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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第九章 4年前 教都
77/99

9-10

 インバシオン屋敷の前にサシャスの姿を見つけた時、オレは回れ右をして帰りたくなった。だってそうだろ? あんな派手派手しい有名人が、高級住宅街で仁王立ちして衆人の注目を浴びている側になんか、誰が行きたくなるもんか。しかも、無駄に華やかな笑顔を振りまきながらオレに手を上げて近寄られた日には、しっぽを巻いて逃げるわ。


「逃げるなよ、深窓の令嬢。こちとらお前が捕まらなくて苦労させられたんだ。逃げやがったら、あることないことそこらじゅうにばらまいてやる」


 ――しかも、めちゃくちゃ怒ってるじゃないか。笑顔のまま口を動かさずに黒い空気を背負っているサシャスは迫力があって、あることないことばらまかれて良いから、正直逃げたい。


「声を遮る結界を張れ。口の動きを読まれないよう、手で口を隠せ」


 お前の腹話術は読唇術対策なのか? 呆れながら言われたとおりに結界を張ると、早々文句を言い始める。口の動かない笑顔のままで。怖ええ。


「お前に面会求めても、どこでも完全にシャットアウトだ。なんだ? お前は何時からそんなもったいぶった深窓のご令嬢におなりなったんだ? おかげでこっちは、こんなつまらん街に3日も足止めだ。この落とし前どう付けるつもりだ、あぁ?」


 まばゆいばかりの笑顔を振りまきながら罵詈雑言を吐く姿は、見目麗しい分おっかない。


「神殿がオレにインバシオンが接触するのを警戒しているからだろう。お前は一応あの国の少佐だから。まだ、なにか用があったのか? あれで用事は終わったと思ってた。手間掛けさせて悪かったな」


 ナスカの差し金だろう。『守る』と言ったが、あからさますぎやしないか? それとも、わざとやっているのか? オレの所有者は誰かを知らしめるために。


「レーフェル様の頼まれごとが途中だ。――あいつらの消息も伝えて欲しいと頼まれていた」


 オレは一瞬息を止める。あいつらは、生きているのか? 村は壊滅状態だと聞いたから、もう希望は持っていなかったのに……。


「ステッラとユソンは、他の街に嫁いでいたから無事だ。パラヴィーナはすでに降伏したから、これ以上無駄な侵略はないだろう。ヘレムとゲーはラントの軍に入っていたから……。レーフェル様は何度も説得されていたようだが、彼らも成人して孤児院を出て久しい。彼らが決意したことをレーフェル様も覆せなかった。最後は、レーフェル様を庇って村人や仲間の兵に殺されてしまったそうだ」


 サシャスは恐ろしい笑顔を歪ませて言った。


「それから一番下のお前にべったりだったモーネは、まだ15歳だから孤児院にいたが、レーフェル様に頼まれて、オレがインバシオンに連れ帰った」

「モーネをインバシオンに?」


 オレに懐いてくれていた茶色い癖毛の少女を思い出す。別れた時はまだ5歳で、酷く泣かれて別れ難かった。そうか、あの子ももう15歳なのか……。って、シアと同い年だったのか。な、なんだが複雑だな。あの小さかったモーネと同い年のシアにオレは恋心を抱いちゃってるのか。ちょっと犯罪者な気分だな。い、いや、20歳と15歳、世間的はおかしくない年齢差だ。ゲリエなんて6歳差じゃないか。それにオレ、シアにまだ手を出してないし……。って、手を出したいのかオレは。なんか、そういう対象としてシアを見ないようにしていたから、今更だけどドキドキする。


「そうだ。モーネは元々インバシオンの名家出身だったんだな。前もってレーフェル様が調べていたみたいだ。両親が殺された混乱をついて、親戚やらなんやらが財産すべて搾取していたから、ぶんどって戻しておいた。未成年だから、オレが後見人で保護者ということにしてある」


