第3話:宮廷魔術師の嫉妬と新たな勅命
バルコニーに吹き抜ける風が、凍りついた空気をゆっくりと溶かしていく。最初に我に返ったのは、国王テオドールだった。
「見事だ! 実に見事だぞ、【奇跡の調停者】よ! 誰一人傷つけることなく、血の一滴も流さず、神の使いに穏便にお引き取り願うとは! まさに奇跡よ!」
王の称賛を皮切りに、周りの貴族たちからも感嘆の声が漏れ始める。だが、一人だけ、その結果を素直に認められない男がいた。大法師ヴァレリウスだ。
「ま、お待ちください、陛下!」
彼は悔しさと屈辱に顔を歪ませ、声を張り上げた。
「結果は認めましょう。しかし、このような小細工…いや、偶然の産物で国の一大事を解決したなどと、前例にしてはなりません! 国の安寧は、体系化された魔法と、長年の研鑽によって守られるべき。このような、信頼性の欠片もない、その場しのぎの『運』に頼ることなど、断じてあってはならない!」
彼の必死の訴えは、正論でもあった。俺の力は、あまりにも不確実で、再現性がない。
だが、王はヴァレリウスの言葉を穏やかに遮った。
「大法師よ。そなたの言うことも分かる。だが、結果が全てだ。そなたたちが誇る体系化された魔法で手も足も出なかった問題を、この若者は『運』と『発想』だけで解決してみせた。我々が学ぶべきは、その柔軟さではないのか?」
王の言葉に、ヴァレリウスはぐうの音も出ず、唇を噛みしめる。その瞳には、俺に対する純粋な嫉妬と敵意の炎が燃え上がっていた。
謁見が終わった後、俺とセリアは別室へと通された。そこには、国王テオドールが待っていた。
「二人とも、大儀であった。…さて、ヒロトよ。お主には、正式に我が国の官職についてもらいたいと考えておる」
「官職、ですか?」
「うむ。【王室付き特命調停官】。お主のその奇想天外な力で、この国が抱える『通常の方法では解決不可能な問題』を解決してもらう。もちろん、破格の報酬と地位を約束しよう」
王は、そこで一度言葉を切り、深刻な表情になった。
「実はな、聖獣の飛来は、ただの始まりに過ぎんかもしれんのだ。ここ数ヶ月、国中で奇妙な魔力異常が観測されておる。機能しないはずの古代遺跡が夜な夜な光を放ったり、未知の魔物が現れたり…。原因は、全く分からん」
王は地図を広げ、いくつかの場所に印をつけた。
「大法師には、これらの現象を魔法的な見地から調査させている。だが、それだけでは足りん。お主には、その常識にとらわれぬ『眼』で、これらの謎を解き明かしてもらいたいのだ」
それは、国王直々の勅命だった。
「…謹んで、お受けいたします」
こうして俺は、Fランクの冒険者から、一気に王宮に仕える特命調停官へと出世した。
王宮を後にする前、俺はいつものように、一日の始まりの儀式を済ませた。今日のスキルは――
【半径1メートル以内にある水晶やガラス製品に、一度だけ、ピシッと小さなヒビを入れることができる】
だった。一見、またしても使い道のない、ただの嫌がらせスキル。
だが、俺の頭の中には、王が地図上で指し示した最初の目的地――クリスタル採掘が盛んな鉱山の街、「ティンバーグ」の光景が浮かんでいた。
「さて、行こうか、セリアさん」
「ええ。お手並み拝見とさせてもらうわ、【特命調停官】殿」
俺たちは新たな相棒として、王都の門をくぐった。奇跡の調停者の次なる仕事の舞台は、輝く水晶の街。そこで待ち受ける、新たな謎とは一体何なのか。




