第13話 六時間
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第13話 六時間
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◇
――ここからは、中の話だ。
◇
扉が閉まったとき、最初に思ったのは、思ったより明るいな、ということだった。
窓から光が入る。二月の朝の、白い光。
十年前も、こうだったんだろうか。
いや。あのときは、金曜の夜だった。
……全然、違う。
◇
七脚の椅子が、机を囲んでいた。
一年生が六人。俺が一人。
そして、少し離れた壁際に、和泉さんが座っている。
一年生たちは、明らかに緊張していた。
知らない先輩がいる。事務職員もいる。前回とは、全然違う。
「……あの」
一人が、手を挙げた。
「なんだ」
「森本先輩、でしたよね」
「ああ」
「……なんで、いるんですか」
……。
いい質問だった。
◇
「――説明します」
和泉さんが言った。
「今日は、先週のゲームの、やり直しです」
「やり直し?」
「はい」和泉さんは言った。「ルールは、前回と同じ。七人で話し合い、一人を選ぶ」
……。
「全員が納得しなければ、終わりません」和泉さんは言った。「制限時間は、六時間」
……。
「時間切れの場合は」和泉さんは言った。「――全員、脱落です」
……。
空気が、重くなった。
◇
「――あの」
藤堂が、手を挙げた。
「はい」
「これ、やり直したら」藤堂は言った。「――先週の結果は、どうなるんですか」
……。
「無効になります」和泉さんは言った。「先週のゲームは、なかったことになります」
……。
「じゃあ」藤堂は言った。「――みんなの突破も」
「無効です」
……。
一年生たちが、顔を見合わせた。
◇
「……えっと」
一人が言った。
「じゃあ、俺たち、もう一回、突破しないといけないんですか」
「はい」
「……もし、失敗したら」
「全員、脱落です」
……。
沈黙。
「……なんで、そんな」
……。
その子は、俺を見た。
責めるような目ではなかった。
ただ、困っていた。
◇
「――待ってください」
藤堂が、慌てて言った。
「わたし、頼んでません」藤堂は言った。「森本先輩が、勝手に」
「知ってる」
「え?」
「勝手にやった」俺は言った。「悪い」
……。
「じゃあ、なんで」
……。
俺は、少し考えた。
それから、言った。
「――お前が、納得してなかったからだ」
◇
……。
部屋が、静かになった。
「……納得?」
「ああ」俺は言った。「藤堂が、言ってた。『自分が納得したかは、誰も聞かなかった』って」
……。
一年生たちが、藤堂を見た。
藤堂は、うつむいていた。
「……そうなの?」
一人が言った。
「……」
「藤堂さん」
「……わかりません」藤堂は小さく言った。「でも、たぶん」
……。
「――聞いてほしかったです」
◇
……。
誰も、何も言わなかった。
そして、一人が、ぽつりと言った。
「……ごめん」
……。
「あのとき」その子は言った。「藤堂さんが手を挙げて、正直、ほっとしたんだ」
「……」
「それで、終わるって思って」
……。
「でも、あとで、ずっと気になってて」その子は言った。「……なんで、止めなかったんだろうって」
……。
別の一人が、言った。
「……私も」
「私も」
……。
全員が、そう言った。
◇
……。
藤堂は、驚いた顔をしていた。
「……え」
「気にしてたよ」一人が言った。「ずっと」
「でも、言えなくて」
「ごめん」
……。
藤堂は、しばらく黙っていた。
それから、小さく言った。
「……そうだったんですか」
◇
……。
俺は、その様子を見ていた。
……なんだ。
みんな、悪いやつじゃないんだ。
ただ。
……あのとき、言えなかっただけだ。
疲れていて、追い詰められていて、早く終わらせたくて。
……俺だって、同じことをするかもしれない。
◇
「――さて」
俺は言った。
「今日、もう一回やります」
「はい」
「ルールは同じです」俺は言った。「七人で、一人を選ぶ」
……。
「でも」俺は言った。「――今日は、先週と、条件が違います」
「どう違うんですか」
……。
俺は、指を折った。
「一つ。俺がいます」
「はい」
「二つ。俺は、すでに突破しています」
……。
「だから」俺は言った。「――俺が脱落しても、俺は、何も失いません」
◇
……。
一年生たちが、動きを止めた。
「……え」
「そういうことです」
「じゃあ」一人が言った。「森本先輩を選べば、全員、助かるんですか」
「そうなります」
……。
「……それ、いいんですか」
「いいです」俺は言った。「そのために来ました」
……。
部屋が、静かになった。
◇
……。
十分後。
誰も、口を開かなかった。
……あれ。
おかしい。
すぐ決まると思っていた。
だって、俺を選べば、全員が助かる。
損をする人が、いない。
なのに。
……誰も、言い出さない。
◇
「……どうした」
俺は言った。
「あの」
一人が、言いにくそうにした。
「なんだ」
「……それ、ずるくないですか」
……。
え?
