第2話:聖獣の不機嫌とベタベタする石
王宮の一室で夜を明かした俺は、朝日と共にいつもの電子音で目を覚ました。国中の期待が、俺の今日のガチャ運一つにかかっているのだ。プレッシャーが半端ない。
「…どうなの、ヒロト。今日のスキルは?」
「今引くところだよ」
俺は深呼吸し、脳内のガチャを回した。カプセルが開き、表示されたスキルは――
【指定した場所の表面を、1時間だけ、ほんの少しだけベタベタさせる】
「……」
俺がスキル内容を伝えると、セリアは額に手を当てて天を仰いだ。
「ベタベタさせる…? それで、あの聖獣をどうにかできるとでも言うの…?」
「普通は無理だろうな」
だが、俺の頭の中では、すでに一つの突拍子もない作戦が形になりつつあった。俺はセリアに手伝ってもらい、作戦に必要なものを王宮の魔術師たちに用意させた。
「小石を三秒だけ浮かせるスキル?」
「マッチの火を消す程度の風を起こすスキル?」
「それに、この小さな魔力水晶…? 小僧、貴様、我々を愚弄しているのか!」
大法師ヴァレリウスは、俺の要求した「素材」を見て、怒りで顔を真っ赤にした。
俺たちは、グリフォンが巣食う尖塔がよく見える、王宮のバルコニーに立っていた。グリフォンは気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。悪意はない。ただ、この場所が気に入っているだけだ。ならば、やることは一つ。
「この場所を、なんとなく居心地の悪い場所に変えてやればいい」
俺は用意した小さな魔力水晶を、左手の手のひらに乗せた。まず、【3秒だけ小石を浮かす】スキルを発動。水晶がふわりと宙に浮く。すかさず、【マッチ棒の火を消せる程度の風を起こす】スキルを発動。小さな風が、浮遊する水晶の背中を、そっと押した。
ふらふら、よろよろ。俺の生み出した、あまりにも頼りない飛行物体は、バルコニーから尖塔に向かって、カタツムリのような速度で飛んでいく。セリアも、ヴァレリウスも、王さえも、言葉を失ってその光景を見守っている。
数分後、小さな水晶は、コトリ、と音を立てて、眠るグリフォンの巣のすぐそばに着地した。グリフォンは一瞬だけ目を開けたが、気にも留めず、再び眠りについた。
「よし…!」
俺は最後の仕上げに、今日のスキルを発動した。対象は、尖塔に着地した、あの小さな水晶。スキルが発動した瞬間、水晶とその周囲の床が、目には見えない粘着性を帯びた。
バルコニーは、失望のため息に包まれた。ヴァレリウスが「やはり、時間の無駄であったか!」と声を荒らげた、その時だった。
グリフォンが、寝返りを打った。その時、その神々しい黄金の尾羽の先が、俺が仕掛けたベタベタゾーンに、ぺたり、と触れた。グリフォンは、ほんの少しだけ不快そうな表情を浮かべた。次に前足を動かすと、その足の裏にも、ぺたり。
「グルルルル…」
不機嫌そうな低い唸り声を上げると、聖獣は自分の巣が、なんだかよく分からないが、とにかく居心地が悪くなっていることに気づいた。そして、この不快な寝床に未練はないとばかりに、大きく翼を広げた。
バサッ!という力強い羽ばたきと共に、グリフォンは空へと舞い上がる。王都の上空を一度だけ大きく旋回すると、まるで「もう来ないぞ」とでも言うかのように一声高く鳴き、遥か東の山脈へと、一直線に飛び去っていった。
後には、静まり返った王都と、口をあんぐりと開けたまま固まっている王侯貴族たちだけが残された。
大法師ヴァレリウスが、震える声でつぶやいた。
「…馬鹿な。聖獣が…ただ、居心地が悪いというだけで…飛び去った…?」
俺は、ふぅ、と息をついた。どんなに神聖で気高い存在だって、寝床がベタベタしたら、嫌なものは嫌なのだ。こうして、王都の危機は、またしても俺のハズレスキルによって、誰一人傷つくことなく解決されたのだった。