 知らなかった事実に驚いたが、無事なことにホッとする。しかし、インバシオンにいるという事実に一抹の不安を抱く。サシャスはオレのそんな不安を予想していたかのように言葉を続けた。


「だから、お前はモーネを自分の弱みだと思うな。レーフェル様にモーネを頼むと言われている。オレが必ず守るから、モーネがお前の取引材料になることはない。

 それを、伝えておきたかったんだ。国王に面会する前に」


 サシャスと父さんの心遣いにじんわりと胸が熱くなる。


「――ありがとう。安心して、国王を振ってくるよ」


 今日は3日後インバシオンに戻る国王に、最後の挨拶をしに来たのだ。主治医のオレは別れの挨拶をしなければならないし、なによりナスカに国王をきっぱり振ってこいと言われているのだ。オレがアーリリア教の所有物になったことを宣言して、後顧の憂いを綺麗に消してこいとも。


「あんなクソジジイ、きっぱり袖にして『あんたなんて一昨日いらっしゃい!』と高笑いしてこい」


 サシャスの女言葉に苦笑する。その顔で情感たっぷりにそんなセリフ吐かれると、滑稽で笑ってしまう。


「先日みたいな、失態は見せないよ。大丈夫ちゃんと冷静に対処できる」

「どうだかな。あの黒髪の綺麗な男の子のことを突かれたら、お前はまた激高するんじゃないのか?」

「シアのこと?」


 それは、確かにあるかもしれない。前もって覚悟しておこう、何を言われても大丈夫なように。


「そう、あの子がお前の弱点なのは、あの時あの場にいた全員にはバレバレだからな」

「えっ、そう?」


 シアが倒れて結構動転してたせいか? たしかにあれは我ながらみっともなかった。


「ああ、あんなわざとらしい倒れ方でお前がまんまと騙されるなんて、どう考えてもおかしいだろ」

「シアが故意に倒れたこと、知っていたのか?」


 オレが驚く顔をすると、サシャスは呆れたようにため息をついた。


「お前以外全員バレバレだと言っただろう。まあ、あの子だって、ばれる覚悟でやったんだろうが。というより、お前が騙されてて逆に驚いてたんじゃないか?」


 そ、そうだったのか……。道理で、ゲリエにこないだ会った時「男前のシアちゃん大丈夫だった?」と聞いてきたわけだ。シアのあの行動を男前と言ったのか。

 う~ん。必死に隠していたつもりだったが、周囲にはオレがシアにメロメロなのはバレバレだったんだな。良かった、シアが致命的に鈍くて。


「まあ、それがお前に言いたかった全部だ。分かったら、とっととあのクソジジイへこましてこい」


「ありがとう、本当に助かった。――モーネのこと、よろしく頼むな」

「ああ、安心して任せておけ。一応俺はお前の師匠だからな、それぐらいしてやるさ」


 サシャスはにやりと笑って、肩をすくめる。本当に文句の付けようのない色男ぶりで嫌になる。オレだって昔は少し憧れてたんだよ、あんたに。色々残念な男だけど、信用も頼ることも出来るいい男だ。


「じゃあな。元気で」

「ああ、お前にインバシオンで会わないことを祈っているよ」


 そう言うとサシャスは手を上げ、颯爽と立ち去っていった。



 さあて、最後の戦いに行ってくることにしようかね。








 国王は、何時もの部屋で座り心地の良さそうな椅子に腰掛け、優雅にお茶を傾けていた。オレが部屋に入っても、気づいた素振りも見せない。おいおい、大人げなく拗ねてるのか?


