『暫定妻』 疑惑 1
「は~。お疲れ様。やっと1日が終わったね。今日も色々あり過ぎた。風呂に入って、早めに休もうかな」
「あい、お疲れ様なのじゃ。確かに色々やっておったようじゃの。『暫定妻』も1人増えたしの。
それより、食事会の前に、既に950万エーン分も使っておったとはの。何に使えばそんなに早く無くなるのじゃ。わしらは、2日で3万エーンしか使えんかったというのにの」
「はい。お疲れ様でした。そうですよね。もう1人『暫定妻』が増えましたから、大変でしたよね。
それより、私も気になります。何に使えば、1日で950万エーン分も無くなるのですか? そっちの方を詳しく教えて下さい」
それよりって、『暫定妻』って言う名前も凄いけど、扱いが少し冷たい気がするのは、それこそ気のせいか? リーンだけに? 《冷風》的な? 金遣いが荒い事の方が問題としては大きいのかな。うーん。どうでしょう? おっ。久しぶり。長嶋さん?
きちんと説明会しましたよ。チキンなオイラは、デリケート。誤解のないように、間違いのないように、2人にも分かってもらえるように、お好きな順番通りに丁寧に。
事前に伝えてはあったけど、打ち上げ会場でビール造りに意気投合していた、ドワーフのモルットリーの事。
色々飲ませてもらって、沢山お酒を買ってきた事。ついでに、色んな製造現場を見せてもらった事。
隠してもしょうがないし、別に悪い事をしてきた訳でもないかから、建物の補修という名目の、大規模リフォームをしてきた事。
俺好みのビールを造る為に、設備投資と材料費、人材への投資をガッツリしてきた事。その金額が、全部で850万エーン分。
この町にある『格付け』の事。『土魔法の匠』という二つ名は、1種の『ブランド』でもあった事。『モルットビール』のネーミングセンスと代替え案の依頼。
熱い職人集団、ドワーフ達の事。漢と書いて、男と読む事。いつになるかは分からないけど、ビール造りが軌道に乗り、それなりの目処が立ったら、俺達がこれから作ろうとしている、『みんなが安心して平和に暮らせる場所』まで、その熱い漢達がやって来る事。
実際に俺が作りたいモノを見てもらう為に、その場でバーベキューした事。
『ジャンビー姿焼き』を作る為の、『ジャンタケプレス』の作成依頼をした事。その金額が100万エーン分。これまた商品名の代替え案の依頼もね。
はい。これで合わせて950万エーン分だよ。なかなかのものでしょ? えへへ。アリーの真似。ドガッ! ぐっ!
「そうだった。仮名『ジャンビー姿焼き』。少し持ってきたから、食べてみる? こんな感じのモノを作りたいんだよね。どう? 売れそうかな?
いつもみたいに、普通に素焼きするだけでも美味いけど、こうやって押し潰してやって、カリッカリにしても美味いと思うんだよね? どうかな?
食感も変わるから、その時の気分とか、お好みに合わせて食べ分ける事もできると思うんだよね。俺は美味しいと思うけど?」
「ぐっ、この香り。……い、いかんのじゃ。これは後で試食してみるのじゃ。今は、『フラナガン・マネー』の使い道の方が先なのじゃ。『妻』としては、旦那様の事は、しっかり把握しておかねばならんのじゃ。
ふー。とんだ誘惑だったのじゃ。まあ、金の使い道は、ほとんど『酒』関係という訳じゃったのじゃな。まあ、旦那様がやりたいという事なら、反対するつもりはないのじゃが、何か、この仮名『ジャンビー姿焼き』を出されて、誤魔化されているような気もするのじゃ。
ふむ。アリー、これは、気のせいなのかの?」
「はい。そうですね。『妻』としては、旦那様の事をしっかり理解しておかないといけません。やっぱり、使った先のほとんどが『お酒』関係でした。私も、旦那様がやりたい事なら反対しません。
でも、言われてみれば確かに、この新しい感覚の食べ物で誤魔化されてるような気もします。ミラさん、何ででしょうか? 私にも分かりません」
「え? 別に、何かを誤魔化してるつもりはないよ? そんな、2人に誤魔化す事なんて無いしね。
『お金』の使い道は、その経緯も含めて、きちんと報告したつもりだし。この、仮名『ジャンビー姿焼き』も、実際に食べてみないと判断てきないでしょ?
だから2人にも食べてもらおうと思って、わざわざお持ち帰りしてきたんだよ? 2人とも、どうしたの? いつものミラとアリーらしくないよね」
何か意外? オイラ、そんな風に思われていたのかな? 誤魔化すなんて、する訳がないじゃないかぁ。本当かな? やましい事なんて無いけどな? 無いよね?
