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042 家族の誓い

 その後、役人たちはその言葉通り、ランドール村の様子を観察してその日のうちに去っていった。


 その日の夕食は、ちょっと沈んだ雰囲気から始まった。


「マズいことになったかもしれん……」


 沈黙を破るように、そう呟いたのはお父さんだった。


「辺境伯は何て言ってきたんだい?」

「うむ……」


 おばあちゃんが問うと、それに対して深刻そうに頷くお父さん。


「役人たちは村の視察だと言っていたが、オレは本当は違うんじゃないかと思った。セシリアはどう感じた?」

「わたくしも同じ感想です」

「やはりそうか……」


 両親の視線が僕に向く。


「あう?」


 僕?


「まさか、クラークが狙いかい!? あんのクソガキが!」


 おばあちゃんが今まで見たこともないほど怒りを露わにしていた。


「お袋、落ち着いてくれ」

「これが落ち着いていられるかい!? アドルフ、あんたちゃんと断ったんだろうね?」

「そりゃ断ったさ。なあ?」

「はい。ですが、辺境伯が諦めるかは……」


 お母さんの言葉で、再び沈黙が落ちる食卓。


 僕は貴族の階級とかはよくわからないけど、たびたび話題に上がる辺境伯がお父さんよりも偉いというのは嫌でも感じている。


 自分より偉い人に命令されたら断れないってことなのかもしれない。


 だから、みんなの表情が暗いのだ。


「なあ、クラーク……」


 お父さんが、ものすごく暗い顔で言いづらそうに口をもごもご動かす。


「お前はどうしたい? まだどういう条件になるかはわからんし、クラークをどこまで本気で狙っているかはわからんが、条件が良かったら……。辺境伯とこの子になるか?」

「え……?」


 僕は、お父さんが何を言っているのか、一瞬本気でわからなかった。それだけ僕にとって衝撃的だったのだ。


 僕が、辺境伯の子になる?


 それは、お父さんたちと家族の関係が切れちゃうんじゃないの……?


 お父さんたちと家族じゃなくなる。そう考えただけで勝手に目から涙が溢れてきた。


「あなた!?」

「アドルフ!」


 お母さんとおばあちゃんにとってもお父さんの言葉は衝撃だったのか、お父さんを責めるように声を荒げる。


「オレだって嫌ださ!」


 お父さんが吠えるように叫ぶ。そこには魂を揺さぶるような本心が乗っているような気がした。


「でもな! 命令されたら、オレたちにできることはそう多くはない! それに、だ! クラークの才能はこんなクソみたいな辺境で腐らせてしまってもいいのか⁉ それなら、嫌だけど! 嫌だけど、辺境伯の所に送った方が、クラークの将来のためにはいいかもしれないじゃないか……」


 気が付けば、お父さんの目から一筋の輝くものが流れてきた。


 泣いてるんだ。


 目の前の山賊の親玉のような大男が、僕と別れたくないと涙を流している。


 それでも、真摯に僕のためを思って、僕の将来を考えて、自分にとって一番辛いはずの選択肢を自分から提示している。


「あなた……」

「アドルフ、あんた……」


 お父さんの慟哭にお母さんもおばあちゃんも言葉を失っていた。


「でも、決めるのはオレたちじゃない。クラークだ! クラークはどうしたい? クラークがこのままここで暮らすのは難しいかもしれない。そして、辺境伯の所に行った方が、クラークの将来のためにはいいかもしれないんだ。この辺境じゃロクに教育もできないしな。クラークは頭がいい。正直、この辺境にいるべきじゃないかもしれない。そのことを、自分のことを最優先に考えて――――」

「やー!」


 真剣に話すお父さんに向けて、僕は持っていたスプーンを投げつけた。


「うお!?」

「やー! やー! やー!」


 そのまま、感情のままに目の前のテーブルを両手でバチバチ叩く。手が痛くなるけど知ったもんか! これ以上、お父さんに話してほしくない! もう自分の言葉で自分のことを傷付けるのを見ていられなかった!


 それ以上に、僕の気持ちを知ってほしかった。


 家族のみんなと離れ離れになる? 家族の関係が消えちゃう?


 そんなの絶対に嫌だ!


 しかも、僕が辺境伯の所に行く? 絶対嫌だよ!


「やー! やー! やー!」


 だから、僕は泣きながら叫ぶ。それは、僕の魂の叫びだ。


 たとえお父さんが何と言おうとも、絶対に拒否の構えである。


「やー! やー! やー!」


 泣きながらテーブルを叩いて訴えていると、その両手が大きな手と小さな手によって優しく受け止められた。


「クラーク……」

「クラーク……!」


 いつの間にか、僕はお父さんとお母さんに両サイドから抱きしめられていた。


「そうですよね! わたくしもクラークと離れるのは嫌です!」

「クラーク……。すまなかった。オレも決してクラークのことが嫌いになったわけじゃないんだ。なんとか、辺境伯の命令を断れる道を探そう!」

「うぅ……。あー!」


 両親が、僕と離れたくないと言ってくれる。


 そのことが堪らなく嬉しくて、僕はさらに大きく泣き出してしまった。


 そんな僕の頭をおばあちゃんが撫でる。


「そうだねえ。最初から諦めてたら、道なんて見つかるわけがない。皆で探していくんだよお」


 お父さんとお母さん、そして、おばあちゃんの目にも光るものがあった。


 この日、僕たち家族は離れないと誓ったのだ。

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