Side フェンリル02
「ふんふんふ~ん♪」
母さんに言われた通りおとなしく鍋の番をしていると、鼻歌なんぞ歌いつつ妙に上機嫌な母さんがいくつかの服を持って私の方へ歩いてきた。
「ね、おまえはあの嬢ちゃんにどの服を着てほしい?」
そう言って床の上に広げた服は、目にも鮮やかな色とりどりの布地や刺繍に彩られて……、って。
「何、息子に下着選ばせてんだよっ!!」
それはどれも女性用の下着だった。
「大丈夫大丈夫。
どれも父さんとの思い出が詰まってるから大事に取っておいたもんだけどさ、流石にあたしにゃ恥ずかしくって、一回ぐらいしか使ってないからきれいだって」
「着たんだっ!?」
「それにこういうのは若い頃しか使えないだろ?
それにお前だって譲ちゃんにこんなのをつけて、色っぽく迫られたいから拾ってきたんだろ?」
「そう言う問題じゃねぇしっ!?」
「ん? もっとセクシィなのが良かったかい?
やだねぇこの子は。……まってな、今持ってきてやるから」
「もっと凄いのあるんだっ!?
って言うかそれも違うからなっ!? ニヤニヤ笑いながら部屋に戻るなっ!!」
どう見ても20前半にしか見えない母親だがっ!!
前世で出会ったなら間違いなく見とれてしまうような母さんなんだがっ!!
自分の母親が使ってたセクシー下着なんてぜんっぜんありがたくねぇよっ!!
いやまぁ、それを着けたくっころさんの姿なら、見たい気も……、いや、無いな。
くっころさんのあの絶壁に、セクシー下着はマジ似合わん……。
……あー、そうなのだ。
そう。いい忘れていたわけだが、彼女の胸部装甲は紛れもない絶壁だった。
紛れもない絶壁だった。
誰がなんと言おうと間違いなく絶壁だった。
ドレスアーマーの盛り上がりに期待してたのにっ!! その期待がおもいっきり裏切られたんだよっ!!
先程確認させてもらった限り、彼女の胸部装甲は例えようもない程に皆無。ゼロ、無乳、言わば、絶壁オブ絶壁だったのだっ!!
くそっ……、騙された。
ドレスアーマーの膨らみ的にFとかGの巨乳さんと思ってたのにっ!! 実際にはただの空洞、ガランドゥのとんだ虚乳さんだったよっ!!
期待してたのにっ!! マジ巨乳ヒャッホーとか思ってたのにっ!! 畜生っ!! アレじゃ闇堕ちしたくっころ姫騎士じゃねぇよ。母さんをしのぐ、キングオブ絶壁じゃねぇかっ!!
「……なぁ、息子よ」
どゴスッ
「ぐぼあっ!?」
激しい衝撃が腹部を襲い、訳もわからず昏倒した私は床をゴロゴロと転がる。
痛っ!? 何っ!? 何があったっ!? 目の前が真っ白で何も見えねえっ!?
「いま、母さんの胸について、なにか、良からぬ事を考えてなかったかい?」
どゲシィッ
「ぶえっ!? かっ、母さんっ!?」
足っ!? 足がぶっ飛んだ!? あっいや付いてる。付いてるけどもんの凄く痛いっ!?
思わずうめこうとするがただでさえ痛い腹部を何かが圧迫する。
「キリキリ答えなっ!!」
どべスッ
「ぶおっ!? ちょっ!? ちょまっ!?」
出る出る出るっ、何か出ちゃいけないものが口からニョロンと飛び出そうっ!?
死ぬっ!? マジで死ぬからぁ!?
……うん、なんかもうもう痛みすら感じられないほどに痛覚が麻痺してきて今宙を飛んでいるようなきぶーん。
って、本当に宙に浮いてるよ私っ!?
やっと回復した視界には、天井が数センチ前に広がってて……。
って落ちるっ!?
