第16話 来て
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第16話 来て
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◇
――結論から書く。
その日、脱落者は出なかった。
◇
十五時。
和泉さんが参加するという話は、結局、流れた。
理由は、単純だった。
「――わたしが突破すると、枠を一つ使います」和泉さんが言った。
……。
……あ。
「そうすると、生徒が一人、落ちます」和泉さんは言った。「――意味がありません」
……。
そうだった。
枠は、限られている。
誰かが増えれば、誰かが落ちる。
……結局、そこに戻る。
◇
十五時二十分。
残り四十分。
和泉さんは、机の前に立っていた。
座らずに。
「……本当に、いいのですか」
和泉さんが言った。
「何がですか」
「このまま、決まらないことです」和泉さんは言った。「――時間切れなら、全員、脱落です」
……。
そうだ。
何も決めなければ、最悪の結果になる。
「……わかってます」
「では、決めましょう」和泉さんは言った。「――誰にしますか」
◇
……。
部屋が、静かになった。
誰も、答えなかった。
……結局、そこに戻る。
誰かが、脱落しないといけない。
「……あの」
藤堂が言った。
「はい」
「――脱落って、必ず必要なんですか」
……。
「ルールです」和泉さんは言った。
「そのルール、誰が作りましたか」
……。
和泉さんが、動きを止めた。
◇
「……六十年前の、誰かです」
「じゃあ、変えられませんか」
「――変えられます」和泉さんは言った。「わたしが」
……。
「でも」和泉さんは言った。「それでは、ゲームになりません」
「なりませんね」藤堂は言った。
……。
「――でも、困りますか?」
……。
それは。
さっき、俺が言った台詞だった。
◇
……。
和泉さんは、しばらく黙っていた。
それから、言った。
「……困ります」
「なぜですか」
「――枠が、限られているからです」
……。
「推薦も、奨学金も、無限ではありません」和泉さんは言った。「全員に配ることは、できません」
……。
「――だから、選ぶしかないのです」
◇
……。
そこで、詰まった。
現実的な問題だ。
枠が限られている。だから、選ばないといけない。
……。
誰も、何も言えなかった。
時計が、進んでいく。
十五時三十分。
◇
「……あの」
一年生の一人が、言った。
「なんだ」
「わたし、思ったんですけど」
「うん」
「――枠って、いくつあるんですか」
……。
和泉さんが、顔を上げた。
「え?」
「推薦の優先枠とか、奨学金とか」その子は言った。「――具体的に、いくつですか」
……。
和泉さんは、少し考えた。
「……年度によりますが」
「今年は」
「――五、です」
◇
……。
……え?
「五?」
「はい」和泉さんは言った。「今年度、この制度で確保されている枠は、五つです」
……。
「六人選抜して、五つ?」
「はい」和泉さんは言った。「だから、一人、脱落するのです」
……。
……あ。
そうか。
だから、六人で一人を落とす。
枠が、五つしかないから。
◇
「……なるほど」
俺は、少し考えた。
……こういうとき、五百旗頭なら、どう言うだろう。
……たぶん。
「――和泉さん」
俺は言った。
「はい」
「枠、増やせませんか」
……。
「……え?」
「五つを、六つに」俺は言った。「そうしたら、全員、通ります」
◇
……。
和泉さんは、目を見開いた。
「……増やす?」
「はい」
「――そんなこと、考えたことがありませんでした」
……。
え。
「なんでですか」
「……」
和泉さんは、少し混乱しているようだった。
「枠は、決まっているものだと」和泉さんは言った。「――与えられるものだと、思っていました」
……。
「誰から」
「――卒業生のネットワークから」
◇
……。
「じゃあ、頼めばいいじゃないですか」
「……頼む?」
「はい」俺は言った。「『もう一つ増やしてください』って」
……。
「そんな」和泉さんは言った。「――簡単では、ありません」
「難しいですか」
「難しいです」
「でも、不可能ですか」
……。
和泉さんは、答えなかった。
◇
「……交渉したことは、ありますか」
……。
「……ありません」
「なんでですか」
「――そういう立場ではないからです」和泉さんは言った。「わたしは、事務職員です」
……。
