第17話 制度が変わる
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第17話 制度が変わる
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◇
三月に入った。
二年生は、あと数週間で終わる。
そして、その日、五百旗頭が図書室に駆け込んできた。
「――決まりました」
「何が」
「枠です」五百旗頭は言った。「――増えました」
……。
心臓が、跳ねた。
◇
「本当か」
「本当です」五百旗頭は言った。「生徒会に、通達がありました」
五百旗頭は、書類を広げた。
「来年度より、特別選抜制度における便宜枠を、五から六に増やす」
……。
「増えたのか」
「増えました」五百旗頭は言った。「――一つだけですが」
……。
一つ。
でも。
それは、決定的な一つだった。
◇
「――どうやって、通したんだ」
「わかりません」五百旗頭は言った。「和泉さんに、聞いてみましょう」
……。
その日の放課後、俺たちは事務室に行った。
和泉さんは、いつも通り、書類の山に向かっていた。
「――和泉さん」
「あら」和泉さんは顔を上げた。「聞きましたか」
「聞きました」
「早いですね」
「五百旗頭が、生徒会なので」
「……なるほど」
◇
「――どうやったんですか」
俺は聞いた。
和泉さんは、少し笑った。
「――手紙を書きました」
「手紙?」
「はい」和泉さんは言った。「卒業生の代表の方に」
……。
「内容は?」
「十年前のことです」和泉さんは言った。「あの事件について、わたしが知っていること、全部」
……。
空気が、変わった。
◇
「……それ、書いたんですか」
「書きました」和泉さんは言った。「観測室にいたこと。何もできなかったこと。……全部」
……。
「そして、最後に、こう書きました」
和泉さんは、少し目を伏せた。
「――『枠が一つ足りないせいで、生徒が一人、犠牲になっています』」
……。
「『十年前と、同じ構造です』」
◇
……。
俺は、何も言えなかった。
「返事は、二週間後に来ました」和泉さんは言った。「短い手紙でした」
「なんて」
「――『知らなかった』と」
……。
「それだけですか」
「それだけです」和泉さんは言った。「――でも、翌週、枠が増えました」
……。
「……その人、知らなかったんですか」
「たぶん」和泉さんは言った。「――誰も、言わなかったからです」
◇
……。
十年間。
誰も、言わなかった。
だから、誰も、知らなかった。
「……和泉さん」
「はい」
「なんで、今まで、言わなかったんですか」
……。
和泉さんは、少し考えて。
それから、言った。
「――怖かったからです」
……。
「言えば、責任を問われると思っていました」和泉さんは言った。「――でも」
◇
「でも?」
「――問われませんでした」
……。
和泉さんは、少し笑った。
「誰も、わたしを責めませんでした」和泉さんは言った。「『よく報告してくれた』と、言われました」
……。
「……拍子抜けですね」
「はい」和泉さんは言った。「――十年、何を怖がっていたのだろうと、思いました」
……。
でも、と俺は思った。
十年、怖かったのは、本当だ。
……それは、簡単に消えるものじゃない。
◇
「――それで」五百旗頭が言った。
「はい」
「先月のゲームは、どうなりますか」
……。
和泉さんは、書類を取り出した。
「――結論を、出しました」
「どんな」
「全員、突破です」和泉さんは言った。「六人とも」
……。
「本当ですか」
「はい」和泉さんは言った。「枠が六つになったので、全員に配れます」
……。
「藤堂さんも?」
「はい」和泉さんは言った。「――藤堂さんも」
◇
……。
俺は、少し、息を吐いた。
……よかった。
本当に、よかった。
「あの子には、もう伝えました」和泉さんは言った。「昨日」
「なんて言ってました」
……。
和泉さんは、少し笑った。
「――『みんなにも言っていいですか』と」
……。
「それだけですか」
「それだけです」和泉さんは言った。「――自分のことより、先に、それを聞きました」
……。
……あいつらしいな。
