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オレはナスカ大神官が別に取ってあった部屋の居間に入り、結界を張るとすぐさま口を開いた。
「これはなんの茶番だ」
ナスカ大神官は、部屋の中央に置かれた椅子に悠然と座りながら首をすくめる。
「私はそんな下らぬことはしない。何時でも本気で言っている。
お前がレーシアの守護騎士に相応しくないと思っているし、お前を守護騎士にするのは難しいとも思っている。今でも私がレーシアの守護騎士になるのが一番良いと考えているよ。
ただ、レーシアの望みを叶えたいとも思っているのも本当だ。レーシアとはほとんど会うことはなかったが、レーシアが望むなら、お前を守護騎士に仕立て上げる手伝いをしても良いと考えられるほどには、彼女をとても大切に思っている。
だが、いくらレーシアがお前を望んでも、レーシアを真剣に想い、守る覚悟がない人間にレーシアを託すつもりは毛頭ない」
「だから、オレをあおって本音を言わせたというわけか。それが茶番だっていうんだよ!」
「そのおかげで、レーシアの守護騎士になれる道が開けたのだよ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはないと思うのだがな」
憎らしいほど平然とした顔で、ナスカ大神官は言い放つ。腹立たしいことこの上ないが、そんなことより、話を進めるべきだ。オレは怒りの感情を飲み込む。
「ならば、そのシアの守護騎士になる道というのを早く説明してくれ。本当にそんなことが可能なのか?」
シアに巫女への礼をした後で、ナスカ大神官はオレとシアに条件を付けた。
オレには、シアが癒やしの巫女を退任するまでの4年間で、――その半年前に守護騎士は決まるから正確には3年半で、ナスカ大神官が依頼する仕事を成し遂げること。
そして、シアにはその仕事に口を出さず、4年間オレとは一切会わず、手紙等の接触もしないということだった。
それらを二人が守れば、ナスカ大神官がオレをシアの守護騎士候補として推薦すると。そして3年半後、癒やしの巫女は複数いる守護騎士候補から自分の意思で選ぶ場が設けられるので、そこで、シアがオレを選べばオレは守護騎士になれるのだと言う。
巫女が自分の意思で選ぶと言いながら、巫女に事前に面会できる守護騎士候補は一人しかいない。選ぶとは名ばかりの有名無実な儀式なのだが、枯れ木も山の賑わい扱いのオレがシアに選ばれたからと言って、他の大神官が異議を唱えることも出来ないし、シアがオレに一目惚れしました! と言い張ることも出来るので、オレの奥神殿への不法侵入は明るみにならない。まあ、オレの外見じゃ全く説得力ないと思うけど。
オレへの条件になる仕事を説明するため、こうしてナスカ大神官に別室に連れてこられた訳だが、オレの焦燥などお構いなし、ナスカ大神官はゆったりとオレに椅子を勧めた。
「そう焦るな、少々長い話になる。座って寛いでくれ。そこの茶を入れてくれても構わんよ」
「お前が飲みたいだけだろうが! 早く話せ」
「全くせっかちな男だ。レーシアはこんな男のどこが良いのだか……。理解出来んな」
会って半時も経っていないが、オレはこいつと性格が全く合わないということは良く分かった。
「さて、君がする『仕事』を説明しよう」
結局茶を入れさせられ、向かいの席に座るとナスカはやっと話し始めた。もうお前なんか呼び捨てだ!
「勿論、一通りな仕事だとは思っていないだろう。私がお前をレーシアの守護騎士に推薦しても不自然ではない実績を、お前は他の大神官に示さなければならないのだからな」
「もったいをつけるな。早く話せ」
「本当に気ぜわしい男だな。短気は損気だよ」
「――お前、わざと焦らしているだろう」
「当て馬の役をやらされるんだ。これぐらいの嫌がらせを許容できる度量を見せたまえ」
オレは言い返すことを諦めた。舌戦で負けた試しがないオレを、黙らせるコイツにはもううんざりだ。
「お前には、龍を殺してもらおう」
ぐったりしたオレに浴びせかけられた『仕事』内容に、オレは息を吸い込む。
「千年前に『神』が龍を殺めた以外に、神獣とされる龍を殺したものはいない。つまり龍を殺せば、お前は『神』に等しい力を持つ者だと証明出来るのだよ。それだけの力を持つなら、守護騎士として推薦しても不審がられないだろう」
「――神獣の龍を殺しても良い物なのか? 千年前の龍は乱心して教都が襲われたという名目があったが、神獣として崇められている龍をこっちの勝手な都合で殺して許されるとは思えない」
「――龍が再び乱心したのだよ。2ヶ月前、龍を祀り世話をしていた村が、その龍に滅ぼされた。その生き残りの男が、アーリリア教に助けを求めてきたのだ。自分の婚約者が龍にさらわれたから救う手助けをして欲しいと。唯一龍を殺すことが出来たアーリリア教ならば、どうにかしてくれると思ったそうだ」
「どうにか出来るのか?」
「それをするのがお前の仕事だ」
「だから! 龍を殺した時の詳細とか、何か有益な情報はないのかと聞いている」
「…………一所懸命頑張った、としか聞いていない」
役に立たない情報に、オレはがっくりくる。本当に龍なんて殺せるのか? 姿だって見た者はほとんどいない神獣だぞ?