「――先日はろくな挨拶もせずに退出しまして、失礼いたしました」


 オレが深く頭を下げ詫びると、やっと視線だけを上げた。


「本日は帰国されます陛下にご挨拶をと思い、参上いたしました。お目通りいただきましてありがとうございます」

「麗しい巫女の血縁者は元気かね。ああいった真似は危険だから、今後は控えるよう伝えといてくれ」

「――彼の方はすぐに気がつかれ、後遺症もありませんでした。人前に出る機会があまりありません故、気が張ってしまったのでしょう。陛下のお心遣いはしかと伝えさえて頂きます」


 く、苦しいがしらを切ってやった。サシャス有り難う、前もって教えてくれていたおかげで変な動揺もせずにすんだよ。国王は、オレの空々しい言葉に鼻白んだようだが、知ったことか。


「アーリリア教に本格的な首輪を付けられたようだな。ナスカ=マッキナがその綱を誇らしげに握って見せびらかせているのが、妬ましいよ」

「ナスカ大神官に監視官の職へ推薦していただきましたが、今の私の上司は監視院のガレルド監視院長ですよ」


 国王はオレの言葉を鼻で嗤うと首をすくめた。


「仕事の上司が誰であれ、綱を握っているのが誰であれ、お前の飼い主はあの巫女の血縁者なのだろう。まだ幼いのに、男を手玉に取る力量はさすが巫女の血だな。お前にそういった嗜好があったとは知らなかったが、そんなに『良い』のか? あの少年は」


 これは国王の挑発だ。思惑に乗るな、冷静になれ。こんな実のない辱めにシアが貶められることはない。全くシアにはかすりもしない悪口だ。


「――何がおかしい」


 国王のとがった声がオレに突き刺さる。オレは知らずに口を緩めていたらしい。


「失礼いたしました。あまりにも見当違いなことをおっしゃるので」


 オレの悠然とした態度に、国王は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「すっかり隙がないお前に戻ってしまったのだな。隙だらけのあの時に、もっと押しておくべきだったか」

「その節は大変失礼な物言いをしまして、申し訳ございませんでした」

「なに、ガタガタのお前は可愛げがあって面白かったぞ」


 国王の頭の記憶をすべて消し去ってやりたい……。


「――お前はナスカ=マッキナに何を命じられているのだ」

「監視官の職を全うし、アーリリア教に貢献しろと」

「表向きの話ではないのだが。まあ、素直に話すはずもないな」


 オレは黙って頭を下げる。国王は息を吐くと、行儀悪く頬杖をついてオレを見る。


「もういい。ここまで明確にアーリリア教がお前の所有権を主張しておっては、わしも簡単には手出しが出来ん。ひとまず諦めるよ」

「――ひとまず、ですか」

「わしは諦めの悪い男でな。しかし、今回はいったん引くことにする」

「ありがとうございます」


 オレの感謝の言葉で更に気を悪くしたのか、国王はそっぽを向いて「あっちへ行け」とばかりに手を振った。全く子どもみたいなところがある人だ。だが、当初の目的は果たせた。目的が果たせたなら、こんな所に長居する必要はない。


「それでは陛下。ご健勝をお祈りいたしております。痔は再発する危険性があります。食生活には特に気をつけて下さい。同じ姿勢を取り続けることも良く在りません。ご政務で忙しいかと思いますが、ご無理のないようお願いします」


 オレが拝辞を述べると、そっぽを向いていた国王が振り返って呆れた視線を寄越してきた。


「お前は、よく分からぬ男だな。わしの痔の心配などするのか」

「私は医術師ですから、患者を心配するのは当然です」


 国王はその言葉を聞くとにやりと笑った。


「そうか、ならばお前をわしの主治医に任命しよう。医術師としてなら、わしに仕えるのはやぶさかではない、ということなのだろう」

「――教都にいらして、医術院で治療をお求めになるのでしたら。もっともしばらく教都には戻らないと思いますが」

「いいだろう。では、お前は教都でのわしの主治医だ。大病を患って、国の医術師の手に負えなくなったらよろしく頼む」

「……来られるなら、お早めにいらして下さい。どんな病気でも手遅れになれば、治療はできないのですから」

「あいわかった」


 朗らかに笑う国王に、オレは内心ため息をつく。正直ここで縁を切っておきたい相手だよ、あんたは。



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