特別編 恋愛推理ゲーム・完全版(前編)
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特別編 恋愛推理ゲーム・完全版(前編)
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◇
四月の終わり。
その日の図書室は、いつもより人が多かった。
五百旗頭、御手洗、東海林、不破、日下部、ミライ、そして俺。
……七人。
全員が揃うのは、久しぶりだった。
◇
「――暇だね」
ミライが、頬杖をついて言った。
「勉強しろ」
「したくない」
「三年だぞ」
「知ってる」
……。
「――ねえ、何かしようよ」
「何かって」
「なんでもいい」ミライは言った。「ゲームとか」
◇
その言葉に、全員が一瞬、動きを止めた。
「……ゲーム」
「あ」ミライは気づいた。「いや、そういう意味じゃなくて」
「わかってる」
……。
でも、なんとなく、空気が変わった。
「――やってみますか」
五百旗頭が言った。
「え?」
「ゲームです」五百旗頭は言った。「――こちらで、作ったものが」
◇
五百旗頭は、鞄から封筒を取り出した。
「なんだ、それ」
「くじです」五百旗頭は言った。「七枚あります」
「準備がいいな」
「――以前から、考えていました」五百旗頭は言った。「いつか、やってみたいと」
……。
「どんなゲームだ」
五百旗頭は、少し笑った。
「――『恋愛推理ゲーム』です」
◇
……。
全員が、動きを止めた。
「……名前が、まずいだろ」
「そうですか?」
「一年前を思い出す」
「そうですね」五百旗頭は言った。「――ですが、内容は、まったく違います」
……。
「説明します」
◇
「ルールは、単純です」五百旗頭は言った。
「くじを引くと、指令が書かれています。『誰から』『どんな言葉を』引き出すか」
……。
「その言葉を、会話の中で言わせれば、達成です」
「言わせるって、直接頼むのは?」
「禁止です」五百旗頭は言った。「『この言葉を言って』と頼むのは、無効になります」
……。
「自然な会話の中で、引き出してください」
◇
「――脱落条件は?」
御手洗が聞いた。
「引き出したい言葉が、他人にバレたら脱落です」
……。
「言葉が?」
「はい」五百旗頭は言った。「――ターゲットがバレるのは、構いません」
……。
「なぜだ」
「絡んでいれば、わかりますから」五百旗頭は言った。「――ですが、言葉がバレると、妨害されます」
……。
……ああ。
そうか。
言葉さえ分かれば、周りが「絶対に言わせない」ように動ける。
◇
「達成したら、どうなる」
「その時点で、勝ち抜けです」五百旗頭は言った。「ただし、この場には残ります」
「残るのか」
「はい」五百旗頭は言った。「――そして、自由に発言できます」
……。
「つまり」五百旗頭は言った。「――他の人の妨害も、できます」
……。
うわ。
早くクリアしたやつが、有利すぎる。
◇
「時間は?」
「一時間です」五百旗頭は言った。「それを過ぎたら、全員終了」
……。
「――やりますか?」
……。
全員が、顔を見合わせた。
「……面白そうね」御手洗が言った。
「暇だしね」ミライが言った。
「ふん」不破が言った。「――受けて立とう」
「僕は、興味があります」日下部が微笑んだ。
……。
そして、東海林が。
小さく、頷いた。
「……やる」
◇
くじを引いた。
折りたたまれた紙を開くと、そこには短く、こう書いてあった。
『不破楓也を、動揺させろ』
……。
……ん?
言葉じゃない。
「――五百旗頭」
「はい」
「これ、言葉じゃないんだけど」
「――いくつか、変則的なものが混ざっています」五百旗頭は言った。「言葉ではなく、状態を引き出すものです」
……。
「なるほどな」
◇
……。
不破を、動揺させる。
……どうすればいいんだ。
あいつ、そう簡単に動揺しないぞ。
……いや、待て。
わりと、しやすいかもしれない。
東海林の話をすれば、だいたい動揺する。
……でも、それは露骨すぎる。
バレたら、脱落だ。
◇
「――では、始めます」
五百旗頭が、スマホのタイマーを押した。
「一時間、計ります」
……。
全員が、少し身構えた。
……妙な緊張感だった。
図書室で、七人が、お互いを探り合っている。
……一年前と、同じ構図だ。
……いや。
全然、違う。
◇
最初に動いたのは、東海林だった。
「……御手洗」
「なあに?」
「……これ」
東海林が、机の上の本を、御手洗のほうに寄せた。
「あら」
「……落ちそうだった」
……。
「ありがとう」
……。
御手洗が、あっさり言った。
……。
東海林が、小さく頷いた。
「……クリア」
◇
……。
「――早すぎませんか!?」
五百旗頭が、思わず声を上げた。
「……ん」
「開始、十五秒です」
「……ん」
……。
東海林は、紙を見せた。
『御手洗澪から「ありがとう」を引き出せ』
……。
全員が、脱力した。
「……そりゃ、簡単だろ」
「……運」東海林は言った。
「運がよすぎるだろ」
◇
「……あら」御手洗が言った。「わたし、言わされたのね」
「……ん」
「悔しいわ」御手洗は言った。「でも、親切にされたら、言うわよね」
……。
「――というわけで」五百旗頭は言った。「東海林さんは、勝ち抜けです」
「……ん」
「ですが、この場に残り、自由に発言できます」
……。
……あ。
まずい。
東海林が、自由に喋る。
……こいつ、無口なくせに、たまに核心を突くんだよな。
◇
次に動いたのは、不破だった。
「――御手洗」
「なあに、不破くん」
不破は、少し姿勢を正した。
そして、真顔で言った。
「――今日の君は、いつもより美しいな」
……。
……は?
