エピローグ 一人増えましたね
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エピローグ 一人増えましたね
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◇
四月。
三年生になった。
◇
クラス替えがあって、俺は文系のクラスに入った。
……理系でも文系でも大差ないと思っていたが、五百旗頭に「消去法で決めるなら文系です」と言われて、そうした。
理由は「物理より古文のほうが、暗記でなんとかなるから」だそうだ。
……身も蓋もない。
◇
五百旗頭は、理系のクラス。
御手洗は、同じ文系だが、別のクラス。
東海林も、別のクラス。
不破は、俺と同じクラスだった。
「……なんで、お前がいるんだ」
「こちらの台詞だ」
……。
ミライは、隣のクラス。
日下部は、どこにいるのかよくわからない。相変わらず、あちこちにいる。
◇
……つまり、全員がバラバラになった。
教室も違う。授業も違う。休み時間に会うこともない。
……当然だ。
三年生になれば、そうなる。
……。
でも。
◇
四月の、ある日の放課後。
俺は、なんとなく、図書室に行った。
特に、用事はなかった。
……ただ、癖みたいなものだった。
扉を開ける。
……。
そして、驚いた。
◇
いつもの席に、五百旗頭がいた。
その隣に、御手洗がいた。
向かいに、不破が座っていた。
窓際で、ミライが頬杖をついていた。
そして、少し離れた席に、東海林がいた。
……。
全員、いた。
◇
「……なんだ、これ」
「あら、森本くん」御手洗が言った。「遅かったわね」
「約束してないだろ」
「していませんよ」五百旗頭が言った。「――ですが、来ると思っていました」
……。
「なんでだよ」
「――癖でしょう?」
……。
……その通りだった。
◇
「……で、なんで全員いるんだ」
「俺は通りかかっただけだ」不破が言った。
「嘘つけ」
「本当だ」
「三階から一階まで、通りかかるのか」
「……」
……。
ミライが、けらけら笑った。
「不破くん、下手すぎ」
「うるさい」
◇
「――わたしは、勉強しに来ました」五百旗頭が言った。
「それは本当か」
「本当です」五百旗頭は、参考書を見せた。「ここは、静かなので」
……。
「わたしも、そうよ」御手洗が言った。「ドイツ語の教材を、借りたの」
「学校にあるのか、そんなもの」
「あるわ」御手洗は言った。「――誰も借りていなかったけれど」
……。
「……四十年ぶりの貸出だそうです」五百旗頭が言った。
「調べたのか」
「貸出記録が、そうなっていました」
◇
東海林は、窓際で、本を読んでいた。
「……四季」
「……ん」
「部活は」
「……今日、休み」
「そうか」
「……ん」
……。
それだけの会話。
でも、隣に座っても、嫌がられなかった。
……三か月前には、なかったことだ。
◇
「――そういえば」
御手洗が言った。
「なんだよ」
「藤堂さん、どうしているのかしら」
……。
「元気にしてるらしいぞ」俺は言った。「この前、演劇部の前で会った」
「なんて?」
「『二年生になりました』って」
……。
「当たり前だな、それ」
「当たり前ね」
……。
「あと」俺は言った。「――『推薦、間に合いそうです』って」
◇
……。
「そう」御手洗は、少し笑った。「よかったわね」
「ああ」
……。
枠が一つ増えた。
だから、六人全員が突破した。
……たった一つ。
でも、それで、一人の進路が変わった。
◇
「――和泉さんは?」
ミライが聞いた。
「まだ交渉中らしい」五百旗頭が言った。「制度の改定案です」
「通りそう?」
「わかりません」五百旗頭は言った。「――ですが、先週、二回目の提出をしたそうです」
……。
「一回目は?」
「――却下されました」
……。
「だろうね」
「はい」五百旗頭は言った。「――ですが、和泉さんは、こう言っていました」
◇
「なんて」
「『二十回くらい出すつもりです』と」
……。
全員が、少し笑った。
「……変わったな、あの人」
「はい」五百旗頭は言った。「――ずいぶん」
……。
「柏木先生とも、話しているそうです」御手洗が言った。「よく、二人で職員室にいるわ」
「へえ」
「――十年、話さなかったのにね」
◇
……。
図書室が、静かだった。
窓から、四月の光が入っていた。
桜は、もう散りかけている。
……。
「――そういえば」
五百旗頭が言った。
「なんだ」
「先週、日下部くんに会いました」
「どこで」
「――職員室の前です」
……。
「何してたんだ」
「わかりません」五百旗頭は言った。「――ただ、『情報収集です』と」
……。
「相変わらずだな」
◇
と。
そのとき。
図書室の扉が、開いた。
「――やあ、みなさん」
日下部だった。
「噂をすれば」
「僕の話をしていましたか?」
「してた」
「光栄です」
……。
日下部は、いつも通り微笑んで、席についた。
「――で、何の話です?」
「進路の話だ」
「ああ」日下部は言った。「僕、決まりましたよ」
「え」
◇
「どこだ」
「――教育学部です」
……。
全員が、動きを止めた。
