絵を描くこと
「絵を描いて、心をすっきりさせましょうよ」
美月先生は言った。
先生には私の心が見えているのか。
話すどころか、見たことも数少ないのに。
ケースから5色取り出し、パレットに絵の具を捻り出していく。
まず黒色を出し、次に紺。藍色を出し、青色を出す。最後に白を出して、ケースにしまった。
これは私の思いだ。
昨日この世界に飛ばされた思い。
教えるたちは場にいなければいけない教師に追いかけられる思い。
帰りたい思い。
心の深いところでは、闇夜に浮かぶ月を見ているからそれしか描けないのかもしれない。
筆を水につけ、絵の具をすくって広い部分に塗りつけた。
再び筆を水につけ、またパレットに垂らしていく。
横に開いたスケッチブックの1ページ目に、黒を落とす。
ぐしゃぐしゃと筆を動かし、黒の世界を広めていく。
美月先生は、私の絵の具の扱い方や描き方に文句ひとつ言わず、黙って向かいの席で私の描く様子を見ていた。
私はそれを気にせずに夢中で絵の具をスケッチブックに広げた。
描き終わった時は、描き初めから30分経過していた。
ふぅ、と息をついて改めて自分の絵を見る。
左下は真っ黒だが、左上へと上がるにつれて白く輝く様を描いたのだと思う。
自分の事なのによくわからない。
美月先生は口元だけに笑みをたずさえ、目を伏せ私のスケッチブックを手に取った。そしてページを破る。
「乾かしておくから預かってもいいかしら」
私はなにか嫌な予感がするものの、乾かすためなら仕方ないと頷いた。
美月先生は紐が吊るされた黒板へ向かうと、小さな木製クリップで挟んだ。
続けて絵の具も片付け始め、私も手伝おうとしたら手を伸ばされた。
触れられたら、捕まることになる。
すぐに手を引っ込め、美月先生の顔を見る。
「美術室から出ていいわよ。今度は逆に出ていかないと捕まえるわよ」
再び脅しのように言われたらその通りに動くしかない。
私は失礼しましたと告げ、美術室を出た。




