Side くっころ03
助けてもらってから早一週間が過ぎた。
最初は気が動転し、空回りを続けてしまった私ではあったが、一週間も過ごせば最早慣れたもの。
今日もお義母様の手伝いをしながら庭の畑を耕すという、初めての経験をさせてもらっている。
ん? いやっ、お義母様と呼んではいるが、決してタロさんと良い仲になったとかそういう訳ではまったくなくてだなっ!? あぁ、タロさんとは私を助けてくれた犬科の獣人の彼の事だ。
彼はとても素晴らしい青年で、私は彼の従魔へ襲いかかったという許せない人間であるはずなのに、毒に侵された私を見捨てず懸命に看病してくれたらしい。
後で聞いた話なのだが、どうやら私は一週間近く寝込んでいたそうで、その間の着替えや下の世話はお義母様が行ってくれたそうだが、解毒薬の準備や基本的な介護はほとんど彼が行ってくれていたらしい。
普通であれば見殺しにされて当然というのに、彼はなんと心が広いのだろうか。
すべてを話し、しっかりと礼をしようとした私だったが、彼はそんな私に「気にするな」とだけ言って、詳しい事情を詮索したり、金をねだる素振りが全く見えなかった。
彼からすれば、通りすがりの冒険者を助けるのは日常茶飯事のことらしく、従魔を襲った件も笑って許した上で、「自分達のことを言いふらさないでくれればそれで良い」とだけ言われた。
確かにあれだけ美しい獣魔であれば、あの怪しい村長以外にも狙われてしまうに違いない。
しかしだっ。決して他言しない。と誓った際、彼が見せてくれたあの笑みだけは反則だ。あっ、あんな、無防備な心底嬉しそうな笑顔などされたら絶対に裏切ることなど出来ないではないか……っ。
正直、この国の王女であることを明かして助力を得ようと考えていた私だったが、その考え自体が恥ずかしくなり、そんなことを願うことはとうてい出来なかった。
これ以上彼等を巻き込むのは忍びないし、彼の笑顔を曇らせるような真似はしたくない。結局私は、彼等の勘違いを訂正することもなく、元のように動けるまで療養していくといい。という言葉に甘え、村長やその刺客を返り討ち出来るまでは、とお世話になることにしたという次第だ。
ん?
別の意味で全てをさらけ出したんじゃないか?
あっ!! いやっ!! あれはっ、あれはだなっ。たまたまお義母様が着替えをさせていた際に予備の服を汚してしまい、新しい服を取りに戻った際に物音に気づいた彼が顔を出したのが原因という医療事故であってだな。
その……、王家のしきたりも医療行為であれば問題なかったはずっ。うん。問題ない。えっと……、その……、……これ以上思い出すとタロさんの顔がまともに見れなくなってしまうので、その……、こっ、この話題は言及しないでくれると……、うむ……、助かる。
え? あぁ、そうだった。お義母様についてのくだりがまだだったな。うん。
実はお義母様と最初にお会いした時、名前を聞いていなかったのでおば様と呼んでしまったのだ。そっ、そうしたら……っ。額に青筋を立てたお義母様が高速でタロさんをネックハンギングで釣り上げ、流れるような美しいまでの所作で……、目の前で折檻が始まった。始まってしまったのだぁっ!
一体どれぐらいの時間、その鮮やかすぎる手際を見ていたのだろう……。最後に彼女からお義母様と呼ぶようにお願いされるまでの長い時間、私は一時もタロさんの惨状から目を離すことが出来なかった……。
私の不注意から招いた事故だったというのに、タロさんは後で一言だけ「気にするな」と言ってくれたがとてもではないがそんなことは出来ない。
せめて私が彼女をお義母様と呼ぶことで機嫌が良くなるなら。と呼んだのが始まりだ。
まっ……、まぁ、そのような経緯もあってそのように呼ぶようになったのだ。なったのである。
確かに、お世話になっている方とはいえ、血のつながりもない相手をお義母様呼ばわりするのは私でもどうかと思うが、一週間も着替えや下の世話を看てもらい、もう娘としか思えない。とまで言われれば断る訳にも行かずに素直に甘えることとした。
――それに、目の前で行われたあの折檻の数々……、モップは……、モップだけは……、機嫌を損ねてのモップの刑だけは絶対に味わいたくっ!! あれは……、あれだけは……、体がっ、体がっ、かぁらぁだぁがぁぁぁぁぁっっっ……。
――はぁっ……、はぁっ……、はあっ……。
失礼、少し思い出に恐怖し、体の震えが止まらくなっただけだ。気にしないでくれ。
そうだな……、いっそお義母様のくだりは忘れて欲しい。いや、私から言っておいてなんだがすまん、わ・す・れ・て・く・れ。
いまはただ、彼女は私のお義母様。そう認識してくれればそれで良い。
あー……っと。
話は戻るのだがあれからの一週間、私はお義母様の手伝いを日課とし、空いている時間で剣の修練に明け暮れる日々を送っている。
残念なことに愛用の剣と鎧は失ったようだが、タロさんが訓練用に木剣をあつらえてくれたのでありがたくそれを使わせてもらうことにした。
この木刀は以前の剣と同じように手に馴染むのだが……、アレは妹が用意してくれた特別なモノだったので失ってしまってしまったのは残念だ。まぁ、命があっただけまだましなのだろう。
それに仕事ついでに探してくれているようで、いつも夕食の際にタロさんが「今日も見つからなかった」と申し訳なさそうに言うので、こちらこそ申し訳なくなっている。
しかし、そういえばタロさんはいつも何をやっているのだろう?
