第11話 入る
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第11話 入る
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◇
「――わたしのせいで、みんな、大変だったので」
藤堂は、そう言った。
その言い方が、あまりにも自然だった。
悲しんでいるわけでも、怒っているわけでもない。
ただ、当たり前のこととして、そう言っていた。
◇
「……何が、あったんだ」
俺は聞いた。
「あの」藤堂は言った。「言っていいのか、わからなくて」
「言わなくていい」
「え?」
「言いたくないなら、言わなくていい」俺は言った。「――でも、片付けは、俺たちもやる」
……。
藤堂が、驚いた顔をした。
「え、いえ、そんな」
「六人分だろ」俺は言った。「一人でやるもんじゃない」
「でも」
「いいから」
◇
ミライが、さっさと荷物を持ち上げた。
「これ、どこに捨てるの」
「あ、下の、ゴミ捨て場に」
「わかった」
御手洗も、机の上の紙を集め始めた。
不破は、椅子を運んでいる。
五百旗頭は、部屋の隅を確認していた。
東海林は、黙って床を拭いていた。
……。
藤堂は、その様子を、呆然と見ていた。
◇
片付けは、十分で終わった。
六人でやれば、そんなものだ。
「……早いですね」藤堂が言った。
「一人だと、何分かかった?」
「……たぶん、一時間くらい」
……。
一時間。
一人で。
深夜に。
「――なあ」俺は言った。「そもそも、今日のゲーム、どんなだったんだ」
……。
藤堂は、少し迷って。
それから、言った。
「……話し合いでした」
◇
「話し合い?」
「はい」藤堂は言った。「六人で、一つの結論を出す、っていう」
「どんな結論だ」
「その、ちょっと、言いにくいんですけど」藤堂は言った。「――『誰か一人を、選ぶ』というものでした」
……。
空気が、変わった。
「選ぶ?」
「はい」藤堂は言った。「六人のうち、一人だけが、脱落するんです」
……。
「多数決で?」
「いえ」藤堂は言った。「――全員が、納得しないと、終わらないんです」
◇
……。
五百旗頭が、動きを止めた。
「……全員が、納得?」
「はい」
「反対が一人でもいれば、続く?」
「そうです」藤堂は言った。「だから、六時間かかりました」
……。
……六時間。
六人で。
一人を選ぶために。
◇
「――ちょっと待て」
俺は言った。
「はい」
「そもそも、それ、突破すると、何があるんだ」
……。
藤堂が、少し驚いた顔をした。
「……ご存じ、ないんですか」
「いや、知ってるけど」俺は言った。「……ちゃんと、覚えてない」
……。
情けない話だが、本当だった。
一年近く前のことだし、そもそも俺は、報酬に興味がなかった。
◇
「――説明されました」藤堂は言った。
「なんて」
「突破者には、いくつかの便宜が与えられます」藤堂は、暗記しているように言った。
「一つ、指定校推薦の優先枠」
「……」
「二つ、成績評価における特別配慮」
「……」
「三つ、奨学金制度の優先審査」
「……」
「四つ、卒業生ネットワークへの紹介」
……。
そうだ。
思い出した。
俺たちも、あのとき、そう聞いた。
◇
「……で、脱落すると?」
……。
藤堂は、少し黙った。
それから、言った。
「……何も、ありません」
「何も?」
「はい」藤堂は言った。「――そもそも、参加しなかった扱いになります」
……。
「記録も、残りません」藤堂は言った。「参加した事実ごと、なかったことに」
◇
……。
部屋が、静かになった。
……。
そうか。
そういうことか。
俺は、不破を見た。
不破は、少し目をそらした。
……。
御手洗も、無言だった。
◇
「――そうです」
五百旗頭が、静かに言った。
「わたしたちのときも、そうでした」
……。
「日下部くん、御手洗さん、不破くんは、脱落しました」五百旗頭は言った。「だから、報酬は、ありません」
……。
「戻ってきましたけど」五百旗頭は言った。「――記録上は、参加していないことになっています」
◇
……。
俺は、そのことを、今まで考えていなかった。
全員が戻ってきた。だから、全員が助かったと思っていた。
でも。
……違ったのか。
「……不破」
「なんだ」
「お前」俺は言った。「……何ももらってないのか」
……。
不破は、鼻を鳴らした。
「当然だ」不破は言った。「俺は、負けた」
「……」
「指定校推薦は、狙っている」不破は言った。「――だが、それは、俺の成績でだ」
……。
「三年の秋に、校内選考がある」不破は言った。「そこで、勝ち取る」
……。
「あのゲームとは、関係ない」
◇
「……御手洗は」
「わたしも、何もないわ」御手洗はあっさり言った。
「……それ、平気なのか」
「平気よ」御手洗は言った。「わたし、留学するつもりだもの」
……。
「でも」
「森本くん」御手洗は言った。「わたしは、脱落したわ」
……。
「自分で、決めたのよ」御手洗は言った。「あのとき、五百旗頭さんの役割を、暴いたのは、わたし」
……。
「だから、いいの」
◇
……。
俺は、何も言えなかった。
一年近く、気づいていなかった。
こいつらは、何ももらっていない。
なのに、そのことを、一度も言わなかった。
「――で、森本くんは」
五百旗頭が言った。
「……ん」
「あなたは、突破しました」五百旗頭は言った。「報酬の権利があります」
「……ああ」
「使う予定は?」
「……ない」
「なぜ?」
「使い道がない」俺は言った。「志望校もないし、学部も決まってない」
◇
……。
「もったいないわね」御手洗が言った。
「そうか?」