「先輩、何も失わないんですよね」その子は言った。「じゃあ、それって」
……。
「――脱落じゃ、ないですよね」
◇
……。
……あ。
心臓が、跳ねた。
「……たしかに」
別の子が言った。
「これ、脱落した人が、ちゃんと損をするから、意味があるんですよね」
……。
「先輩が損をしないなら」その子は言った。「――誰も、何も、失わない」
……。
「それって」
……。
「――ゲーム、成立してますか?」
◇
……。
俺は、言葉が出なかった。
……そうだ。
その通りだ。
このゲームは、誰かが失うから、成立している。
全員が納得しなければ終わらないのも、失うものがあるからだ。
……俺が入ると。
その構造が、壊れる。
「……和泉さん」
「はい」
「これ、どうなるんですか」
……。
和泉さんは、少し考えて。
それから、言った。
「――ルール上は、成立します」
◇
「え?」
「制限時間内に、全員が納得して、一人を選ぶ」和泉さんは言った。「それが条件です」
……。
「森本くんが失うかどうかは、条件に含まれていません」
……。
「じゃあ」
「はい」和泉さんは言った。「――形式的には、問題ありません」
……。
「でも」和泉さんは言った。
少し、言葉を選ぶように。
「――納得できるかどうかは、別です」
◇
……。
その通りだった。
形式は満たせる。
でも、それでいいのか。
「……あの」
藤堂が、手を挙げた。
「なんだ」
「わたし、思うんですけど」藤堂は言った。
……。
「――森本先輩を選ぶの、嫌です」
……。
◇
「なんで」
「だって」藤堂は言った。「――それ、わたしが、助けられただけです」
……。
「先週、わたしが手を挙げたとき」藤堂は言った。「みんな、ほっとしました」
「……」
「今日、先輩を選んだら」藤堂は言った。「――わたしたちも、同じことをします」
……。
「誰かが犠牲になって、ほっとする」藤堂は言った。「……それ、先週と、何も変わらないです」
◇
……。
部屋が、静かだった。
……こいつ。
……こいつは。
「……じゃあ、どうするんだ」俺は言った。
「わかりません」藤堂は言った。「でも」
……。
「――ちゃんと、話したいです」
……。
「先週は、話せませんでした」藤堂は言った。「みんな、疲れてて、早く終わらせたくて」
……。
「今日は」藤堂は言った。「――時間、たっぷりあります」
◇
……。
一年生たちが、顔を見合わせた。
そして、一人が言った。
「……そうだね」
「うん」
「話そう」
……。
……。
俺は、椅子に座り直した。
……なんだ。
俺、いらなかったかもしれない。
◇
そこから、六時間の話し合いが始まった。
……いや、正確には、五時間半だった。
内容は、書かない。
誰が何を言ったか、どんな事情があったか。
それは、あの七人のものだ。
……ただ、一つだけ書くと。
途中で、何度も、行き詰まった。
誰も譲らない場面もあった。声が大きくなったこともあった。
一人が泣いた。
……そのとき、和泉さんが、初めて動いた。
◇
泣いた子のところに行って、隣に座った。
何も言わずに。
ただ、そこにいた。
……そして、少しして、こう言った。
「……大丈夫ですか」
……。
それだけだった。
ゲームには、何も関与していない。
判定もしていない。
……でも。
十年前、この部屋で、誰もそうしなかった。
◇
十五時三十分。
結論が出た。
……その内容も、書かない。
ただ、一つだけ。
――俺は、脱落しなかった。
◇
扉が開いたとき、外の光がまぶしかった。
非常階段の下に、六人がいた。
五百旗頭が、立ち上がった。
「――森本くん」
「おう」
「……どうでしたか」
……。
俺は、少し笑った。
「終わったよ」
「結果は」
……。
俺は、後ろを見た。
一年生たちが、出てくる。
六人。
……全員、いる。
そして、その中に、藤堂もいた。
(第13話 了)




