特別編 恋愛推理ゲーム・完全版(後編)
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特別編 恋愛推理ゲーム・完全版(後編)
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◇
開始から、二十分。
まだ、クリアしたのは東海林だけだった。
……そして、東海林は、静かに全員を観察していた。
……こいつ、こういうとき、怖いんだよな。
◇
「――ねえ、不破くん」
ミライが、突然、不破のほうを向いた。
「なんだ」
「ちょっと、聞いていい?」
「なんだ」
……。
ミライは、少し身を乗り出して。
それから、言った。
「――東海林さんのこと、どう思ってる?」
◇
……。
空気が、止まった。
……。
不破が、明らかに動揺した。
「……は?」
「どう思ってるの?」
「……なぜ、今、その話を」
「気になるから」
……。
東海林は、本から顔を上げなかった。
でも、明らかに、聞いていた。
……というか、気まずそうだった。
◇
……。
俺は、思った。
……ああ。
ミライは、不破から「好き」を引き出そうとしてるのか。
……わかりやすいな。
でも、それはそれで、まずい。
……こんなにわかりやすいと、脱落するぞ。
◇
「……答えん」
不破は言った。
「なんで」
「答える必要がない」
「照れてる?」
「照れていない」
……。
「じゃあ、言えるよね」ミライは言った。「――東海林さんのこと、どう思ってる?」
……。
不破は、しばらく黙っていた。
それから、言った。
「――同じクラスだったこともある、知人だ」
……。
「うわ、逃げた」
「逃げていない」
◇
「――じゃあ、質問を変える」
ミライは言った。
「なんだ」
「不破くんって、好きな食べ物ある?」
……。
……ん?
「……なぜ、そんなことを」
「いいから」
「……」
不破は、少し警戒していた。
……そりゃそうだ。
明らかに、「好き」と言わせたい流れだ。
◇
「――嫌いではないものなら、ある」
不破は言った。
……。
……あ。
避けた。
「肉は、嫌いではない」不破は言った。「魚も、嫌いではない」
「好きなものは?」
「――嫌いではない、と言っている」
……。
ミライが、少しむっとした。
「……面倒くさいな」
「そちらの意図が透けている」不破は言った。「――『好き』と言わせたいのだろう」
……。
……あ。
バレた。
◇
「――そうだね」
ミライは、あっさり認めた。
「認めるのか」
「認める」ミライは言った。「だって、バレてるし」
……。
「では、お前は脱落だな」
「え?」
「言葉がバレた」不破は言った。「――ルール上、脱落だ」
……。
ミライは、少し笑った。
「――そう?」
◇
「……なんだ、その顔は」
「別に」ミライは言った。「――じゃあ、確認しよっか」
……。
ミライは、不破のほうに、身を乗り出した。
そして、言った。
「――ねえ、不破くん」
「なんだ」
「私のこと、好きでしょ?」
……。
……は?
◇
……。
不破は、一瞬、固まった。
それから、即答した。
「――好きじゃない」
……。
……。
ミライが、ゆっくりと、笑った。
「――はい、クリア」
……。
……え?
