第15話 あなたも
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第15話 あなたも
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◇
「――待ってください」
藤堂が、立ち上がった。
「和泉さんが脱落しても、意味がありません」
「なぜですか」
「だって」藤堂は言った。「和泉さん、報酬とか、いらないですよね」
……。
和泉さんが、動きを止めた。
「……はい」
「大人だし」藤堂は言った。「推薦も、奨学金も、もう関係ないですよね」
……。
「――それって、森本先輩と同じです」
◇
……。
……あ。
そうだ。
さっき、俺が言われたことだ。
何も失わない人が脱落しても、それは脱落じゃない。
「……そうですね」和泉さんは言った。
「はい」
「――では、どうしますか」
……。
誰も、答えられなかった。
◇
時計を見た。
十四時四十分。
残り、一時間二十分。
……まずい。
「――整理しよう」
俺は言った。
「はい」
「今、詰まってる理由は、二つだ」俺は言った。「一つ、誰も脱落したくない。当たり前だ」
「はい」
「二つ、失うものがない人が脱落しても、意味がない」
……。
「そうですね」
「――つまり」俺は言った。
「本当に何かを失う人が、脱落しないと、成立しない」
◇
……。
部屋が、重くなった。
そうだ。
このゲームは、誰かが本当に損をしないと、終わらない。
「……あの」
一人が、小さく言った。
「なんだ」
「……じゃあ、結局」
……。
「――誰かが、我慢するしかないんですか」
……。
……。
その言葉が、部屋に落ちた。
◇
「――そうです」
和泉さんが言った。
静かな声だった。
「このゲームは、そういうものです」和泉さんは言った。「六十年、そうやって続いてきました」
……。
「誰かが我慢して、誰かが得をする」和泉さんは言った。「――それを、『選抜』と呼んでいます」
……。
「……ひどいですね」
「はい」和泉さんは言った。「――ひどいです」
◇
……。
俺は、天井を見た。
……なんだ、これ。
詰んでる。
誰かが我慢しないと終わらない。でも、全員に事情がある。
……そして、俺が代わりに脱落することも、できない。
「……なあ」
俺は言った。
「はい?」
「――このゲーム、勝つ方法、ないんですか」
……。
和泉さんが、少し驚いた顔をした。
「勝つ?」
「はい」俺は言った。「――全員が、納得する方法」
◇
……。
和泉さんは、少し黙った。
それから、言った。
「……ありません」
「本当ですか」
「本当です」和泉さんは言った。「六十年、誰も見つけていません」
……。
「――ただし」
「ただし?」
「一度だけ」和泉さんは言った。「――記録に、例外があります」
……。
心臓が、跳ねた。
◇
「――去年の春です」
和泉さんは、俺を見た。
……。
「あなたたちのゲームです」
……。
「あのとき」和泉さんは言った。「参加者は六人と記録されていました」
「……はい」
「でも、実際には、七人いました」和泉さんは言った。「――誰も、気づきませんでした」
……。
「その結果、何が起きましたか」
◇
……。
「……三人、脱落しました」
「はい」和泉さんは言った。「日下部くん、御手洗さん、不破くん」
……。
「そして、四人が突破しました」和泉さんは言った。「森本くん、五百旗頭さん、東海林さん」
……。
「――そして、記録されていなかった、湊さん」
……。
「本来、六人中、突破は三人までの設計でした」和泉さんは言った。「――でも、四人、突破しました」
◇
……。
「……つまり」
「はい」和泉さんは言った。
……。
「――人数が増えれば、助かる人も、増えます」
……。
部屋が、静かになった。
……。
……あ。
◇
「――待ってください」
藤堂が言った。
「はい」
「今、七人ですよね」
「はい」
「じゃあ」藤堂は言った。「――もっと増やせば、いいんじゃないですか」
……。
……。
心臓が、跳ねた。
「……増やす?」
「はい」藤堂は言った。「八人、九人、十人」
……。
「そうしたら」藤堂は言った。
……。
「――脱落する人が、減りませんか?」
◇
……。
和泉さんが、動きを止めた。
「……いえ」
「違いますか」
「――脱落するのは、一人です」和泉さんは言った。「人数が増えても、変わりません」
……。
「じゃあ」藤堂は言った。「――増やせば増やすほど、確率が下がりますよね」
……。
「そうですが」和泉さんは言った。「――誰かが脱落することは、変わりません」
……。
「はい」藤堂は言った。「でも」
◇
藤堂は、少し考えて。
それから、言った。
「――増やせるなら、誰を増やせるんですか」
……。
和泉さんが、目を見開いた。
「……え」
「今、七人です」藤堂は言った。「森本先輩が入って、七人になりました」
「はい」
「じゃあ、他の人も、入れますよね」
……。
「――たとえば」藤堂は言った。
……。
「和泉さんも」
◇
……。
……。
和泉さんは、動かなかった。
「……わたしは、参加できません」
「さっき、参加するって言いましたよね」
「……それは」
「一度、言いました」藤堂は言った。「だから、できるはずです」
……。
「でも、わたしは、何も失いません」
「――失うと思います」
……。
「え?」
◇
「和泉さん」藤堂は言った。
「はい」
「もし、和泉さんが脱落したら」藤堂は言った。「――どうなりますか」
……。
和泉さんは、答えなかった。
「記録上、参加しなかったことになりますよね」藤堂は言った。「それって」
……。
「――今と、同じじゃないですか」
……。
……。
空気が、変わった。
◇
「……どういう意味ですか」
「和泉さん、十年間」藤堂は言った。「――記録に、残ってないですよね」
……。
「制度を変えたのは、和泉さんですよね」
「……はい」
「でも、それ、誰か知ってますか」
……。
和泉さんは、答えなかった。
「わたし、今日、初めて知りました」藤堂は言った。「先輩たちも、そうですよね」
……。
「和泉さんが、何をしてきたか」藤堂は言った。
……。
「――誰も、知らないです」
◇
……。
部屋が、静かだった。
……そうだ。
この人は、十年間、一人でやってきた。
誰にも言わず。誰にも知られず。
……記録にも、残らないまま。
「……和泉さんは」藤堂は言った。
……。
「――ずっと、脱落してるみたいなものじゃないですか」
◇
……。
……。
和泉さんは、動かなかった。
顔を、上げなかった。
……。
やがて、小さな声で、言った。
「……そう、かもしれません」
……。
「十年間」和泉さんは言った。「――わたしは、いないことに、なっていました」
◇
「――じゃあ」
藤堂は言った。
立ち上がった。
「――今日、参加してください」
……。
「え?」
「参加して」藤堂は言った。「――突破してください」
……。
和泉さんが、顔を上げた。
「……何を、言って」
「和泉さんが突破したら」藤堂は言った。「――記録に、残りますよね」
◇
……。
……。
心臓が、止まりそうになった。
「……そんな」
「制度上、できませんか」
「……」
「和泉さん」藤堂は言った。「――できますか?」
……。
和泉さんは、しばらく黙っていた。
それから、掠れた声で、言った。
「……できます」
……。
「わたしが、決められるので」
(第15話 了)




