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調薬室で最後のナルギの調薬を終え、器具の片付けをしていると、ヴァリーさんが部屋に入ってきた。
「――終わったの?」
なにがとは言わないが、互いに分かっているのでわたしは「はい」とうなずいた。ヴァリーさんは扉のところで、じっとわたしを見ながら待っている。器具をすべて所定の場所にしまい終えると、わたしはヴァリーさんに向き直りお辞儀をした。
「1週間、調薬室をお借り出来てとても助かりました。ありがとうございます」
「お礼を言うのは私の方よ。貴方のおかげでイテュスの命が助かった。貴方がいなければ、私たちでは助けられなかったわ。ありがとう」
ヴァリーさんの言葉に面はゆい気持ちになる。1週間一緒に働いていくうちに、ヴァリーさんのわたしへの態度が軟化していき、少しずつ信用してくれているのが分かった。それが何より自分の励みになったのだ。
「お祖父さまが、捺祗について詳しく書かれている文献を見つけたわ。内容は貴方が言っている通りだった」
「そうですか、それは良かったです。では、ナルギについて打ち合わせ通り、よろしくお願いします」
絶滅したと思われていたナルギの再発見、処方方法の発表をダーフナさんにお願いしているのだ。
ダーフナさんが捺祗についての文献よりナルギを発見し、十日熱に掛かった患者を助ける場にたまたまわたしたちが立ち会い、ナルギの株を分けてもらった。
そういう筋書きにするようお願いした。イエインさんにも口裏を合わせてもらう約束だ。
「――いいの? お祖父さまを発見者にしてしまって。十日熱の治療法の発見なんて、白金ものよ。貴方、白金になりたくないの?」
「いいえ、白金には一日でも早くなりたいと思っていますよ」
早くメダルだけでもアルツと並びたい。何時だって切実に思っている。
「でもこの間言ったとおり、禁書書庫で見聞きしたことは本来他言してはいけないのです。元々黄金のわたしが禁書書庫の本を読むこと自体、禁じられていることですから。まあ、建前上の話で、実際はあってないような規則ですが」
禁じられている方法で見つけた発見では、どんな有用なことでも評価されることは無いだろう。
そんなことよりナルギの発見で、多くの子どもの命が助かることがなにより重要なのだ。
ヴァリーさんは、屈託無く笑うわたしにため息をついて首を振る。
「お願いだから、早く白金になってよ。じゃないとお祖父さまが気にし過ぎてはげちゃいそうよ。ただでさえ、最近頭が寂しいのに」
「それは、いけません! 良く効く薬がありますよ」
「……本気で取らないでくれる」
「す、すみません。で、でも気にされる必要はないですよ。ダーフナさんが今まで白金ではなかったこと自体、おかしな話なのですから」
薬学への評価が高まってきたのは、ダーフナさんが中心となって広く働きかけて来たからだ。薬学が知られるようになったおかげで、どれだけ多くの人が救われてきたか。その功績を考えたら、ダーフナさんに白金のメダルがあたえられるのはしかるべきことなのだ。
「本当に貴方はおかしな人ね。私の貴方への態度、最悪だったと思うのに、ちっとも堪えてる様子がないし、いじわるし甲斐もなかったわ」
「――ダーフナさんにも言いましたが、ヴァリーさんのように率直に話して下さる方、わたしには貴重なのですよ。ですからとても有り難かったです」
ヴァリーさんはわたしの言葉に、あきれたように笑った。
「本当に変な人。それならこれからも言いたい放題させてもらうわ。教都に戻っても連絡寄越しなさいよ、薬術学の情報欲しいから。こっちも貴方が欲しい薬学の情報流してあげるわ」
「本当ですか! すごく嬉しいです」
ヴァリーさんとわたしは互いに顔を見ると、クスクス笑って手を握り合った。
明日ペタルを出立することになった。結局ペタルには1週間いたことになる。
「1週間いたけど、イテュスの看病で全然薬学の勉強出来なかったね」
アルツが残念そうにため息をつく。わたしはアルツの胸の上で身を起こすとにっこりと笑いかけた。
あれから、ずっと一緒の寝台で休んでいる。
「ナルギの調薬する合間に、ダーフナさんやヴァリーさんに色々お話を聞けましたよ。それに教都に帰っても、ヴァリーさんが薬学について連絡すると約束をして下さいました」
「ヴァリーとずいぶん仲良くなったね」
「はい!」
わたしが大きくうなずくと、アルツは優しい微笑みを浮かべわたしの頭を撫でた。そして複雑そうな表情に変わり、ぽつりとつぶやく。
「本当言うと、何時シアが『癒やしの術』を使わないか、ヒヤヒヤしてた」
「――もう二度と『蘇生の術』も『癒やしの術』も使いません」
わたしがきっぱりと断言すると、アルツは意外な顔をする。
「サージュ様に聞かされたことがショックだった?」
「それもありますけど、――わたしが一分一秒でも長くアルツと一緒にいたいんです」
アルツが少し驚きわたしの顔を見つめたが、それから照れたように笑う。
「オレは何時も、シアにやられてばっかりだな。オレの理性試してる? ってか、今までは一緒にいたいと思ってくれてなかったんだ。それはそれで、ちょっとショックだな」
「今までは……、なるべく自分が死んだ後のこと、怖くてなるべく考えないようにしていました。でも、今は少しでも長く生きて、アルツと一緒にいたい……」
そういうとわたしはアルツの頬に両手を添え、キスをした。そしてキスをしながら思う。わたしの嘘つき、と。
本当は、少しでも長く生きて、少しでも長くアルツをわたしに縛り付けたいのだ。もしアルツの心が離れても、わたしが生きている限り、わたしが望む限り、アルツはわたしから離れられない。アルツをわたしに縛り付けることが出来る。
わたしが心の中でこんなことを考えていると知ったら、貴方はどう思うだろう。貴方を信頼していると言いながら、貴方の心が変わってしまわないかと何時もびくびくしていることを知ったら、貴方はがっかりするだろうか。そして――
わたしと貴方が出会ったことは間違いだったんじゃないか、そうわたしが思っていることを知ったら、貴方は傷ついてしまうだろうか。
貴方がどう思うかなんて、恐くて聞けるはずないけれど、わたしは心の中でそっと問い掛けた。




