第12話 七人目
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第12話 七人目
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◇
「――今度は、七人で」
俺がそう言うと、部屋が静まり返った。
和泉さんは、しばらく俺を見ていた。
それから、静かに言った。
「……できません」
「なんでですか」
「規則です」和泉さんは言った。「参加者は六人。人数は、変更できません」
「じゃあ、変えてください」
「――変えられません」
◇
「なぜ」
「決まっているからです」
「誰が決めたんですか」
……。
和泉さんが、少し止まった。
「……制度が」
「制度は、あなたが作ったんですよね」
……。
和泉さんは、答えなかった。
「脱落者を守るようにした」俺は言った。「時間を短くした。鍵を渡すようにした。観測者を大人にした」
「……はい」
「全部、あなたが変えたんですよね」
……。
「――なら、人数も、変えられるでしょう」
◇
……。
和泉さんは、扉の前に立ったまま、動かなかった。
「……森本くん」
「はい」
「あなたは、何をしようとしているのですか」
……。
俺は、少し考えた。
「――やり直しです」
「やり直し?」
「はい」俺は言った。「もう一回、同じゲームをやります。今度は、七人で」
……。
「そうすれば」俺は言った。「――一人減っても、六人残ります」
◇
……。
空気が、変わった。
五百旗頭が、はっと顔を上げた。
「……森本くん」
「わかるか」
「――はい」五百旗頭は言った。「六人で一人を選ぶから、五人しか残らない」
「そうだ」
「でも、七人なら」五百旗頭は言った。「――一人脱落しても、六人残ります」
……。
「元の六人が、全員、突破できます」
◇
「……待ってください」
藤堂が、慌てて言った。
「その、それだと」
「なんだ」
「……森本先輩が、脱落することに、なりませんか」
……。
俺は、少し笑った。
「なるな」
「だめです!」
「なんでだ」
「だって」藤堂は言った。「先輩、突破してるじゃないですか」
……。
「それを、失うことに」
◇
「――いや」
五百旗頭が言った。
「なんだ」
「失いません」五百旗頭は言った。「制度上、一度得た権利は、消えません」
「そうなのか」
「はい」五百旗頭は言った。「あなたは、去年の春、すでに突破しています。……その記録は、変わりません」
……。
「では」御手洗が言った。「森本くんは、何も失わないの?」
「――理論上は」
五百旗頭は言った。
「ただし」
◇
「ただし?」
「和泉さんが、認めれば、の話です」五百旗頭は言った。「制度上、二度目の参加は、想定されていません」
……。
全員が、和泉さんを見た。
和泉さんは、まだ、扉の前に立っていた。
「……和泉さん」
「……」
「認めてもらえますか」
……。
和泉さんは、長い間、黙っていた。
それから、言った。
「――なぜ、あなたが、やるのですか」
◇
「え?」
「あなたには、関係のないことです」和泉さんは言った。「藤堂さんは、自分で決めました」
「……」
「六人で話し合い、全員が納得しました」和泉さんは言った。「ゲームは、正しく終わりました」
……。
「制度上、何の問題もありません」
……。
「――なのに、なぜ」
◇
……。
俺は、少し考えた。
なんで、やるんだろう。
……正直、よくわからない。
でも。
「……納得してないからです」
「誰が」
「――藤堂が」
……。
藤堂が、驚いた顔をした。
「さっき、言ってました」俺は言った。「『納得したかは、誰も聞かなかった』って」
……。
「全員が納得したって、ルールなんですよね」俺は言った。「――でも、一人、納得してないやつがいます」
◇
……。
和泉さんは、藤堂を見た。
藤堂は、うつむいていた。
「……藤堂さん」
「は、はい」
「本当ですか」
……。
藤堂は、答えなかった。
しばらく、床を見ていた。
それから、小さく言った。
「……わかりません」
……。
「でも」藤堂は言った。
少しだけ、顔を上げた。
「――嬉しかったです」
◇
「え?」
「今、森本先輩が、そう言ってくれて」藤堂は言った。「……嬉しかったです」
……。
「誰も、聞いてくれなかったので」藤堂は言った。「――『納得したのか』って」
……。
その声が、少しだけ、震えていた。
「……みんな、優しかったんです」藤堂は言った。「ありがとうって、言ってくれました」
「……」
「でも」藤堂は言った。「――誰も、止めてくれなかったです」
◇
……。
部屋が、静かだった。
和泉さんは、動かなかった。
……その顔を見て、俺は思った。
この人は、たぶん。
……同じことを、されてきた。
十年間。
制度を変えて、努力して。
みんなが「よくやっている」と言って。
……でも、誰も、止めてくれなかった。
◇
「――和泉さん」
俺は言った。
「はい」
