第10話 危険信号
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第10話 危険信号
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◇
二十二時。
二階の明かりは、まだついていた。
俺たちは、非常階段の下で待っていた。
「――どう思う」
「わかりません」五百旗頭が言った。「ですが、和泉さんが、あそこまで話した理由は、一つしかありません」
「なんだ」
「――介入してほしい、ということです」
……。
「でも、自分では入れない」
「はい」五百旗頭は言った。「規則を作ったのは、あの人自身ですから」
◇
「――だが」
不破が言った。
「なんだ」
「俺たちが入って、どうなる」不破は言った。「部外者だぞ」
……。
たしかに。
「止められるのか」不破は言った。「そもそも、何が起きているのかも、わからん」
「……そうだな」
「入ったところで」不破は言った。「混乱させるだけかもしれん」
……。
それも、その通りだった。
◇
「――でもさ」
ミライが言った。
「なんだよ」
「和泉さんの言い方、変じゃなかった?」
「変?」
「うん」ミライは言った。「あの人、『つぶれます』って言ったよね」
「言ったな」
「『つぶれるかもしれません』じゃなくて」ミライは言った。「――『つぶれます』」
……。
……あ。
「断定してた」
「そう」ミライは言った。「――知ってるんだよ、あの人」
◇
「何を」
「もう、始まってるってこと」ミライは言った。
……。
心臓が、跳ねた。
「今この瞬間、その子が、どうなってるか」ミライは言った。「あの人は、見てるでしょ」
……。
「観測室から」
「うん」
……。
三階の空き教室。床の点検口。
そこから、下が見える。
……和泉さんは、今、そこにいる。
「――見てるんだ」ミライは言った。「今も」
◇
二十二時三十分。
動きがあった。
二階の窓に、人影が映った。
誰かが、窓際に来ている。
「……見えるか」
「逆光で、わかりません」五百旗頭が言った。
人影は、しばらく窓のところにいた。
そして、動かなくなった。
……立っているだけ。
何をしているのか、わからない。
やがて、人影は消えた。
◇
「……なんだったんだ」
「わかりません」
「……気になるな」
御手洗が言った。
「窓際に来る理由は、なんでしょうか」
「外を見たかったんじゃないか」
「なぜ、外を見たいのかしら」
……。
……あ。
それは。
「――助けを、探してた?」
……。
空気が、変わった。
◇
「……いや、待て」俺は言った。「窓は、閉まってるよな」
「はい」
「叫べば、聞こえるんじゃないか」
「二階です」五百旗頭は言った。「閉め切っていれば、かなり大きな声でないと届きません」
……。
「でも、俺たち、真下にいる」
「はい」五百旗頭は言った。「――だから、聞こえるはずです」
……。
聞こえていない。
つまり。
誰も、叫んでいない。
◇
「……なんで、叫ばないんだ」
俺は言った。
「危険ではないからでしょう」五百旗頭は言った。「制度上、あれは安全なゲームです」
「でも、つぶれるって」
「精神的にです」五百旗頭は言った。「――叫ぶような状況では、ないのだと思います」
……。
そうか。
誰も、危険な目には遭っていない。
ただ。
……追い詰められているだけ。
それは、声にならない。
◇
二十三時。
明かりが、消えた。
……。
「え」
「――消えましたね」
「終わったのか?」
「わかりません」五百旗頭は言った。「ですが、和泉さんは、『日付が変わる前に終わる』と言っていました」
「じゃあ、終わったのか」
「かもしれません」
……。
少し、ほっとした。
◇
だが、数分後。
二階の非常口が、開いた。
音がして、俺たちは身を隠した。
……人が、出てくる。
一人、二人、三人。
一年生らしき生徒たちだった。
みんな、疲れた顔をしている。でも、普通に歩いていた。
四人目、五人目。
……。
そして。
それで、終わりだった。
◇
「……五人?」
「五人です」五百旗頭が言った。
「六人いたよな」
「はい」
……。
心臓が、冷たくなった。
五人が、階段を降りていく。
誰も、後ろを気にしていない。
まるで、六人目がいたことを、忘れているみたいに。
◇
「――待て」
不破が立ち上がった。
「どうした」
「あれを見ろ」
不破が指した先。
五人の生徒たちは、階段を降りて、校舎の外へ向かっていた。
その顔が、街灯の下で見えた。
……藤堂は、いなかった。
「……残ってる」
「はい」五百旗頭は言った。「――一人だけ」
◇
「なんでだ」
「わかりません」
「脱落したなら、観戦席に行くんじゃないのか」
「そのはずです」五百旗頭は言った。「和泉さんは、そう言っていました」
……。
「じゃあ、なんで残ってるんだ」
……。
誰も、答えられなかった。
◇
二十三時二十分。
二階の窓に、また明かりがついた。
小さい光。
……懐中電灯か、スマホのライトか。
その光が、ゆっくり動いていた。
部屋の中を。
「……一人でいるのか」
「たぶん」
「なんで」
……。
わからない。
でも。
嫌な感じがした。
◇
「――上がってみましょう」
五百旗頭が言った。
「入るのか」
「いえ」五百旗頭は言った。「廊下までです。中の様子を、確認します」
「鍵は」
「開いているはずです」五百旗頭は言った。「ゲームは終わっていますから」
……。
俺たちは、非常階段を上がった。
錆びた鉄の階段が、少し音を立てた。
◇
二階の廊下。
暗い。非常灯だけが光っている。
旧図書室の扉の前に立った。
……中から、音はしない。
五百旗頭が、そっとノブに手をかけた。
……回った。
開いている。
「……開けますか」
「待て」
俺は、扉に耳を近づけた。
……。
音が、聞こえた。
……小さい音。
何かを、書いている音だった。
◇
……。
心臓が、止まりそうになった。
書いている。
一人で。
暗い部屋で。
……。
十年前と、同じだ。
「――開ける」
俺は、扉を開けた。
◇
部屋の中。
机が一つ、椅子が六脚。
その、隅のほうに。
一人の生徒が、座っていた。
床に。
スマホのライトを、横に置いて。
膝の上に紙を乗せて、何かを書いていた。
……藤堂だった。
◇
藤堂は、顔を上げた。
俺たちを見て、少し驚いた顔をした。
「……あ」
「――大丈夫か」
俺は言った。
藤堂は、慌てて立ち上がろうとして、紙を落とした。
「す、すみません、あの」
「いや、いいから」
「わたし、まだ、片付けが終わってなくて」
……。
片付け?
◇
見ると、部屋の隅に、荷物がまとめてあった。
使い終わった紙、ペン、飲み物の空き容器。
六人分。
「……これ、お前が片付けてるのか」
「はい」藤堂は言った。「わたし、最後まで残る係だったので」
……。
「係?」
「あ、いえ」藤堂は慌てた。「そうじゃなくて、その」
……。
「――誰かが、やらないといけないので」
◇
……。
俺は、床に落ちた紙を拾った。
そこには、こう書いてあった。
『反省点』
『一、自分の意見をもっと早く言うべきだった』
『二、他の人の話を、もっと聞くべきだった』
『三、途中で、感情的になってしまった』
……。
びっしり、書いてある。
十項目以上。
「……なんだ、これ」
「あ、それは」藤堂は、紙を取り返そうとした。「その、自分用の、メモで」
「反省してるのか」
「はい」
「なんで」
……。
藤堂は、少し困ったような顔をして。
それから、言った。
「――わたしのせいで、みんな、大変だったので」
(第10話 了)




