第8話 だから作った
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第8話 だから作った
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◇
土曜日。
……いや、正確には、金曜の夕方から始まっていた。
十七時。旧校舎の裏。
俺たちは、集まっていた。
五百旗頭、御手洗、ミライ、不破、東海林。そして俺。
六人。
「――時間です」五百旗頭が言った。
見上げると、旧校舎の二階に、明かりがついていた。
◇
「入ったのか」
「はい」五百旗頭は言った。「十六時半頃、六人の生徒が入りました」
「確認したのか」
「見ました」五百旗頭は言った。「一階の窓から」
……。
「藤堂さんも、いました」
……。
やっぱりか。
◇
「――で、どうする」
不破が言った。
「待ちます」五百旗頭が言った。
「それだけか」
「それだけです」五百旗頭は言った。「何かが起きなければ、何もしません」
……。
「起きなかったら?」
「――それが、いちばんいいです」五百旗頭は言った。「わたしたちが、ただの取り越し苦労だった、ということですから」
……。
そうだな。
何も起きないのが、いちばんいい。
◇
旧校舎の裏には、非常階段がある。
使われていない、錆びた階段。
俺たちは、その下に座り込んだ。
二月の夜は、寒い。
「……長くなりますか」御手洗が言った。
「わかりません」五百旗頭は言った。「十年前は、三日でした」
「三日?」
「はい」
「――三日、ここにいるのか」
「いえ」五百旗頭は言った。「交代しましょう」
……。
◇
十九時。
二階の明かりは、まだついていた。
動きはない。
「……ねえ」
ミライが言った。
「なんだよ」
「わたしたちのときって、どうだった?」
「どうって」
「最初の日」ミライは言った。「何してた?」
……。
思い出そうとした。
……あの日。
「……たしか、探ってたな」俺は言った。「誰が誰の役かって」
「そうだね」
「あと、日下部が、変な提案してた」
「したね」ミライは言った。「あれ、うざかった」
……。
◇
「……怖かったか?」
俺は聞いた。
ミライは、少し黙った。
「……最初は、怖くなかった」ミライは言った。「わたし、ちょっと変な立場だったし」
「ああ」
「でも」ミライは言った。「――途中から、怖かった」
「いつから」
「……人が、消え始めてから」
……。
「あれ、ほんとに、消えるじゃん」ミライは言った。「一人ずつ」
「ああ」
「あとから、安全だったって聞いたけど」ミライは言った。「――そのときは、知らないもんね」
……。
◇
二十時。
動きはない。
東海林が、コンビニの袋を持って戻ってきた。
「……買ってきた」
「お、悪いな」
中身は、肉まんとお茶だった。
「東海林さん、ありがとう」御手洗が言った。
「……ん」
東海林は、袋から肉まんを取り出して、一つずつ配った。
……そして、ミライの前でも、少し止まった。
「……」
「……」
東海林が、肉まんを差し出した。
ミライは、少し間を置いて。
それから、受け取った。
「……どうも」
「……ん」
……。
それだけ。
でも、五百旗頭が、少し目を見開いていた。
◇
二十一時。
その人は、現れた。
非常階段の上から、足音がした。
俺たちは、身構えた。
……和泉さんだった。
コートを着て、こちらを見下ろしていた。
「――やはり、来ましたね」
……。
◇
和泉さんは、階段を降りてきた。
そして、俺たちの前に立った。
「帰りなさい」和泉さんは言った。
「断ります」五百旗頭が言った。
……。
早い。即答だった。
「なぜですか」
「危険だからです」
「――危険なのは、中にいる人たちでは?」
……。
和泉さんは、少し黙った。
「……あの子たちは、安全です」
「本当ですか」
「本当です」和泉さんは言った。「制度は、変えました。もう、十年前とは違います」
◇
「――どう、変えたのですか」
五百旗頭が言った。
和泉さんは、答えなかった。
「教えてください」五百旗頭は言った。「わたしたちも、経験者です」
……。
和泉さんは、しばらく俺たちを見ていた。
それから、ため息をついた。
「……立ち話も、なんですね」
◇
和泉さんは、非常階段の段に腰を下ろした。
俺たちも、座り直した。
「まず、脱落者です」和泉さんは言った。「必ず、安全な場所に移します。……あなたたちも、経験したはずです」