◇
ミライは、紙を見せた。
そこには、こう書いてあった。
『不破楓也から「好きじゃない」を引き出せ』
……。
……。
全員が、動きを止めた。
「……は?」
「『好き』じゃなくて、『好きじゃない』」ミライは言った。「――最初から、そっちだよ」
……。
不破が、真っ赤になった。
「……はめたな」
「はめたよ」
◇
「――ずるいだろう!」
「ずるくない」ミライは言った。「あんたが、勝手に『好き』を狙われてると思っただけ」
……。
「東海林さんの話を出したのも」ミライは言った。「――そう思わせるため」
……。
「絶対に『好き』と言わないようにさせて」ミライは言った。「――そのまま『好きじゃない』を言わせた」
……。
……こいつ。
えげつない。
◇
「……見事です」五百旗頭が言った。
「でしょ」
「二重の誤誘導ですね」五百旗頭は言った。「――ターゲットも、言葉も、両方偽装した」
……。
「まあね」
……。
不破は、まだ真っ赤だった。
「……納得がいかん」
「ルール通りだよ」
「……ふん」
◇
……。
で、そこで。
東海林が、本から顔を上げた。
「……不破」
「なんだ」
「……さっきから」
「……なんだ」
……。
東海林は、少し首をかしげて。
それから、言った。
「……御手洗のこと、ずっと褒めてた」
……。
……あ。
◇
「……もしかして」
東海林は言った。
いつも通り、無表情で。
でも、はっきりと。
「……不破って、御手洗のこと」
……。
……。
不破が、椅子から立ち上がった。
「――ちが!」
……。
声が、裏返っていた。
不破は、一瞬だけ、東海林を見た。
……ほんの、一瞬。
でも、俺は、見逃さなかった。
「……違う!」不破は言った。「これは、ゲームだ!」
「……そう?」
「そうだ!」
……。
顔が、真っ赤だった。
手が、震えていた。
……完全に、動揺していた。
……そうだよな。
聞いてるのが、東海林じゃ。
――言えるわけ、ないよな。
◇
……。
……あ。
俺は、紙を出した。
『不破楓也を、動揺させろ』
……。
「……クリア」
……。
全員が、俺を見た。
「……何もしていませんよね」五百旗頭が言った。
「してない」
「――東海林さんがやりました」
「そうだな」
……。
「それで、クリアなのですか」
「――ルール上は」
◇
……。
ミライが、爆笑した。
「あっはは! 森本、なんもしてない!」
「うるさい」
「いちばん働いてない!」
「うるさい!」
……。
「……ずるいな」不破が言った。
「悪いな」
「……いや」不破は言った。「――お前らしい」
……。
褒められてるのか、けなされてるのか。
◇
……。
開始から、四十分。
クリアしたのは、東海林、ミライ、そして俺。
残っているのは、五百旗頭、御手洗、不破、日下部。
……日下部は、さっきから静かだった。
「……日下部、まだやってるのか」
「やっていますよ」日下部は微笑んだ。「――ですが、絶望的です」
……。
「相手が悪すぎます」
「湊か」
「はい」
……。
「あの人は、褒め言葉を、自分から言ってしまいます」日下部は言った。「――こちらが引き出す前に」
◇
……。
で。
残る問題は、御手洗と五百旗頭だった。
御手洗は、さっきから五百旗頭に絡んでいる。
「――ねえ、五百旗頭さん」
「なんですか」
「宇宙の話をしましょう」
「いいですね」
……。
これは、御手洗が五百旗頭を狙っているのが、丸わかりだった。
……何を引き出したいんだ?
◇
「――宇宙は、なぜ存在するのかしら」
「難しい問いですね」五百旗頭は言った。「哲学の領域です」
「あなたは、どう思う?」
「わたしは、物理で考えます」五百旗頭は言った。「――『なぜ』ではなく、『どのように』を」
……。
「でも、最終的には、『なぜ』に行き着くでしょう?」
「行き着きます」五百旗頭は言った。「――そして、答えは出ません」
……。
「じゃあ、あなたは、何を求めているの?」
◇
……。
五百旗頭は、少し考えた。
それから、言った。
「――理解です」
……。
御手洗の眉が、わずかに動いた。
……惜しい、という顔だった。
「……理解」
「はい」
「――それは、何を理解するの?」
……。
「この世界の、仕組みです」五百旗頭は言った。
……。
御手洗は、少し考えて。
それから、言葉を選ぶように、言った。
「――その、いちばん奥にあるものを、なんと呼ぶの?」
◇
……。
五百旗頭は、しばらく黙った。
「……名前は、つけていません」
「つけるとしたら?」
「……法則、でしょうか」
……。
「もっと、根本的なものは?」
「……原理」
「もっと」
「……」
……。
五百旗頭は、少し困った顔をした。
「――なぜ、そんなことを聞くのですか」
……。
御手洗は、にっこり笑った。
「――なんとなくよ」
◇
……。
……あれ。
御手洗、うまいな。
自分では絶対に、その単語を言わない。
……ということは。
引き出したいのは、「法則」でも「原理」でもない。
……もっと、別の言葉だ。
◇
「――では、質問を変えるわ」御手洗は言った。
「はい」
「あなたが、一生をかけて、たどり着きたいものは?」
……。
五百旗頭は、少し黙った。
それから、言った。
「……宇宙の、成り立ちです」
「それに、名前をつけるなら?」
「……」
……。
五百旗頭は、答えなかった。
……。
御手洗が、小さく息を吐いた。
◇
……。
そのとき。
五百旗頭が、こちらを向いた。
「……森本くん」
「ん?」
「――少し、いいですか」
……。
……来た。
五百旗頭の、ターゲットは、俺だ。
……それは、なんとなく、わかっていた。
でも、何を言わせたいんだ?
