9-11
まだ東の空がやっと白み始め、西の空には夜が色濃く残っている早朝、オレは教都の門に向かって馬を引きながら街を歩いていた。
あれからオレはまさしく東奔西走のありさまだった。医術院での引き継ぎは元々終わっていたから、そちらの仕事はなかったが、『仕事』がやりやすいからと突っ込まれた監視院での仕事のレクチャーやらなんらやで、えらい時間を食われた。まあ、新しい仕事に就くのだから当たり前のことだと、それは納得している。
納得出来ないのは、あのクソ国王に白金の剣術師に推薦されたことだ。あの事件で護衛の白金の剣術師をあっさり殺した刺客が、オレにこれまたあっさり捕獲されたことを突きつけて、アルツ=ウィルニゲスオークが黄金なのはおかしい、白金にすべきだとあの国王は剣術院にねじ込んできた。
本来、白金という地位はその技術に対し、貢献した者に授与されるものである。それは『強さ』という目に見えないものに重きが置かれる剣術でも同じことで、白金を持つサシャスも、その規格外の強さに対し白金が授与されたのではなく、魔術と剣術を併せた『魔術剣』という技術を確立したことに対して与えらたものだ。
そう抗議する剣術院の重鎮達を、「インバシオン帝国の国王を救ったことは、剣術に対し多大な貢献を与えることになる」とかなんとか良く分からない理屈をこね、実際は権力を傘に無理矢理意見を通した。
あのお子様国王め、どんだけ自分をしょってるんだよ。
それで一番割を食ったのが勿論オレだ。元々剣術師で黄金を取ったことさえ不本意なことだったのに、更に白金である。しかも、どっかの我が儘な国王がごり押しで通した地位に、周囲から不満が出ないはずがない。
それら不平不安に対応すべく、また白金を取得したことに対する諸々の手続き等も加わり、オレは精神的にもすっかりへとへとになってしまった。
そんなオレを尻目に、ナスカに至っては「更に箔がついたな、インバシオン帝国の国王もたまには役立つこともしてくれる」と笑うだけで、なんのフォローもしてくれない。
今までオレを癒やしてくれていたシアに会うこともすでに禁じられ、オレの心は傷だらけで荒んでしまっていた。
だから今、人気がない門の前で佇んでいるシアの姿を見た時、オレは本当に泣きそうになった。――もう会えないと思っていたから。
その横に、ナスカが立っていてもな。けっ! 邪魔だよ、邪魔。
「アルツ!」
シアは声をあげるとオレの胸に飛び込んできた。教都の門で長時間待っていたのか、シアの服は冷え切っており、顔は青ざめ、唇の色も悪い。オレは馬の綱を脇に挟んで、両手でシアの頬を包んだ。少しでも暖かくなるように、と。
「こんなに冷えて……。見送ってくれるつもりなら、前もって連絡しておいたのに。よくオレが出立する日にちがわかったね」
「日にちはオルキ先生が教えて下さいました。こっそり抜け出そうとしたら、ナスカ様に見つかってしまったんです。願い倒してお目こぼしをしてもらえました」
シアは本当に行動力がある。ナスカがオレとシアのことを思って、最後の逢瀬を許可してくれた訳ではないことは、その表情からよく分かる。今も、「駆け落ちなんて馬鹿な真似はするなよ!」とばかり、オレを睨み付けている。
「ありがとう。会えるなんて思ってなかったから。――――すごく嬉しい」
万感の思いを抱いて見つめると、シアの瞳が不安そうに揺れた。
「――アルツは、本当にこれで良いのですか? 『仕事』はとても大変なことなのですよね。そんな大変なことをしなくても、ナスカ様はインバシオンからアルツを守って下さると約束してくれました。アルツ、あの時は嬉しくてよく考えられませんでしたが、そんな苦労をしてわたしの守護騎士にならなくても良いんですよ。わたしは…………、アルツが無事ならそれで良いんです」
そういって、切なそうに目を伏せるシアに、オレはぐっと胸どころか喉まで熱くなる。シアはオレがシアの望みを叶えるため、守護騎士になろうとしていると思っているのか。それもあるが、それだけじゃないことをオレはあの時ちゃんと伝えていなかった。「シアはオレのもの」なんてエゴまるだしな言葉じゃなく、ちゃんと言うべきことがあるじゃないか。オレは自分の馬鹿さ加減にほとほとあきれ果てる。
「シア、オレが守護騎士になりたいのは、シアが他の男と一緒になることが我慢できないからだよ。自分の為なんだ。シア、オレは君を愛している。ずっと君と一緒にいたいんだ。
シアはオレと一緒にいたくない?」
オレの告白に、シアは頬どころか耳や首まで赤らめた。
「わたしも、アルツと一緒にいたいです。――――大好きです、アルツ」
オレの目をじっと見て、力強く答えてくれる。オレの胸いっぱいに喜びが広がり、思わずシアを力一杯抱き寄せた。
「ありがとう。必ずオレはシアの元に戻ってくる。4年以上掛かるけど、待っていて欲しい」
「はい! わたし、何時までも待っています。アルツが帰ってくるのを」
「ふふ。それ以上時間が掛かったら、シアをあいつに取られちゃうから、なるべく急いで帰ってくるね。これは…………約束の証」
そういって、オレはシアの唇に自分のそれを軽く重ねた。途端、ナスカの方角から殺気が襲ってきたが、知ったことか。やっと気持ちを通じ合わせられたんだ、キスぐらいさせろ。
「――他の人に、許さないでね。シアのすべて、オレのものだから」
「はい!」
「その代わり、オレのすべてはシアにあげる」
「ありがとう、ございます。――気をつけて下さいね。無理しないで、無事に帰ってきて下さい。――――待っています」
シアは背を伸ばし、オレの目元に唇を落とした。さっきから顔が真っ赤でものすごく可愛い。ああ、本当に離れがたいよ。このまま君をさらっていきたい。君とずっと会えないなんて、オレには耐えられそうにない。絶対、絶対戻ってくるんだ、シアの元に。そう心に強く誓って、シアに笑いかける。
「いってきます」
オレが「ただいま」を言える相手は君だけだよ。