◇
「――ただ」
和泉さんは言った。
「はい」
「一つ、問題があります」
「なんですか」
「――今回は、たまたま、うまくいっただけです」
……。
「来年、枠が減るかもしれません」和泉さんは言った。「あるいは、七人選抜されるかもしれません」
……。
「そのとき、また、同じことが起きます」
◇
……。
そうだ。
今回は、たまたま、間に合っただけだ。
構造そのものは、変わっていない。
「……どうするんですか」
「――制度を、変えます」
……。
「え?」
「本気で、変えます」和泉さんは言った。「今度は、枠の数ではなく」
……。
「――中身を」
◇
「どう変えるんですか」
和泉さんは、机の引き出しから、一枚の紙を出した。
手書きだった。
「――こういうものを、考えています」
見せてもらった。
そこには、こう書いてあった。
『特別選抜制度 改定案』
『一、選抜における脱落制度を廃止する』
『二、参加者全員に対し、進路支援を行う』
『三、参加人数と支援枠を一致させる』
……。
「脱落を、なくすんですか」
「はい」
「じゃあ、何をするんですか」
◇
「――同じです」和泉さんは言った。「六人で、話し合ってもらいます」
「え?」
「限界状況で、議論をしてもらいます」和泉さんは言った。「時間制限も、つけます」
……。
「でも、脱落者は出しません」
「それ、意味あるんですか」
……。
和泉さんは、少し笑った。
「――あります」
◇
「今までは」和泉さんは言った。「『誰を落とすか』を決めさせていました」
「はい」
「これからは」和泉さんは言った。「――『何を決めるか』を、自分たちで決めてもらいます」
……。
「議題は、こちらでは出しません」和泉さんは言った。「六人で、何を話し合うかから、始めてもらいます」
……。
「……難しくないですか」
「難しいです」和泉さんは言った。「――でも、そのほうが、その人がわかります」
◇
……。
五百旗頭が、少し身を乗り出した。
「――それは、面白いですね」
「そうですか」
「はい」五百旗頭は言った。「――『誰かを切り捨てる能力』ではなく、『何かを作る能力』を見ることになります」
……。
「選別ではなく」五百旗頭は言った。
……。
「――育成に、近いですね」
◇
……。
和泉さんは、少し驚いた顔をした。
「……そうですね」
「はい」
「――そうかもしれません」和泉さんは言った。
……。
「わたしは、ずっと、選別の道具を、安全にしようとしていました」和泉さんは言った。
……。
「でも」和泉さんは言った。「――道具そのものを、変えてもいいのですね」
◇
「――通りますか、その案」
俺は聞いた。
「わかりません」和泉さんは言った。「たぶん、反対されます」
「じゃあ」
「――何度でも、出します」和泉さんは言った。
……。
「一年で無理なら、二年」和泉さんは言った。「二年で無理なら、五年」
……。
「わたしは、まだ二十七です」和泉さんは言った。「――時間は、あります」
◇
……。
俺は、その言葉を聞いて。
少しだけ、笑ってしまった。
「……なんですか」
「いえ」俺は言った。「――変わりましたね」
……。
和泉さんは、少し赤くなった。
「……そうでしょうか」
「そうですよ」俺は言った。「前は、『できません』ばっかり言ってました」
……。
「――今は、『やってみます』って言ってます」
◇
……。
和泉さんは、しばらく黙っていた。
それから、言った。
「……森本くん」
「はい」
「――ありがとうございます」
……。
「え?」
「あなたが、来なければ」和泉さんは言った。「――わたしは、まだ、外にいました」
……。
「いや」俺は言った。「――俺じゃないです」
「え?」
「藤堂です」俺は言った。「あいつが、全部、言いました」
◇
……。
和泉さんは、少し笑った。
「……そうですね」
「はい」
「――でも」和泉さんは言った。
……。
「あなたが、あの部屋に入らなければ」和泉さんは言った。「――藤堂さんは、あの言葉を、言えませんでした」
……。
「一人では、言えないことがあります」和泉さんは言った。
……。
「――でも、二人なら、言えます」
(第17話 了)




