掛け合わせた話です。楽しんでいただけたら嬉しいです。
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第1話 図書室には、猫がいる
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世の中には、二種類の人間がいる。
本気を出す人間と、出さない人間だ。
俺は後者。何をやっても平均点。テストも、体育も、人生も、だいたい真ん中。だが誤解しないでほしい。これは「できない」んじゃない。「やってない」だけだ。本気を出せば、俺はきっとすごい。
……まあ、出す予定は今のところ、ない。面倒くさいので。
「はい、じゃあここの班――森本、五百旗頭、御手洗、東海林。図書室で郷土資料まとめといて。来週提出な」
担任がプリントを配って、それで終わり。地獄の始まりを、こいつは事務連絡みたいな顔で告げやがった。
いや、事務連絡なんだけど。
◇
放課後の図書室。
俺の向かいに、三……いや、人数を数えるのはやめておこう。とにかく、そろってしまった。
「ではでは。郷土資料、というのは、この辺りの棚ですね」
最初に口を開いたのは、五百旗頭だった。
五百旗頭 伊織。数学だけ学年トップの、丸顔の――と、ここで俺はかつて、この女子を「学校一の美少女」だと思っていたことを白状しておく。中学の頃、遠くから見ていた。高嶺の花だと思っていた。
で、今。同じ班になって、間近で見て、思う。
(あれ。俺、こいつのどこが好きだったんだっけ)
「森本くん。聞いていますか。またまた、ぼーっとして」
「聞いてる聞いてる」
「宇宙の話なら食いつくくせに、資料整理には興味がないんですね。ではでは、これは減点対象です」
「先生か」
減点、とか言うわりに、こいつは楽しそうだ。教えたがりなんだよな、この女。
「……森本」
低い声。俺のすぐ左。
東海林 四季。幼馴染。保育園ぶりに高校で再会した、剣道の鬼。無口。今も、俺を見て、それだけ言った。
「なんだよ、四季」
「……いる」
「いる?」
「……サボる顔」
「してねえよ」
「……してた」
短い。とにかく短い。こいつの言葉は、いつも省エネで飛んでくる。そして大抵、当たっている。
ちなみに周りからは「表情のない美少女」で通っていて、告白も引きも切らないらしいが、俺にとっては昔いっしょに剣道の屋根に登ってサボった相棒だ。美少女? どこが。
「――かしら」
ふいに、声がした。
いつの間にか、棚の陰から一人。ぬっと。
御手洗 澪。歴史の生き字引。教科書を丸暗記してるって噂の、目のでかい小柄なやつ。今日も私服はビビッドな単色――蛍光みたいなオレンジのパーカーで、正直、網膜に痛い。
こいつは、この図書室の主だ。俺が漫画を読みに入り浸るようになってから、なんとなく顔だけは知っていた。班が同じになる前から、たまに、どうでもいい話をする程度には。
「郷土資料なら、この学校の創立あたりから見るのがいいのではないかしら。ちょうど、フランス革命の直前みたいに、この町も一度、区画が全部ひっくり返っているの」
「……出た」
「なにが出た、なのよ」
「たとえが世界史なんだよ、いつも」
「わかりやすいでしょう」
「わかりにくいわ」
御手洗はふしぎな女だ。話が三段くらい飛ぶし、突然、革命とか黒死病とかを持ち出す。俺は昔飼ってた猫を思い出す。あいつも、脈絡なく、急に走り出すやつだった。
だから俺は、こいつにだけは、なんか、遠慮なく話しかけてしまう。
「御手洗ってさ、猫っぽいよな」
「は?」
「急に走り出しそう」
「走り出さないわよ。というか、なれなれしいわね、あなた」
じろ、と睨まれた。目がでかいので、睨まれると圧がすごい。
「――まあまあ、みなさん。仲がよろしくて何よりです」
と、そこに割り込んできたのが、日下部だった。
日下部 久遠。俺たちの班ですらないのに、なぜかいる。背が高くて、顔がいい。誰とでも仲がいい、いわゆる「みんなの日下部くん」。
「日下部。お前、班ちがうだろ」
「ええ。ですが、みなさんが図書室で郷土資料を、と聞いたので。実はこの学校の旧校舎、面白い噂がありましてね」
「……興味ない」
「東海林さんはつれないなあ。まあ聞いてください。旧校舎の三階、一度も使われていない教室があるんですよ。図面には載っているのに、扉がない」
「扉がない?」
つい、俺は聞き返してしまった。まずい。ちょっと面白い。
「森本くん、食いつきましたね」
「食いついてない」
「食いついてたわよ」と御手洗。
「……食いついてた」と東海林。
「ではでは、これは食いついたということで」と五百旗頭。
なんだこいつら。息を合わせるな。
◇
で、そこに。
最後の一人が来た。
「――おい、モブ」
うわ、出た。
「不破」
不破 楓也。学年の王子様。顔よし、成績よし、運動よし。俺の三つ上をいく完璧超人。そして、なぜか俺を目の敵にしている男。
「なんで貴様が東海林と同じ班なんだ」
「知らねえよ。くじだよ、くじ」
「ふん。勉強でなら、俺は貴様に偏差値10のハンデをやってもいい。それでも負ける気がしないがな」
「じゃあハンデいらねえだろ」
「……っ」
こいつが俺に絡んでくる理由が、俺にはさっぱりわからない。東海林と同じ班になったくらいで、なんでこんなに機嫌が悪いんだ。
まあ、いい。面倒だから、考えない。
「不破くん」と、五百旗頭が本を閉じた。「あなたも郷土資料、手伝ってくれるのかしら――あら、それは御手洗さんの口癖でしたね。ではでは、失礼」
「手伝わん。俺は帰る。……東海林、送っていこうか」
「……いい」
「そうか」
秒で振られて、不破が去っていく。うしろ姿が、ちょっとかわいそうだった。
◇
それから俺たちは、なんだかんだで郷土資料を広げた。
五百旗頭が年表を数字で整理して、御手洗が歴史のうんちくを差し込んで、東海林が黙って重い資料棚を動かして、俺が――まあ、漫画コーナーの歴史漫画を読んでいた。
「森本くん、それ資料じゃなくて漫画では?」
「歴史漫画。郷土だろ、歴史だろ、つまり資料」
「屁理屈が高速すぎるわ」と御手洗。
「……でも」東海林がぽつり。「森本、その漫画の話になると、急にしゃべる」
「うるさいな」
気づけば、外は夕方だった。
相性最悪だと思っていた。無口な俺、減点しかしない五百旗頭、猫みたいな御手洗、省エネな東海林。つるむわけがない、と思っていた。
なのに、なんか。喋っていた。
「ではでは、続きは明日にしましょうか」と五百旗頭が言って、
「明日? わたし、明日は図書室で世界史を――」と御手洗が言いかけて、
「……また、ここでいい」と東海林が言って、
俺は、「まあ、暇なら来る」と言った。
それだけの、放課後だった。
このときは、まだ。
誰も、知らない。
来週のグループワークが終わったあの日、この図書室で、俺たちが「出られなくなる」ことを。
そして――俺だけが、あることを、ずっと黙っていることになるのを。
(第1話 了)
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