第14話 全員で出る
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第14話 全員で出る
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◇
「――全員、いますね」
五百旗頭が、数えるように言った。
「ああ」
「七人?」
「七人だ」
……。
藤堂も、他の五人も、そして俺も。
誰も、消えていない。
「……どういうことですか」
五百旗頭が言った。
「説明する」俺は言った。「けど、その前に」
……。
俺は、後ろを振り返った。
和泉さんが、最後に出てきた。
疲れた顔をしていた。でも、少しだけ、表情がやわらかかった。
◇
「――終わりました」
和泉さんは言った。
「結果は」
……。
和泉さんは、少し間を置いて、言った。
「――結論は、出ませんでした」
……。
「え?」
「今日のゲームは、継続扱いとしました」和泉さんは言った。「――脱落者は、いません」
……。
五百旗頭が、眉を寄せた。
「そんなことが、可能なのですか」
「可能にしました」和泉さんは言った。「――わたしが、決められるので」
◇
……。
五百旗頭は、しばらく黙っていた。
それから、言った。
「……説明していただけますか」
「はい」和泉さんは言った。「――ただ、その前に」
……。
和泉さんは、非常階段のほうを見た。
そこに、六人がいた。
五百旗頭、御手洗、不破、ミライ、日下部。そして東海林。
……そして、少し離れたところに、もう一人。
柏木先生が、座っていた。
◇
……。
和泉さんは、しばらく、その姿を見ていた。
柏木先生も、和泉さんを見ていた。
二人とも、何も言わなかった。
……。
十年ぶりに、同じ場所に立っている。
……そう思うと、なんだか、こっちが緊張した。
「――和泉」
やがて、柏木先生が言った。
「……はい」
「……座るか」
「……はい」
……。
二人は、階段に並んで座った。
それだけだった。
でも、それだけで、十分なような気がした。
◇
「――で」
不破が言った。
「なんだ」
「中で、何があった」
……。
俺は、少し考えた。
……何から話せばいいんだろう。
「……いろいろあった」
「答えになっていない」
「そうだな」
……。
でも、本当に、いろいろあった。
◇
順番に、話した。
まず、俺が「自分を選べばいい」と提案したこと。
そして、それが否定されたこと。
「――『先輩が損をしないなら、脱落じゃない』と言われた」
「……なるほど」五百旗頭が言った。「正しい指摘です」
「そうだな」
「あなたは、すでに突破しています」五百旗頭は言った。「失うものがない人間の脱落は、脱落ではありません」
……。
「厳しいな、お前」
「事実です」
◇
「――で、どうなったの」
ミライが言った。
「藤堂が、反対した」
「反対?」
「ああ」俺は言った。「『森本先輩を選ぶの、嫌です』って」
……。
「なんで」
「――『それ、わたしが助けられただけです』って」
……。
全員が、藤堂を見た。
藤堂は、少し照れたように、うつむいた。
「……だって」藤堂は言った。「先週と、同じですから」
……。
「誰かが犠牲になって、みんながほっとする」藤堂は言った。「――それ、変わってないです」
◇
……。
御手洗が、感心したように言った。
「……賢い子ね」
「はい」五百旗頭も頷いた。「本質を突いています」
……。
「それで」
「それで、話し合いになった」俺は言った。「五時間くらい」
「五時間」
「ああ」
……。
「――で、決まらなかったの?」
「決まらなかった」
◇
……。
「途中で、和泉さんが、脱落すると言い出した」
……。
全員が、和泉さんを見た。
和泉さんは、階段に座ったまま、少し目を伏せた。
「……はい」
「なんで、そんなことを」
「――終わらせたかったからです」和泉さんは言った。
……。
「あの場を」和泉さんは言った。「誰も、決められなくて。時間だけが過ぎて」
……。
「見ていられませんでした」
◇
……。
「――でも」俺は言った。
「はい」
「それも、藤堂に止められた」
……。
「『和泉さんが脱落しても、意味がありません』って」俺は言った。「『報酬、いらないですよね』って」
……。
五百旗頭が、少し笑った。
「……本当に、賢い子ですね」
「うるさい」俺は言った。「俺と同じこと言われたんだよ」
「そうですね」
◇
「――で、どうなったの」
ミライが言った。
「……いや、それが」
俺は、頭をかいた。
「途中から、話が変わった」
「変わった?」
「ああ」俺は言った。「そもそも、なんで脱落者を出すのか、って話になった」
……。