「観戦席か」
「はい」和泉さんは言った。「十年前は、そうではありませんでした」
「じゃあ、どうだったんですか」
「――脱落しても、部屋に残されました」
……。
空気が、変わった。
◇
「……残された?」
「はい」和泉さんは言った。「『脱落』とは、記録上の扱いにすぎませんでした」
……。
「つまり、負けた人も、そのまま部屋にいたと」
「そうです」和泉さんは言った。「三日間、六人が、同じ部屋にいました」
……。
「勝ち残った人と、脱落した人が」
「はい」
……。
ぞ、と、した。
それは。
……逃げ場がない。
◇
「他には」
「時間です」和泉さんは言った。「十年前は、三日間でした。今は、最長でも一日です」
「一日」
「はい」和泉さんは言った。「日付が変わる前に、必ず終わります」
……。
「あと、監視です」和泉さんは言った。「観測者には、鍵を渡します。そして、緊急時には、必ず介入します」
……。
「あなたのときも、そうでした」和泉さんは言った。「――もし、誰かが本当に危険な状態になっていたら、私が入っていました」
◇
「……そうだったんですか」
「はい」
……。
知らなかった。
あのとき、外に、誰かがいたのか。
「――もう一つ、変えました」和泉さんは言った。
「なんですか」
「――観測者は、生徒には、やらせません」
……。
「十年前は、生徒会の書記が担当していました」和泉さんは言った。「私が、それでした」
「……はい」
「今は、教職員が務めます」和泉さんは言った。「鍵を持ち、権限を持つ、大人が」
……。
「なぜ、変えたんですか」
和泉さんは、少し黙った。
それから、言った。
「――子供に、あの判断をさせては、いけません」
◇
……。
誰も、何も言えなかった。
十年前、和泉さんは高校生だった。
鍵を持たず、権限もなく、規則を破る勇気もなく。
そして、六人が死んだ。
「……だから、五百旗頭は」
「はい」和泉さんは言った。「五百旗頭さんは、生徒会の書記ですが、観測者ではありません」
……。
「あの役目は、もう、生徒には渡しません」和泉さんは言った。「――誰にも」
◇
「――でも」
五百旗頭が言った。
「はい」
「あなたは、入りませんでしたね」
……。
和泉さんの動きが、止まった。
「わたしたちのときも」五百旗頭は言った。「――一度も、入りませんでしたね」
……。
「……必要が、ありませんでした」
「本当ですか」
「本当です」
◇
「――脱落者が出たとき」五百旗頭は言った。「わたしは、かなり動揺していました」
「……」
「日下部くんが消えて、御手洗さんが消えて」五百旗頭は言った。「わたしは、自分の推理が間違っているのではないかと、怖くなりました」
……。
「あのとき、わたしは、泣きそうでした」五百旗頭は言った。「――でも、あなたは、入ってきませんでした」
……。
和泉さんは、答えなかった。
「基準は、どこですか」五百旗頭は言った。「どこまでが『必要ない』で、どこからが『必要』なのですか」
……。
◇
長い、沈黙があった。
やがて、和泉さんは、言った。
「……決めています」
「何を」
「介入の基準です」和泉さんは言った。「怪我。体調不良。暴力。……そういったものです」
「精神的な負荷は」
「……含まれません」
……。
「なぜですか」
「――測れないからです」
……。
◇
「怖い、つらい、苦しい」和泉さんは言った。「それは、記録できません」
「……」
「それを基準にしたら」和泉さんは言った。「――このゲームは、成立しません」
……。
「じゃあ」俺は言った。「怖いだけなら、放置ですか」
……。
和泉さんは、俺を見た。
そして、静かに言った。
「――そうです」
◇
……。
誰も、何も言わなかった。
二月の夜は、寒かった。
上を見ると、二階の窓に、まだ明かりがついていた。
中で、六人が、何かをしている。
……怖い思いを、しているかもしれない。
でも、それは、基準に入っていない。
◇
「――和泉さん」
御手洗が言った。
「はい」
「あなたは、それでいいと思っているの?」
……。
和泉さんは、答えなかった。
「メモを、見ました」御手洗は言った。
……。
和泉さんの、肩が動いた。
「『まだ、変えられていません』」御手洗は言った。「――そう、書いてありました」
……。
「何が、変えられていないの?」
……。
和泉さんは、うつむいた。
そして、言った。
「――私、です」
(第8話 了)