指輪が、黒から金色に変わったのに、何かショック? 腹黒認定は回避されないの? オイラ、デリケートなんだよ? 泣いちゃうよ?
ちゅん、ちゅん、ちゅん
それだぁ! ドガッ! ぐっはぁっ!
「ま、まあ、確かに、誤魔化す必要は全くないからの。この報酬も、旦那様が自由に使っていい分なのじゃ。わしらも貰っておるからの。しっかり報告も聞いいておるし、何の不満もないはずなのじゃ。
それに、わしらにも食べて判断できるようにと、わざわざ仮名『ジャンビー姿焼き』をお持ち帰りしてきてくれたのじゃ。こんなに優しい旦那様はおらんと思うのじゃ。
それなのに何でかのう、おかしいのう」
「はい。確かにその通りです。旦那様が誤魔化す必要は全くないですね。しっかり話もしてくれました。私も、旦那様に不満なんてありません。あるはずがありません。
新しい調理をした、仮名『ジャンビー姿焼き』までわざわざお持ち帰りしてきてくれました。これも嬉し過ぎます。ちゃんと私達の事を考えてくれているという事です。
それなのに、どうしたんでしょうか? おかしいです」
えー。何それ。俺の方が恐いんですけどね?
「えーっと、何だろうね? 俺の方が知りたいくらいだよ? 俺は、やましい気持ちなんてないし? 2人の事を大切に思ってるよ? その気持ちに変わりはないと思う。
変化があったと言えば、『リーン』の事くらいかな? 2人とも『暫定妻』とか言ってるし? それと何か関係してるとか?」
「……はっ。そうかも知れんのじゃ。リーンの『暫定妻』問題があったのじゃった。それで、気持ちがモヤモヤしておったのかもしれんのじゃ。それで、何かスッキリせんかったのじゃ。
ふむ。旦那様。今のうちに確認しておくのじゃが、他にもまだ、『心当たり』はあるのかの? 旦那様に思いを寄せるような相手は、まだ他にもおるのかの?」
「あっ。それかもしれないです。私も、それは気になってました。新しい『疑惑』の問題です。そうですよ。旦那様。他にも、そういう相手に『心当たり』はあるんですか? まだまだ『疑惑者』は増えそうなんですか?」
えー。何それ。そうくるか。リーンの『暫定妻』の話から、そっちに行っちゃうの? それって、ヤキモチ? 疑心暗鬼の嫉妬心? それで疑り深くなってたの? 俺の言動に?
「え、えっと、よく分からないけど、恥ずかしい話、これまでに、そういう関係の深い相手は居なかったと思うよ? 多分、こんなに長い間一緒に過ごしてた相手は、ミラが初めてだったし、アリーの家族以外とは、深い繋がりもないからね。ははは」
「おお。そうかの。長い間一緒に過ごしたのは、わしが初めてなのじゃな。ふふふ。それなら安心なのじゃ。それに、深い繋がりがあるのも、アリーの家族だけなのじゃな。ふむ。それなら、尚更安心じゃ。
『疑惑者』問題は、今回のリーンの件でお仕舞いかもしれんのじゃ。これから出会う女性に、わしらが気を付けておけば良だけじゃしの。ふふふ。今日も、良い夢が見られそうなのじゃ。良かったのじゃ」
「はい。色々良かったです。旦那様の昔の事は、何とも分かりませんから。でも、そういう事なら安心です。これからの事なら、私達が気を付けておけば良いですから。えへへ。
それに、私の家族とも深い繋がりがあるって言ってもらえて、凄く嬉しいです。私も、今日は良い夢が見られるかもしれません。楽しみです」
おう。それで良いのか? オイラの悲しい過去の物語なんて、物語る事なんてないんだよ? べ、別に寂しくなんてなかったんだからね? ちゅん、ちゅん。泣いてみた?
あっと。そう言えば、女性とは言えないけど、『エコー』が居たのかな。少しの間とは言え、一緒に旅をした仲だ。前にエコーの話はしてあるからね。これも隠してる訳じゃない。うん。女の子ってのは気付いてなかったけど? 一応伝えておかないとマズいのか? この流れ?
「あ、あのさ、今更言いにくいんだけど、思い出した子が1人居た。オデルローザの宿屋で、パブロ達も居る時に話してあったと思うんだけど、いろんな報告をしている中に、『エコー』って子の話をしたのを覚えてる?