「そうよ」御手洗は言った。「指定校推薦の優先枠って、大きいわ」
……。
「じゃあ、譲れるのか?」俺は言った。
「――譲れません」
五百旗頭が、即答した。
「なぜ」
「そういう制度だからです」五百旗頭は言った。「譲渡は、認められていません」
……。
「もし譲れるなら」五百旗頭は言った。「――脱落する意味が、なくなります」
◇
……。
……あ。
そうか。
「誰かのために脱落して、あとで報酬を譲ってもらう」五百旗頭は言った。「そんなことができれば、ゲームが成立しません」
……。
「だから、譲渡は禁止です」五百旗頭は言った。「――突破した者だけが、受け取れます」
……。
「使わなければ、消えるだけです」
……。
俺の持っている権利は。
使わなければ、ただ、消える。
◇
「それに」五百旗頭は言った。「――もう一つ、重要なことがあります」
「なんだ」
「機会は、一学年に一度きりです」
……。
「一度?」
「はい」五百旗頭は言った。「選抜は、各学年で一回のみ。……二度目は、ありません」
……。
……あ。
……待て。
それは。
◇
「……藤堂」
「はい」
「お前、来年は」
……。
藤堂は、首を振った。
「――ありません」
……。
「一学年、一回だけなので」藤堂は言った。「わたしは、もう、終わりです」
……。
心臓が、冷たくなった。
……終わり。
二年生になっても、三年生になっても。
もう、二度目はない。
◇
そのとき、藤堂が、小さく言った。
「……いいですね」
……。
全員が、藤堂を見た。
「え?」
「あ、すみません」藤堂は慌てた。「その、変な意味じゃなくて」
「……」
「使わなくてもいい、っていうのは」藤堂は言った。「――他に、道があるってことなので」
……。
空気が、変わった。
◇
「……藤堂」
「はい」
「お前は」俺は言った。「――必要なのか」
……。
藤堂は、しばらく黙っていた。
それから、小さく頷いた。
「……はい」
……。
「奨学金か」
「……はい」藤堂は言った。「あと、推薦も」
……。
「うち、あんまり、余裕がなくて」藤堂は言った。「大学に行くなら、奨学金がないと、無理で」
……。
「一般で受けるのも、たぶん、厳しくて」藤堂は言った。「わたし、そんなに、成績よくないので」
◇
……。
誰も、何も言えなかった。
藤堂は、少し笑った。
「だから、選ばれたとき、嬉しかったんです」藤堂は言った。「チャンスだと思って」
……。
「一回しかないって、聞いてたので」藤堂は言った。「――絶対、取ろうって」
……。
「――でも、脱落したのか」
「はい」
……。
「なんで」
……。
◇
「六時間、話し合ったんです」藤堂は言った。「でも、誰も、譲らなくて」
「……」
「みんな、それぞれ、事情があって」藤堂は言った。「一人は、部活の推薦が欲しくて」
「……」
「一人は、成績がぎりぎりで、特別配慮が必要で」藤堂は言った。「一人は、家が、うちより大変で」
……。
「みんな、必要だったんです」藤堂は言った。「――だから、誰も、手を挙げられなかった」
◇
……。
六時間。
誰も、譲れなかった。
それは、冷たいからじゃない。
全員が、必要としていたからだ。
そして、全員が、知っていた。
――これが、最初で、最後の機会だと。
「……それで」俺は言った。「どうなったんだ」
「三時間くらい経って」藤堂は言った。「一人が、言ったんです」
「なんて」
「『誰か、立候補してくれない?』って」
……。
「……それで」
「はい」藤堂は言った。「――わたしが、手を挙げました」
◇
「なんで」
「だって」藤堂は言った。
……。
「――誰も、挙げなかったので」
……。
「時間が来たら、どうなるんだ」
「……全員、脱落です」
……。
空気が、変わった。
「全員?」
「はい」藤堂は言った。「そういうルールでした」
……。
「じゃあ」俺は言った。
……。
「――お前、五人を助けたのか」
◇
……。
藤堂は、答えなかった。
かわりに、こう言った。
「……そんな、立派なものじゃないです」
「立派だろ」
「違います」藤堂は言った。「――ただ、我慢できなかっただけです」
……。
「あの空気が」藤堂は言った。「みんなが、黙ってて、誰も動けなくて」
……。
「それが、つらくて」藤堂は言った。「――早く、終わらせたかっただけです」
◇
……。
御手洗が、そっと藤堂の隣に座った。
「藤堂さん」
「はい」
「――納得しているの?」
……。
藤堂の動きが、止まった。
……。
しばらく、黙っていた。
それから、小さく言った。
「……わかりません」
◇
「わからないんです」藤堂は言った。「わたしが、納得したのか」
……。
「みんな、『ありがとう』って言ってくれました」藤堂は言った。「『ごめんね』とも」
「……」
「それで、全員が納得して、ゲームは終わりました」藤堂は言った。
……。
「……でも」
藤堂は、うつむいた。
「――わたしが、納得したかは、誰も、聞かなかったです」
◇
……。
そのとき。
廊下で、音がした。
足音。
扉が開いて。
和泉さんが、立っていた。
◇
「――何を、しているんですか」
和泉さんは言った。
声が、少し硬かった。
「片付けです」俺は言った。
「終わりましたよね」
「終わりました」
「では、帰ってください」
……。
「藤堂さんも」和泉さんは言った。「送っていきます」
◇
藤堂が、荷物をまとめて、立ち上がった。
その背中を見て。
俺は。
気づいたら、言っていた。
「――和泉さん」
「はい」
「そのゲーム」俺は言った。
「――もう一回、やらせてください」
……。
全員が、俺を見た。
「……何を言っているのですか」
「もう一回です」俺は言った。
……。
「――今度は、七人で」
(第11話 了)