朝御飯を食べると直ぐに家を出て、夕暮れ時になるとふらっと戻ってくる。寡黙な方だから無理に話しかけるのもどうかと思ってしまうが、一昨日は濃い血の臭いも残っていたので魔獣の討伐でもしているのだろうか? 怪我などしなければいいのだが……。
「なにさっきから百面相してんだい? 疲れたんだったら休んでて良いよ」
「ふえぁっ、いやっ、なんでもない。いえ、なんでもありませんお義母様」
「ふぅん、なら良いけどさ。っま、タロは夕飯まで帰ってこないから我慢しときな」
「ほえぁっ? はっ、はいっ!!
ってなんで私がタロさんの事考えてないといけないんですかっ!!」
「……(にまにま)」
くうっ……、確かにタロさんのことを考えていたので強く否定することが出来ない……。全く……、恥ずかしいことを考えているときに限ってお義母様に見ぬかれてしまう。
しかし、お義母様の笑みが、猫科獣人が時おり見せる、独特な口の端を吊り上げる笑みにしか見えないのは気のせいだろうか?
羞恥心から頬が火照ってしまうが、あのお義母様のわかってますよ的な笑み、きっと誤解されているに違いない。
「お義母様宜しいですか、この火照りはタロさんに対してのものではなくですね、羞恥心から来るもので……」
「分かってる分かってる、あの子には黙っててやるよ」
「分かっていませんっ!!」
あああああっ!!
お義母様のあの笑み、絶対に誤解されているっ!!
タロさんに教えていただいた、拳を握って親指を上につき出すサイン。確かイイネ、だったか?
あのサインにウィンクまでつけるということは、絶対に誤解されている証拠に違いないっっ!! タロさんの名誉の為にも、なんとしてでも誤解は解いておかぬばならないっ!!
「確かにタロさんは私の命の恩人です。ですが、それとこれとはまた違う話なのですよ。
そもそも私はタロさんと出会って一週間足らずですし、何となく避けられているふしもあってお話だって全然できません。
仮に話をしたとしても、お義母様と話してるときと違ってどこかぶっきらぼうですし、視線すら合わせてくださいませんし、なにかと都合をつけてはすぐに話を切り上げます。何のお仕事をしてるのか、朝御飯が終わると直ぐに森へ出て夕御飯まで帰ってきませんから一緒に居られる時間だってありません。
そりゃ確かに出会いは最悪だったかもしれませんよ、ですが、なにもそこまで避けなくてもいいと思うのですっ!!
……昨日だって、服が破れて帰ってきたので繕ってあげようとしたのですが、いいと言って自分の部屋にそそくさと戻ってしまいましたし、あの時の事を謝りたいので銀狼に会わせて欲しいと懇願しても、無理の一点張りで会わせてもくれません。信じられますか? 従魔の名前さえ教えてくれないのですよ。
このような状況での中、タロさんに惹かれてしまうなど、とてもではないですが考えられないです」
それから……、それから……、ええと……。
ごちゃごちゃになった頭で何を言っているのか自分でもわからない中、ぽふっと温かい何かが頭を優しくなでてくれる。
「あちゃぁ……。
ごめんねぇ、少しだけからかいすぎた。これ以上変なことは言わないからさ、だからそれ以上無理して溜め込まなくていいよ」
そしてふわっと、誰かに抱き締められる感覚とお日様の匂いが鼻いっぱいに広がって目をまたたく。
そりゃ、誰かってここにいるのは私とお義母様しか居ないのだから、抱き締めてくれたのは間違いなくお義母様だろうけど、何故か視界がぼやけていてよく見えない。柔らかい何かで目元を拭かれる感覚があると視界が開け、お義母様が優しい顔で私を見つめてくれていたのに気づく。
そして自分で目元を拭うと手の甲が濡れているのに気づいた。
あれ? わたしはないていた……、のか?
「……はぁ。あの子ってばあんなだから、父さんに似て誤解させるような事ばっかりやってるねぇ。
でも安心おし。
あんたが感じているあの子の優しさは本物で間違いないよ。
避けられてるように感じるのは、あの子が女の子の扱いってもんを分かってないから戸惑ってるだけ。視線は合わせないんじゃなくて、恥ずかしくて合わせられないだけさ。
朝からずっと出てるのだって、全部あんたの事を思っての行動なんだから安心して信頼しときゃいい。
長年育ててきたアタシが言うんだから間違いない。アンタはあの子にもの凄く愛されているよ」
暖かい手で背中を擦ってくれ、ぎゅっと抱き締めてもらう体温に彼を感じ、私は気づいてしまった。
……そうか。
「ほんとう……、ですか?」
「ああ」
……わたし。
「嬉しい……」
……あの人の事を、好きになってしまっていたんだ。
「ただいま。ん? 母さんにくっころさん、何やってんの?」
でも、この呼び名だけは無いと思う。