全員が、動きを止めた。
◇
……。
御手洗は、きょとん、とした。
「……そうかしら」
「ああ」不破は言った。「その髪の色が、光に映えている」
「そう?」
「窓から入る光と、君の横顔が」不破は言った。「――まるで、絵画のようだ」
……。
……こいつ。
何を言ってるんだ。
◇
「――あら」
御手洗は、少し首をかしげた。
そして、言った。
「絵画といえば、ルネサンス期の肖像画は面白いのよ」
……。
「え?」
「特に、フランドル派ね」御手洗は言った。「油彩の技法が確立されて、光の表現が飛躍的に――」
「いや、待て」
「ヤン・ファン・エイクという画家がいるの」御手洗は言った。「『アルノルフィーニ夫妻像』を知っている?」
……。
「知らん」
「鏡が描かれているのよ」御手洗は言った。「その鏡に、画家自身が映っているの」
◇
……。
不破が、固まっていた。
……。
完全に、話を持っていかれた。
「……いや、そうではなく」
「なあに?」
「――君の話をしていたのだが」
「わたし?」御手洗は言った。「わたしより、ファン・エイクのほうが面白いわ」
……。
……。
ミライが、腹を抱えて笑っていた。
「あっはは! 不破くん、無理無理!」
「うるさい!」
◇
……。
その様子を、俺は見ていた。
……不破は、御手洗を狙っている。
それは、わかった。
でも、何の言葉を引き出したいんだ?
……褒めている。
美しい、と言っている。
……ということは。
「……なあ、不破」
「なんだ」
「お前、御手洗に何言わせたいんだ」
「言うか」
……。
まあ、そうだよな。
◇
次に動いたのは、日下部だった。
「――湊さん」
「なに」
「湊さんは、ご自分のことを、どう思われますか」
……。
ミライは、少し考えた。
それから、あっさり言った。
「――超絶美少女」
……。
「……え?」
「超絶美少女よ」ミライは言った。「知らなかった?」
……。
日下部が、笑顔のまま固まった。
「……えっと」
「なに」
「――もう少し、控えめな表現は」
「ないね」
◇
……。
「では、質問を変えます」日下部は言った。「湊さんの顔立ちは、どなたかに似ていると言われませんか」
「言われるよ」ミライはあっさり言った。「――御手洗さんに似てるって」
「ああ、たしかに」
「よく間違えられる」ミライは言った。「あと、髪型変えると、さらに似るらしい」
……。
「では」日下部は言った。「御手洗さんの顔立ちは、どう思われますか」
……。
ミライは、少し考えて。
それから、言った。
「――御手洗さんの上位互換が、私ね」
◇
……。
……は?
「……上位互換?」
「そう」ミライは言った。「同じ系統だけど、私のほうが完成度が高い」
……。
御手洗が、きょとん、とした。
「……じょうい、ごかん?」
「知らないの?」
「知らないわ」御手洗は言った。「――何の話?」
……。
「だから、私のほうが上ってこと」
「何が?」
「顔が」
「……そう?」御手洗は、首をかしげた。「わたし、自分の顔、あまり気にしたことがないわ」
……。
ミライが、少しむっとした。
「……張り合いがない」
◇
……。
日下部は、まだ諦めていなかった。
「湊さん」
「なに」
「では、率直に伺います」日下部は言った。「――どのような言葉を言われたら、嬉しいですか」
……。
ミライは、じっと日下部を見た。
それから、にやり、と笑った。
「――日下部って、私のこと好きなんだね」
……。
「いえ、そういうことでは」
「いいよ、隠さなくて」ミライは言った。「――じゃあ、告白する権利をあげる」
◇
「え?」
「好きに、私のことを賛美しなさい」ミライは言った。「一分あげる」
……。
「いや、あの」
「ほら、早く」
……。
日下部が、初めて、本気で困った顔をした。
……。
……こいつ、追い詰められてる。
珍しい。
「……えっと、その」
「三十秒経過」
「湊さんは、その、明るくて」
「うん」
「……頭の回転が速く」
「うん」
「……観察力に優れていて」
……。
「――それ、褒めてる?」
「褒めています」
「顔の話は?」
……。
「……ノーコメントで」
「アウトー!」
(前編 了)