危うく床に叩きつけられそうになったところを、体を半回転させて両手両足を使って着地する。
一瞬意識が飛んで天井すれすれに空を飛んで、気がついたら地面に両手を付いていて……。って、文字にすれば現在の体勢はorzですよ、リアルorz。
「で、何を考えていたか素直に答えれば怒らないで聞いてやる」
ギリギリギリッ
「いうっ、いうっ、言うからっ、背中においた足をどけてぇっ!!」
背中に足を置かれ、どっからそれだけの力を出しているのか不思議なくらいの力で踏みつけられる。
すでに額からは血が溢れ出し、床は良い感じに赤く染まってきている。
「そのセクシー下着、くっころさんには似合わないと思っただけだよっ!! 主に胸の辺りっ!!」
「あっ、なるほど」
素直に一部分だけ白状すると、驚くほどあっさりと背中に置かれた足が取り除かれた。
「確かに、あの子は不憫なくらいに可哀想なモンの持ち主だったからねぇ。
あの人が用意してくれたこの可愛らしいランジェリーは……、うん、ちっと難しいねぇ」
母さん、かわいそうかわいそうと連呼してますが、めっちゃ勝ち誇った良い笑顔を浮かべてますからっ!!
……命が惜しいから言わないけどさっ。
それでも機嫌は直ったようで、ほっと一息つきながら頭をあげると、目の前に折り畳まれた布地を差し出された。
「となると、この辺りの大人しめの服と下着を持ってきな。
大丈夫、これなら似合うはずだよ。さ、持ってきな」
なんで私が……。と言いたいところだが、下手に逆らえばさっきの続きが待っているので大人しく服に手を伸ばす。
「じゃ、飯の支度はしとくからさ。さっさとその服を着せてここに連れてきな。
毒は抜けたと思うがまだまだ予断は許さないからねぇ、それにあんたが連れてきた初めての女の子だ、色々と話も聴きたいから安心して連れといで」
突っ込みどころは多々あると思うが、おそらく突っ込んだ時点で私の命も地獄の棺桶に突っ込まれる。
ここはいつもの通りすべてを諦め、既に足や頭に痛みが戻っていて生きていることに感謝しながら立ち上がる。
「んじゃ、ちっと渡してくる」
恐らくさっきの会話はすべて聞かれていただろう。
さっきはくっころさんの醜態に笑わせてもらったが、恐らく今ごろはくっころさんが笑い転げている頃かもしれない。
「……はぁ」
どんよりとしたため息を吐きながら、くっころさんの部屋の前に立つ。
このままどんよりとしていても何も始まらないので、腹をくくると大人しくノックする。
コンコンコン
「どうぞ、入ってくれ」
扉越しにくぐもった声で返事が帰って来た。
聞こえた声から笑った跡や、侮蔑の感情が含まれていないことに安堵する。
さすがくっころさん。姫騎士(笑)なだけに真っ直ぐな性格で、先程のやり取りを聞いても笑ったりしなかったのだろう。
少しだけ気分が上向きになり、軽い感じで扉を開けると……。
「すまなかったっ!!」
ゴンッ
目が点になった。
なぜかくっころさんが扉の前で土下座しており、目があった瞬間に勢いよく頭を下げ、勢いよく床へ額を打ち付けたからだ。
「なっ……、何をっ!?」
しかも全裸でっ!!
「実は――」
勢いよく顔をあげて何か話そうとしたようだが、その体勢で顔をあげると言うことは、色々とヤバイものが丸見えな状態となるわけで……。
思わず手に持っていた服を顔に向かって投げつけると勢いよく扉を閉じた。
「私はっ、ぶはっ!? えっ? 何っ!? えっ? ……あっ!? ……ああっ!?」
そして自分の状態に気がついたようなので、来たるべき時に備えて両手で耳を押さえる。
「――っふぎゃーーーーーーーーー」
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悲鳴が遠くなったところで耳から手を離し、少しだけ紅くなった頬を押さえる。
また母さんに殴られるな……。とどこか遠くを見やりながら、先程のくっころさんの姿が脳裏に甦ると自然と頬が緩んでしまう。
――が、飛んでくるフライパンを眺めながら改めて後悔する。
母さんに怒られると分かっていても、くっころさん、実は見捨てた方が良かったんじゃね? と思ってしまう私は間違っていない……はずだ。