経緯も分からず、不幸にも『奴隷狩り』に遭っちゃった子供が居たって話。それも、本当にたまたま街中で出会って、なぜか教会からの依頼って形で、その子を『王都』の奴隷商館まで連れて行った話なんだけど、覚えてる?」
「おお。勿論覚えておるのじゃ。許せん『奴隷狩り』の話じゃったからの。確か、首輪をはめられただけの状態で、王都の奴隷商館で首輪は外してもらったと聞いたのじゃ」
「はい。私も、覚えています。憎っくき『奴隷狩り』の話でしたから。確かその時は、奴隷商館の支配人さんから、その子は、まだ教会で元気にしていると教わったと言っていたかと思います。まだ子供だから、教会でお手伝いしながら保護されているって聞きました」
「うん。そうなんだ。その通り。それでね、恥ずかしながら、俺は全然気付いてなかったんだけど、その子は実は、女の子だったんだって。セバイスさんから、俺が助けたのは『女の子』だったって聞いて、びっくりしたんだよね。
ただ、もう終わった話だし、男女の区別も付かなかったっていう気まずい気持ちもあって、わざわざ話してなかったけど、関わりがあった『女性』? 『女の子』って言えば、その『エコー』が居るんだよね。ははは。
あんまり関係ないと思うけど、一応? 念の為? 2人には話しておいた方が良いかなぁと思ってね?」
「ほう。確かに、その話は聞いていたのじゃが、その『エコー』という子供は、女の子じゃったのじゃな。全然気付いてなかったというのが、何ともタビトらしいのじゃが、一緒に2人だけで旅をしておった事にはなるからのう。しかも泊まり掛けじゃったはずなのじゃ。ふむ。女の子のう。どう思うかの、アリー?」
「はい。その話は、確かに皆で聞きましたけど、女の子だったんですね。『エコー』ちゃん? 全然気付いてなかったというのは、タビトさんらしいですけど、ちょっと可哀想です。子供とは言え、女の子なんですよ?
それに、泊まり掛けの旅をしていたのなら、普通なら気を使う所もあったんじゃないかと思います。そこの所はどうなんでしょうか?」
「ふむ。確かにのう。子供とはいえ、女の子である事には間違いないのじゃ。タビトよ、そこの所はどうなのじゃ。その子の事は、どう思って接しておったのじゃ?」
「はい。そこは気になります。どう思って接していたのてすか、タビトさん?」
「えー。どう思ってなんて。難しいなぁ。普通に? 子供として接してきたつもりなんだけど、エコーは、声が出せずに、言葉を話せなかったからね。2人で取り決めをして、ジェスチャーで意思の疎通を図ってたんだよね。ちゅんちゅん鳥にやってたようなやつね?
俺の言う事をきちんと理解してくれて、大人しく付いて来てくれてたし。なんの問題もない旅だったよ? 運良く乗り合い馬車も定員となって、すぐに出発する事になったからね。
泊まり掛けって言っても、1泊2日の馬車の旅で、途中のサウンの町の宿屋で1泊したけど、次の日も朝早いからすぐに眠っちゃったし、取り立てて話すような事もなかったと思うよ?
それなりの金額はしたけど、護衛も付いての安心安全な馬車の旅だったし、他の人も居たから、何もする事がなくて退屈だったってだけで、思ったよりは快適な? 旅だったかな」
「ほう。それくらいかの? それくらいなら、特に問題はないようじゃが、他には何もなかったかの? まさか、一緒にお風呂に入ったりはしてないじゃろうな?」
「はい。今までの話なら、特に問題はないと思いますけど、そこは私も気になりました。子供だからと言って、一緒にお風呂に入ったりしてないですよね?」
「ぐっ。ちょっと恐いよ? 2人とも。そもそも、サウンの町の宿屋に、お風呂場なんてなかったし、魔法も使ってないからね。そこは安心して欲しいかな? ははは。でも、子供と一緒にお風呂に入っちゃダメなの? なんの問題もないと思うんだけど?」
「何を言っておるのじゃ旦那様。わしらでも、まだ一緒にお風呂に入っておらんのじゃぞ。いくら子供と言えども、女の子には違いないのじゃ。『妻』としては、そこは譲れんのじゃ。
旦那様と一緒にお風呂に入るのは、わしが1番最初なのじゃ。旦那様の背中を流すのが、『妻』の務めなのじゃ。ふふふ」
「はい。そうです。いくら子供とは言え、女の子は女の子です。旦那様と一緒にお風呂に入って良いのは『妻』だけです。私も2番目で良いですから、一緒にお風呂に入って、旦那様の背中を流したいです。えへへ」
えー。何か話が変な方向に行ってるよ? 嬉しいよ? じゃあ、一緒に入っちゃう? ぐっはー! こんなデリケートなオイラが、こんな可愛い妻達と一緒にお風呂に入るなんて、できる訳がない! 不可能だ! 俺はチキンだぁ! はぁはぁはぁ。
「ちょ、ちょっと待ってよ2人とも? そもそも、『エコー』と一緒に旅をしたのは、ミラに出会う前の話だよ? それもおかしいよね? ミラとアリーと結婚する前の話だからね? だから、その出会う前の事を言われても、仕方ないよね? お風呂も一緒に入ってはないんだし?」
「ぐっ。そうじゃった。タビトが『エコー』とやらと会っていたのは、わしと出会うよりも前の話じゃったのじゃ。これは、何か嫌な予感がするのじゃ。
わしと出会う前の事じゃから仕方がないのじゃが、これは、わしより先に、一緒に2人で旅をした『女性』が居たという事になるのじゃな。子供とは言え、何か負けた気がするのじゃ」
「はっ。そうですね。これは、そう言う事になってしまいます。私達と出会う前の話ですから言っても仕方ないですけど、女の子でも『女性』ですからね。確かに、言われてみると何か負けた気がしてきます」
「えー。ちょっと待ってよ。また待って? 相手は子供だよ? 子供相手に、勝ったも負けたもないでしょ? 競う所がおかしいよ?
