第13話 合わない計算
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第13話 合わない計算
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五百旗頭が、様子が、おかしい。
日下部の、通信の、あと。
五百旗頭は、ずっと、床に、数式を、書いていた。指で。宙に。時には、埃の、上に。
何時間も。ぶつぶつ、言いながら。
「……合わない」
「合わない?」俺は、声を、かけた。「何が」
「計算が、です」五百旗頭は、顔を、上げなかった。「このゲームの、これまでの、動きを、全部、数式に、しているんです。誰が、いつ、何を、して。誰が、脱落して。誰が、残ったか。……でも」
「でも?」
「合わないんです」五百旗頭は、髪を、かきむしった。「どこかが、ずれている。ほんの、少し。でも、確実に。……計算が、ひとつ、余るんです」
◇
「余る、って」
「うまく、言えません」五百旗頭は、俺を、見た。目の下に、隈が、できていた。「たとえば――脱落した、人数。日下部くんと、御手洗さん。二人、消えた。だから、残りは、減った。単純な、引き算です」
「そうだな」
「なのに」五百旗頭は、宙を、指さした。「証言を、整理すると。行動を、追うと。……なぜか、勘定が、ひとつ、多いんです。まるで、この図書室に。数えられていない、"誰か"が、いるみたいに」
……ん?
数えられて、いない、誰か。
それって――
いや。
待てよ。
それ、日下部も、言ってなかったか。「知らない誰かが、いる気がする」って。
「……なあ、五百旗頭」俺は、慎重に、言った。「それ、もしかして、本当に、誰か、いるんじゃ――」
「いえ」
五百旗頭は、きっぱりと、首を、振った。
「それは、ありえません」
「なんで、言い切れるんだよ」
「だって、見れば、わかります」五百旗頭は、図書室を、見回した。「ここに、いるのは、わたしと、あなたと、東海林さんと、不破くん。それだけ。隠れる場所も、調べ尽くしました。物理的に、誰も、隠れて、いません」
「じゃあ、なんで、計算が、合わないんだよ」
「……それは」五百旗頭は、言葉に、詰まった。「……たぶん、わたしの、ミスです」
◇
ミス。
五百旗頭が、その言葉を、口にするのは。
初めて、だった。
宇宙に、ガチギレする、こいつが。数式は、嘘を、つかないと、言い切る、こいつが。
「自分の、ミス」だと。
認めた。
「わたしは」五百旗頭の、声が、震えた。「ずっと、思って、いました。論理は、正しい。答えは、ひとつ。数式は、絶対だと。……でも、今、わたしの、計算は、合わない。何度、やり直しても。余りが、出る」
「そんなに、気にするなよ。ちょっとした、計算違いだろ」
「計算違い、なら、いいんです」五百旗頭は、俺を、見た。すがるような、目で。「でも、もし。もし、計算が、正しくて。それでも、勘定が、合わないんだと、したら」
「したら?」
「わたしの、知らない、"何か"が。このゲームには、ある、ということです」
五百旗頭は、ぎゅっと、拳を、握った。
「それが……怖い」
◇
――俺は。
このとき。
五百旗頭の、言葉を。
半分くらいしか、理解して、いなかった。
計算が、合わない。勘定が、ひとつ、余る。
ふうん、そうなんだ、大変だな、くらいの。
その程度の、認識、だった。
でも。
今、思えば。
このとき、五百旗頭は。
このゲームの、いちばん、深い、秘密の、すぐ、そばに。
立って、いたのだ。
論理の、天才が。
唯一、解けなかった。
たったひとつの、誤差。
その、正体に。
あと、一歩で。
手が、届くところに。
いた。
でも――届かなかった。
なぜなら。
その、答えは。
論理の、外側に、あったから。
◇
「森本くん」五百旗頭が、ふと、言った。「ひとつ、お願いが」
「なんだよ」
「もし、わたしが。この誤差に、こだわりすぎて。おかしなことを、言い始めたら。……止めて、ください」
「おかしなこと?」
「『ここに、いないはずの、誰かがいる』とか。そういう、非論理的なことを。言い始めたら」五百旗頭は、力なく、笑った。「それは、わたしが、追い詰められて、幻を、見ている、証拠ですから」
「……わかった」
俺は、頷いた。
幻。
いないはずの、誰か。
――そうだ。そんなの、幻に、決まってる。
いるわけ、ない。ここに、いるのは、俺たちだけ。
五百旗頭の、計算違い。
日下部の、見間違い。
それだけの、話だ。
うん。
そう、思って、おこう。
面倒くさいことは。
考えない。
◇
その夜。
眠れない、俺の、隣に。
東海林が、座った。膝を、抱えて。
「……森本」
「なんだよ」
「……五百旗頭、大丈夫かな」
「さあな。ちょっと、参ってる、みたいだけど」
「……ねえ」東海林が、ぽつり、と、言った。「森本は」
「ん?」
「……ほんとに、計算、合わないと、思う?」
俺は、東海林の、顔を、見た。
いつもの、無表情。
でも。
なぜか、その目は。
何か、知っている、みたいに。
見えた。
「……四季。お前、なんか、知ってるのか?」
「……」
東海林は、答えなかった。
ただ。
ふい、と、目を、そらして。
小さく。
ほんとうに、小さく。
こう、言った。
「……森本の、計算なら。合ってるのかもね」
それだけ、言って。
東海林は、また、黙って、しまった。
……どういう、意味だ?
俺の、計算?
俺、計算なんか、してないぞ。
……まあ、いいか。
面倒くさいことは、考えない。
俺は、目を、閉じた。
(第13話 了)