◇
「……なんだよ」
「あなたは」五百旗頭は言った。「三年生になって、どうですか」
「どうって」
「クラスが、分かれました」五百旗頭は言った。「――前より、会えなくなりました」
……。
「まあ、そうだな」
「不便ですか」
「不便だな」
……。
「――寂しいですか」
……。
……ん?
◇
「……まあ、少しは」
「少し?」
「うん」
……。
五百旗頭は、少し、間を置いた。
それから、言った。
「……では、どうしたいですか」
……。
「どうしたいって」
「――これから、どうしたいですか」
……。
……あれ。
なんか、様子が変だ。
◇
……。
五百旗頭の顔が、少し赤かった。
……。
いつもの、探偵の顔じゃない。
「……五百旗頭?」
「……はい」
「なんか、変だぞ」
「……変ではありません」
……。
声が、少し、上ずっていた。
「……あの、その」五百旗頭は言った。「――つまり、ですね」
……。
「うん」
「――その」
◇
……。
五百旗頭は、しばらく、口を開いたり閉じたりしていた。
……。
……こいつ。
何を言おうとしてるんだ。
「……森本くん」
「なんだよ」
「……あの」
「うん」
……。
五百旗頭は、机を見ていた。
耳が、赤かった。
……。
そして。
小さく、言った。
「……いえ」
◇
「……いえ?」
「……なんでもありません」
「なんでもなくないだろ」
「……なんでもありません」
……。
「言えよ」
「……」
五百旗頭は、首を振った。
……。
……こいつ。
顔、真っ赤だぞ。
◇
……。
そのとき、タイマーが鳴った。
『――一時間、経過しました』
……。
ゲーム、終了。
「……終わりましたね」
「終わったな」
……。
「――では、答え合わせをしましょう」五百旗頭は言った。
早口だった。
……こいつ、逃げたな。
◇
全員が、紙を出した。
『御手洗澪から「ありがとう」を引き出せ』――東海林。達成。
『不破楓也から「好きじゃない」を引き出せ』――ミライ。達成。
『不破楓也を、動揺させろ』――森本。達成。
『御手洗澪から「照れ」を引き出せ』――不破。失敗。
『湊ミライから「可愛い」を引き出せ』――日下部。失敗。
『五百旗頭伊織から「真理」を引き出せ』――御手洗。失敗。
……。
「……真理か」
「言わなかったわね」御手洗は、少し悔しそうだった。「あと少しだったのに」
「言いそうだったのか」
「――『理解』のあと、続けてくれれば」御手洗は言った。
……。
「わたし、絶対に『真理』とは言わないようにしたのよ」御手洗は言った。「言ったら、バレるでしょう?」
「……よく我慢したな」
「大変だったわ」
◇
……。
そして、最後。
「――五百旗頭さんは?」
御手洗が言った。
「……」
「見せてください」
「……いえ」
「なぜですか」
……。
五百旗頭は、紙を握りしめていた。
……。
「――五百旗頭」
俺は言った。
「……なんですか」
「見せろよ」
「……嫌です」
◇
……。
結局、ミライに取り上げられた。
「わ、返してください!」
「いやー、どれどれ」
……。
ミライが、紙を開いた。
そして。
……。
全員に、見えるように、掲げた。
◇
『森本基成から「一緒にいたい」を引き出せ』
◇
……。
……。
図書室が、静まり返った。
……。
「……あー」
ミライが、紙を下ろした。
「……これ、無理だわ」
……。
五百旗頭は、机に突っ伏していた。
耳まで、真っ赤だった。
◇
「……なんで言わなかったんだ」
俺は言った。
「……」
「言えば、クリアだっただろ」
「……」
……。
五百旗頭は、顔を上げなかった。
……。
やがて、机に突っ伏したまま、小さく言った。
「……言えるわけ、ないでしょう」
◇
……。
……。
御手洗が、小さく笑った。
ミライが、天井を見上げた。
東海林が、少しだけ、口の端を上げた。
不破は、なぜか腕を組んで頷いていた。
日下部は、いつも通り、微笑んでいた。
……。
俺は。
……何も、言えなかった。
(特別編 了)