「一つ、聞いていいですか」
「……どうぞ」
「あなたが、この制度を作ったとき」俺は言った。「――誰かに、相談しましたか」
……。
和泉さんの、動きが止まった。
「……いえ」
「一人でですか」
「……はい」
……。
「なんでですか」
……。
「――誰も、いなかったからです」
◇
……。
「柏木先生は?」
「話していません」和泉さんは言った。「あの人には、言えませんでした」
「なんで」
「――あの人は、来なかった人です」和泉さんは言った。「わたしは、いた人です」
……。
「同じ場所には、立てません」
……。
……ああ。
そうか。
この人たちは。
同じ事件を、別の場所で、体験している。
だから。
……十年間、話せなかった。
◇
「――だったら」
俺は言った。
「はい」
「今日、話してるじゃないですか」
……。
和泉さんが、俺を見た。
「……え」
「俺たちに、話しましたよね」俺は言った。「十年前のことも、制度のことも」
……。
「なんでですか」
……。
和泉さんは、答えなかった。
でも、その手が、少し震えていた。
◇
「――和泉さん」
五百旗頭が言った。
「はい」
「一つ、提案があります」
「……なんでしょう」
「もう一度、ゲームをやってください」五百旗頭は言った。「七人で」
「……できません」
「できます」五百旗頭は言った。「あなたが、決めればいいのです」
……。
「それは」
「規則を破ることになりますか」五百旗頭は言った。「――では、規則を、変えてください」
◇
……。
「あなたは、十年前、規則を破れませんでした」五百旗頭は言った。「観測者は関与してはならない。だから、動けなかった」
「……はい」
「そして、後悔しました」五百旗頭は言った。「――だから、規則を作り変えました」
……。
「でも」五百旗頭は言った。「――今、また、同じことをしています」
……。
「『規則だから、できません』」五百旗頭は言った。「――十年前と、同じです」
◇
……。
和泉さんは、動かなかった。
でも、その顔が、少しずつ、変わっていった。
「……そう、ですね」
……。
小さな声だった。
「そうですね」和泉さんは、もう一度言った。
……。
そして、少し、笑った。
「――ずっと、同じことを、していました」
◇
和泉さんは、扉から手を離した。
そして、部屋の中に、一歩、入ってきた。
……。
十年間、入らなかった部屋に。
「……森本くん」
「はい」
「一つだけ、条件があります」
「なんですか」
「――わたしも、その部屋にいます」
……。
「参加するんですか」
「いいえ」和泉さんは言った。「わたしは、選ばれた生徒ではありません。ゲームには、加わりません」
……。
「では、何を」
「――ただ、中にいます」
◇
……。
全員が、和泉さんを見た。
「十年間、わたしは、外から見ていました」和泉さんは言った。「観測室から。点検口の穴から」
……。
「記録を取って、判断して、基準を作って」和泉さんは言った。「――一度も、中に入りませんでした」
……。
「今回は、中にいます」和泉さんは言った。「勝敗には、関わりません。判定もしません」
……。
「――ただ、同じ場所に、います」
◇
「……それ、意味があるんですか」
俺は聞いた。
和泉さんは、少し考えて。
それから、言った。
「――わかりません」
……。
「でも」和泉さんは言った。「――外にいるよりは、ましです」
……。
五百旗頭が、静かに言った。
「……いいと思います」
「え?」
「観測者が中にいれば」五百旗頭は言った。「――誰かが追い詰められたとき、すぐに止められます」
……。
「基準に達するのを、待たなくて済みます」
◇
……。
和泉さんは、少しだけ、笑った。
「……そうですね」
「はい」
「――そのために、入るのかもしれません」
……。
そして、和泉さんは、部屋を見回した。
十年ぶりに、内側から。
「……狭いですね」
「え?」
「上から見ていたときは」和泉さんは言った。「――もっと、広く見えました」
……。
「上から見ると、全体が見えます」和泉さんは言った。「誰がどこにいるか。誰が何をしているか」
……。
「でも、中に入ると」和泉さんは言った。
……。
「――顔しか、見えませんね」
◇
……。
その言葉が、やけに、重かった。
上から見れば、全体が見える。
でも、顔は見えない。
中に入れば、全体は見えない。
でも、顔が見える。
……十年間。
この人は、顔を見ていなかった。
◇
「――では」和泉さんは言った。
少し、背筋を伸ばした。
「日程を決めましょう」
「いいんですか」
「はい」和泉さんは言った。「――ただし、条件があります」
「なんですか」
「他の五人にも、確認します」和泉さんは言った。「今日のゲームは、正式に終わりました」
……。
「もう一度やるなら」和泉さんは言った。「――全員の同意が必要です」
……。
「もし、一人でも断れば」和泉さんは言った。「――やり直しは、ありません」
(第12話 了)