「……お前が?」
「はい」
「教師になるのか」
「わかりません」日下部は言った。「――ですが、人の話を聞く仕事が、向いている気がして」
……。
「……たしかに」
「向いていますね」
「異論はない」
……。
「みなさん、即答ですね」
◇
……。
「――そういえば」
御手洗が言った。
「なんだよ」
「森本くんの進路希望、どうだったの?」
……。
「担任に、何か言われましたか」五百旗頭が聞いた。
……。
俺は、少し目をそらした。
「……言われた」
「なんて?」
……。
「――『ポエムを書くな』と」
◇
……。
全員が、笑った。
「言われると思っていました」
「ひどいな、担任」
「正論よ」御手洗が言った。
「でも」五百旗頭が言った。「――結局、そのまま受理されたのでしょう?」
「された」
「なぜ?」
……。
「――『書き直すのが面倒だから、これでいい』って言われた」
……。
「あなたの担任、あなたに似ていますね」
「言うな」
◇
……。
そのとき、また扉が開いた。
……。
全員が、そちらを見た。
立っていたのは。
和泉さんだった。
◇
「……あの」
和泉さんは、少し、居心地が悪そうにしていた。
「和泉さん?」
「……すみません」和泉さんは言った。「ここ、生徒の場所ですよね」
「そうですけど」
「では、失礼します」
「――いや、待ってください」
俺は、慌てて言った。
◇
「何か用ですか」
「……いえ」和泉さんは言った。「用は、ないのですが」
……。
「では、なぜ」
「……」
和泉さんは、少し黙った。
それから、小さく言った。
「――誘われたので」
……。
「誰に」
……。
和泉さんは、東海林のほうを見た。
◇
……。
全員が、東海林を見た。
東海林は、本から顔を上げずに、言った。
「……言った」
「いつ」
「……昨日」
「なんて」
……。
東海林は、少し間を置いて。
それから、言った。
「……『来て』って」
◇
……。
図書室が、静かになった。
……。
御手洗が、にっこり笑った。
「――どうぞ、座ってください」
「え」
「椅子、余っていますから」
……。
「でも、わたしは」
「――職員が来てはいけない規則が、ありますか?」五百旗頭が言った。
……。
和泉さんは、少し考えて。
それから、小さく笑った。
「……ありません」
◇
和泉さんは、席についた。
……。
少し、居心地が悪そうにしていた。
でも、帰ろうとはしなかった。
「……皆さん、いつも、ここにいるのですか」
「いますね」
「毎日?」
「――だいたい」
……。
「何をしているのですか」
……。
全員が、顔を見合わせた。
……そして、五百旗頭が答えた。
「――特に、何も」
◇
……。
和泉さんが、驚いた顔をした。
「何も?」
「はい」五百旗頭は言った。「本を読んだり、勉強したり」
「話したり」御手洗が言った。
「文句を言ったり」ミライが言った。
「……ふん」不破が言った。
……。
「――それだけです」
……。
和泉さんは、しばらく黙っていた。
それから、言った。
「……いいですね」
◇
……。
誰も、事件の話はしなかった。
十年前のことも、制度のことも、ゲームのことも。
ただ、どうでもいい話をしていた。
御手洗が世界史の話をして、五百旗頭が数式の話をして、ミライがそれを馬鹿にして、不破が突っかかって、日下部が笑っていた。
東海林は、たまに、短く相槌を打っていた。
……。
和泉さんは、それを、黙って聞いていた。
◇
……。
途中で、誰かが、お茶を淹れてきた。
紙コップに、人数分。
……。
全員に配られて、和泉さんの前にも、置かれた。
「……いいのですか」
「どうぞ」
……。
和泉さんは、それを、両手で持った。
少し、湯気が立っていた。
◇
……。
俺は、その光景を見ていた。
図書室。いつもの席。
五百旗頭。御手洗。東海林。ミライ。不破。日下部。そして、俺。
……七人。
そして。
その隣に、和泉さん。
◇
……。
ふと、思った。
……。
一年前、俺はここで、六人だと思っていた。
実際は、七人だった。
誰も、気づかなかった。
……。
そして、今。
……また、一人、増えている。
◇
……。
俺は、なんとなく、言った。
「――一人、増えましたね」
……。
特に、意味はなかった。
ただ、そう思っただけだ。
……。
でも。
◇
……。
東海林が、本から顔を上げた。
そして、少しだけ、こちらを見て。
……。
小さく、言った。
「……七人目」
……。
それだけだった。
誰も、聞き返さなかった。
……。
でも、五百旗頭が、少し笑った。
御手洗も、笑った。
ミライが、「なにそれ」と言って、笑った。
◇
……。
和泉さんは、意味がわからなかったらしい。
「……どういう意味ですか?」
……。
俺は、少し考えて。
それから、言った。
「――こっちの話です」
……。
「そうですか」
和泉さんは、それ以上、聞かなかった。
……。
そして、お茶を、一口飲んだ。
◇
窓の外で、桜が散っていた。
四月の、なんでもない放課後だった。
……。
誰も、事件の話はしなかった。
ただ、お茶を飲んでいた。
……。
それだけの、時間だった。
(第5巻・完)