「龍の鱗は、アーリリア教が喉から手が出るほど欲しいものだ。それを土産に出来れば、お前の株はすこぶる上がるだろう。龍の鱗はメダルの正当性を表すのに不可欠だからな」
「奥神殿の奥深くに龍の体を隠してるんじゃないのかよ」
「そんなもの、千年でとっくに使い切っている。今でまわっているメダルを使い回しているんだ。メダルは所持者が亡くなれば、必ず回収されるだろう。悪用されないためと言っているが、真の目的は龍の鱗を集め戻すためだ」
貧乏くさい事実に力が抜けるが、そんなことはどうでも良い。
「――オレとシアを引き離すための作り話なんじゃないのか?」
「思ったより愚かではないのだな。癒やしの巫女を連れて逃げるなど世迷い言をほざく馬鹿だと思ったが、少しは頭が回るのか。
もし、そうだとしてもお前に他に手はない。本当は巫女と駆け落ちなど不可能だと分かっているのだろう」
言い当てられて、オレはぐっと息を詰める。
「龍が村を襲ったことは事実だ。お前の協力者として、生き残りの男を付けよう。龍に対して知識がある。殺し方など知らんと思うがね」
今までの飄々とした態度を改め、ナスカはオレを睨み付ける。
「私はお前が龍を殺して戻るなど、百に一つも信じていない。お前の疑念通り、これはお前とレーシアを引き離すことが一番の目的だ。あのままお前を諦めろと言っても、お前もレーシアも納得出来まい。それこそ、思い詰めて駆け落ちでもされたら目も当てられない。
だが、同時にお前達へ垂らされた蜘蛛の糸でもある。成就出来るはずがないその恋が叶うかもしれない一条の希望だ。
お前が本当に龍を殺して戻ってきたら、私は喜んでお前に守護騎士の地位を譲ろう。これはお前を試す試金石だ。私にお前の覚悟を見せてみろ。レーシアにどれだけ本気なのかを」
ナスカは足を組み替えると艶然と笑った。
「勿論、嫌なら断ってくれて良いのだよ。その代わり、レーシアを諦めてもらうがね」
ナスカの小馬鹿にした物言いに、オレの堪忍袋の緒はぶち切れる。
「シアを諦めるわけないだろうが。いくらでも試しやがれ、この野郎。
やってやろうじゃない。『百に一つも信じていない』だあ? ふざけんな、オレの力をなめんじゃねえ! この有り余る才能をフルに使って、龍の一匹や二匹コロリと駆除してきてやらあ」
オレの啖呵を、ナスカは平気な顔で受け流す。
「それは頼もしい。土産を楽しみに待っているよ」
そんなナスカにオレは睨み付けながら、更に言葉を叩き付けた。
「その代わり、こっちも頼みたいことがある」
「なにかね、内容に寄っては聞いてやれないこともない」
あくまで上から目線のナスカの態度にムカつきながら、オレは言葉を続けた。
「シアに薬術師のメダルをとらせてあげてほしい。シアルフィーラとしてでいいから」
シアの薬術の知識は一通りでないものがある。しかし、シア自身はそれに対して全くの自信がない。
コズミの件が尾を引いているのだろう。薬術師のメダルを持っていない自分にひどくコンプレックスを抱いて、苦しんでいる。
オレにはどうにもしてあげることが出来ないことだが、大神官のナスカなら手助けしてあげられるのではないか。ずっとそう思っていた。
ナスカは、一時考え込んだが、フムと頷き了承してくれた。
「いいだろう、なにかこちらで手を考えてみよう。この件は任せてくれたまえ。これはレーシアの望みでもあるのだろう。全力を尽くして叶えてみせよう」
ナスカの言葉にホッとする。オレがシアにしてあげられないのは悔しいが、オレのくだらないプライドなどどうでも良い。
緊張の緩んだオレに、ナスカはふと思い出したように、言葉を継いだ。
「そうそう、その協力者以外にお前には監視者も付けてやろう。私はお前の貞操観念を全く信用していない。――意味は分かるな?」
浮気をしたら、即刻お払い箱ってことだろ。そんな気は一切ないが、オレは自分に首輪と縄を付けられた気分でうんざりする。シアルフィーラの保護者をしていた時分、オレは周囲にナスカの使いっぱしりの犬だと思われていたようだが、それが事実になるとは……。
シアと共に生きることが出来るチャンスをもらえたのは有り難いが、コイツと一生付き合うことになると思うと、オレはため息がもれるのを止められなかった。