「答えは、枠だった」
「枠?」
「推薦とか、奨学金とかの枠だ」俺は言った。「――今年は、五つしかない」
◇
……。
五百旗頭が、動きを止めた。
「……五つ」
「ああ」
「六人選抜して、五つ」
「そうだ」
……。
「だから、一人、落とす」五百旗頭は言った。「――そういうことですか」
「そういうことだ」
……。
「……単純な話ですね」
「ああ」俺は言った。「単純すぎて、笑えた」
◇
「――だから」俺は言った。
「はい」
「和泉さんに、聞いた」俺は言った。「『枠、増やせませんか』って」
……。
五百旗頭が、目を見開いた。
「……増やす」
「ああ」
「――なぜ、それを、誰も考えなかったのですか」
……。
俺は、和泉さんを見た。
和泉さんは、うつむいていた。
「……与えられるものだと、思っていました」和泉さんは言った。
◇
……。
「十年間」和泉さんは言った。「わたしは、与えられた枠の中で、最善を尽くそうとしました」
……。
「脱落者を守る。時間を短くする。安全にする」和泉さんは言った。「――枠の中で、できることを」
……。
「でも」和泉さんは言った。
顔を上げた。
「――枠そのものを、変えようとは、しませんでした」
◇
……。
誰も、何も言わなかった。
やがて、御手洗が、静かに言った。
「……よくあることよ」
「え?」
「歴史でも、そうなの」御手洗は言った。「制度の中で改善しようとする人は、たくさんいるわ」
……。
「でも」御手洗は言った。「――制度そのものを疑う人は、少ないの」
……。
「なぜなら」御手洗は言った。
……。
「――疑うには、勇気がいるから」
◇
……。
和泉さんは、御手洗を見ていた。
それから、小さく言った。
「……そうですね」
……。
「――交渉してみます」和泉さんは言った。
「え?」
「枠のことです」和泉さんは言った。「来年度に向けて、交渉します」
……。
「通るかは、わかりません」和泉さんは言った。「でも」
……。
「――言ってみます」
◇
……。
「じゃあ」五百旗頭が言った。「今日のゲームは」
「保留にしました」和泉さんは言った。「継続扱いです」
「結論は」
「出しません」和泉さんは言った。「――枠が決まってから、改めて考えます」
……。
「もし、増えなかったら」
「……そのときは」和泉さんは言った。
……。
少し、間を置いて。
「――また、考えます」
◇
……。
五百旗頭が、少し笑った。
「……ずいぶん、変わりましたね」
「そうでしょうか」
「はい」五百旗頭は言った。「昨日までのあなたなら、『規則です』と言っていました」
……。
和泉さんは、少し驚いた顔をした。
それから、言った。
「……そうですね」
……。
「――言われました」和泉さんは言った。「『規則だから、と言うのは、十年前と同じだ』と」
……。
「誰にですか」
「――あなたに、です」
◇
……。
五百旗頭が、少し赤くなった。
「……失礼な言い方をしました」
「いえ」和泉さんは言った。「正しかったです」
……。
「十年間」和泉さんは言った。「誰も、言ってくれませんでした」
……。
「みんな、『よくやっている』と言いました」和泉さんは言った。「――だから、わたしは、そのままでした」
……。
和泉さんは、少し笑った。
「……止めてくれて、ありがとうございます」
◇
……。
一年生たちが、荷物をまとめ始めていた。
六時間、拘束されていたのだ。疲れているだろう。
「あの」藤堂が言った。
「はい」
「……今日、どうなるんですか」
「保留です」和泉さんは言った。「あなたたちの結果は、まだ決まっていません」
……。
「じゃあ」藤堂は言った。「――わたし、まだ、脱落してないんですか」
……。
「はい」和泉さんは言った。
……。
「――まだ、決まっていません」
◇
……。
藤堂は、しばらく黙っていた。
それから、小さく言った。
「……よかった」
……。
その声が、少しだけ、震えていた。
……。
泣いてはいなかった。
でも、たぶん、ぎりぎりだった。
◇
「――あ、そうだ」
不破が、突然言った。
「なんだ」
「これを、忘れていた」
不破は、大きな袋を持ち上げた。
中には、パンと飲み物が、大量に入っていた。
「……なんだ、それ」
「昼に買った」不破は言った。「腹が減っているだろう」
……。
一年生たちが、驚いた顔をした。
「え、いいんですか」
「食え」不破は言った。「余ると困る」
……。
こいつ。
◇
……。
結局、その場で、みんなでパンを食べることになった。
二月の夕方。非常階段の下。
一年生が六人、俺たちが七人、和泉さんと柏木先生。
……十五人。
妙な光景だった。
でも。
……悪くなかった。
(第14話 了)