「制度を運用する役目です」和泉さんは言った。「――枠を決めるのは、上の人たちです」
……。
「じゃあ」俺は言った。
……。
「――上の人に、言えばいいんじゃないですか」
◇
……。
……。
和泉さんは、動かなかった。
……。
その顔を見て、俺は思った。
この人は。
……ずっと、そうやってきた。
与えられた枠の中で、最善を尽くす。
規則の範囲で、できるだけ安全にする。
……でも。
枠そのものを、変えようとしたことは、なかった。
◇
「……できません」
和泉さんは、小さく言った。
「なんでですか」
「――言っても、通らないからです」
……。
「言ったことは?」
「……ありません」
「じゃあ、わからないですよね」
……。
「わかります」和泉さんは言った。「――十年、見てきました」
……。
「あの人たちは、変わりません」
◇
……。
時計を見た。
十五時四十五分。
残り、十五分。
……まずい。
「……和泉さん」
「はい」
「今日は、無理でも」俺は言った。「――来年は?」
……。
「え?」
「来年、枠を増やせるかもしれない」俺は言った。「交渉して。時間をかけて」
……。
「――でも、今日のことは、今日決めないといけません」
◇
……。
その通りだった。
時間は、迫っている。
……。
そして、そのとき。
扉が、叩かれた。
◇
……。
全員が、振り返った。
……こんこん、と、もう一度。
「……誰ですか」
和泉さんが言った。
返事は、なかった。
かわりに、扉が、少しだけ開いた。
……。
そこに、立っていたのは。
東海林だった。
◇
「……東海林さん?」
和泉さんが、驚いた顔をした。
「入らないでください」和泉さんは言った。「今、ゲーム中です」
……。
東海林は、答えなかった。
ただ、扉のところに立って。
……そして、和泉さんを見た。
「……和泉さん」
「はい」
……。
東海林は、少し、間を置いて。
それから、言った。
「――外に、みんないます」
◇
……。
「え?」
「……五百旗頭も、御手洗も、不破も、湊も、日下部も」東海林は言った。「……全員、外にいます」
……。
「六時間、待ってます」
……。
和泉さんは、何も言わなかった。
「……あと」東海林は言った。
……。
「――柏木先生も、来ました」
◇
……。
和泉さんの、肩が動いた。
「……柏木先生が?」
「……ん」東海林は頷いた。「……さっき」
……。
「なんて」
「……何も」東海林は言った。「……ただ、座ってます」
……。
「……外に?」
「……ん」
……。
和泉さんは、うつむいた。
手が、少し震えていた。
◇
……。
そして、東海林は言った。
いつも通り、短く。
でも、はっきりと。
「……和泉さん」
「……はい」
「――来て」
……。
……。
部屋が、静かになった。
◇
「……え?」
「……終わったら」東海林は言った。「……外に、来て」
……。
「わたしは」
「……知ってます」東海林は言った。「……十年、一人だったって」
……。
「……でも」東海林は言った。
……。
「……もう、一人じゃない」
◇
……。
和泉さんは、動かなかった。
顔を、上げなかった。
……。
東海林は、それだけ言って。
扉を、閉めた。
……。
部屋が、静かだった。
誰も、何も言わなかった。
◇
……。
やがて。
和泉さんが、顔を上げた。
目が、赤かった。
でも、涙は流れていなかった。
「……森本くん」
「はい」
「――交渉、してみます」
……。
「え?」
「枠のことです」和泉さんは言った。「来年に向けて、交渉します」
……。
「通るかは、わかりません」和泉さんは言った。「でも」
……。
「――言ってみます」
◇
「じゃあ、今日は」
「今日は」和泉さんは言った。
……。
少し、考えて。
それから、言った。
「――保留にします」
……。
「え?」
「今日のゲームは、結論を出しません」和泉さんは言った。「――継続扱いにします」
……。
「そんなこと、できるんですか」
……。
和泉さんは、少し笑った。
「――わたしが、決められるので」
◇
……。
一年生たちが、顔を見合わせた。
「あの」藤堂が言った。
「はい」
「それって、いいんですか」
「よくありません」和泉さんは言った。「――完全な、規則違反です」
……。
「じゃあ」
「――でも、やります」和泉さんは言った。
……。
「十年間、規則を守ってきました」和泉さんは言った。「その結果、何も変わりませんでした」
……。
「なら」和泉さんは言った。
……。
「――一度くらい、破ってみます」
(第16話 了)