俺は、自慢じゃないけど、男の子だと思ってたくらいだからね。つい頭を撫でてしまった事はあったかもしれないけど、それだけだよ? 短い付き合いだったけど、一緒に旅をした仲としての認識しかしてないからね。誤解しないでね?」
「全くじゃ。そこは自慢する所ではないのじゃ。男と女の区別も付かんとはの。子供と言えども1人の人間じゃ。しかも、よりにもよって、つい頭を撫でたじゃと? 既に『エコー』の頭を撫でておったのじゃな?
はあ、これもまた負けてしまったのじゃ。頭を撫でられたのは、わしが1番じゃと思っておったのに、残念じゃ。はあ」
「はい。その通りです。子供とは言え、1人の人間である事に変わりはないですから。自慢じゃないのも、その通りでしたけど、またまた出ましたね、新事実。
既に頭を撫でていた『女性』が居ましたか。はあ。残念です。それでは私は、実質『3番目』に頭を撫でられた事になるのですね。また負けました。はあ」
えー。そこにも順番があるの? 大丈夫なの? 何それ? この人達ヤバい人? それともこれは、愛の証なの?
自慢する所じゃないって、何気にディスりもキツいんですけど? まあ、俺が悪いのか。でも、つい頭を撫でてしまった事は何回もあったよな? 難解だ?
「あのさ、『エコー』も賢い子だったから、ちゃんと分かってたと思うよ。俺にそう言う感情はなかったからね。子供として、警護対象として接してたから。
最後に、考え方ひとつでとらえ方も変わるから、現状に悲観しないで前向きに生きていって欲しい、みたいな事は言ったけど、穏やかな笑顔で別れたよ? 祈りの仕草で感謝を返してくれてたよ?
それに、そういう順番は、今はいいんじゃないのかな。オレにとっての1番は、ミラとアリーだよ? 2人とも、俺の1番だからね。それで良いんじゃないのかな?」
「ぐっ。最後の『祈りの仕草で感謝を返してくれた』と言うのが何か怪しい気もするのじゃが、確かに、タビトの言う通りかもしれんのじゃ。以前の事をいつまでも気に掛けても仕方がないからの。それに、少し考え過ぎじゃったかもしれんのじゃ。もう会う事もないかもしれんしの。
ふむ。わしとアリーが1番か。確かに、その言葉だけでも嬉しいものじゃな。ありがとうなのじゃ、旦那様」
「そうですね。その感謝の『仕草』、少し怪しいかもしれませんが、タビトさんの言う通りですね。私も考え過ぎでした。順番についても、ミラさんと私が1番なら、それはそれで凄く嬉しいです。ありがとうございます。旦那様」
「うん。分かってくれて嬉しいよ。勿論、やましい気持ちはなかったからね? しつこいようだけど、男の子だと思ってたくらいだからね? そこの教会のシスターさんも何も言わなかったから、気にもしてなかったんだよね。ははは」
「はっ! 『シスター』という、新しい『女性』の単語まで出てきたのじゃ。これは、もしかするともしかするのじゃ。アリー、どう思うのじゃ?」
「はっ! 確かに、『シスター』も『女性』です。これは、もしかするとがありますね。ミラさん。どう思います?」
げっ! 更に油を注いだか? ようやく鎮火しかけた炎が、また燃え上がる? 嫉妬と言う名の炎は恐ろしい? ミラの炎も怖ろしい?




