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「それは、本気ですか?」
オレが心底あきれた声を漏らしたのは、仕方が無いことだと思う。
青銅の薬術師のメダルを無事取得でき、来月の帰郷の準備に明け暮れていたオレを呼び出したのは医術院の元上司、救急室のクーレ室長だ。
白金の医術師のメダルを取得したオレは早々医術院を辞め、薬術師の勉強に専念するつもりだったのだが、周囲から猛反発にあい結局休職扱いになっていた。だが、今回はそれがあだとなったようだ。
とんでもなく面倒な事態に巻き込まれそうな予感がして、オレは渋い顔になる。
「アルツ=ウィルニゲスオークを主治医にしろと、先方のたっての希望なんだ。相手が相手だから、否やは言えないのだよ」
クーレ室長も弱り切った顔をする。そりゃあそうだろう、クーレ室長は救急室担当だ。本来なら全く管轄外のことで、頭を悩まされているんだからいい迷惑に違いない。しかし、それはオレも一緒だ。なんで、
「なんで救急担当で白金を取ったオレが、専門外の痔の手術をしなくちゃならないんですか? しかも休職中なのに」
苦り切った口調でオレが恨み言を吐くと、クーレ室長は「すまん」と頭を下げた。
「何を考えているんですか、インバシオンの国王は。自国の医術師ならともかく、敵国出身の医術師に自分の痔の手術をさせたがるなんて。
オレ、うっかり穴を縫っちゃたり、患部に塗る軟膏にカラシ混ぜちゃうかもしれませんよ」
「そ、それは国際問題に発展するから止めてくれ!」
クーレ室長は青ざめた顔で声を上げる。
「冗談ですよ、勿論。だいたい、痔の手術ぐらい医術師呼んで、自国の城でやればいい話じゃないですか。なんでわざわざ教都に来て、豪邸を一軒買い上げ改築して、医術院の医術師を招集して手術するんですか? 訳が分からない」
クーレ室長はオレに負けないぐらい渋い顔をして首を振る。
「大陸一の大国の国王が考えることが、しがない医術師でしかない私に分かるわけがない。とにかく医術院だけでなくアーリリア教としても、インバシオン帝国にそう簡単には逆らえん。その国王が10代で白金を二つと、黄金・青銅を一つずつ取ったアルツ=ウィルニゲスオークに手術をさせるよう指示されたんだ。帰郷を前に悪いと思うが、お前に拒否権はないんだよ。あきらめてくれ」
「それぐらい分かってますが、文句ぐらい言わせて下さい」
「私に言われても迷惑だ。国王本人に言ってくれ」
「――そうします」
「冗談だ。頼むから、穏便に頼んだぞ」
クーレ室長はそう言うが、この状況でどう考えても穏便に終わりそうも無く、オレは大きなため息をついて「了解しました」と頷くと、部屋を後にした。
医術院からの帰り道、中庭をどんよりしながら歩いていると、むやみやたらと明るい男の声がオレを呼び止めた。
「アルツ! やっと捕まえた。来月田舎に帰っちゃうんだろ。剣術院の奴らで送別会してやるから、予定を教えろよ」
振り返ると声の通りの能天気男、黒銀の剣術師 ゲリエがニコニコと手を振りながらやってくる。ブルーな時にはあまり会いたくない種類の人間だ。
「――来月、帰れなくなった。医術院で急な仕事が入ったから」
「マジで!? それならまだしばらくいるってこと? 良かった~」
「オレは大変なんだぞ、喜ぶなよ」
「えぇ~、だってダチとの別れが長引いたんだ、そりゃ喜ぶだろ~。時間が取れるようなら特訓にも顔だせよ、みんな喜ぶから」
「まだやってたんだ。お前らも仕事忙しいんだろ」
「まあな。だから、あの頃一緒にやってた連中全員が揃うことはほとんど無いけど、後輩やら学び舎の連中やらで、結構な大所帯になってるぜ。黄金を輩出した秘密の特訓なんて箔がついちゃってさ」
その黄金であるオレは、肩をすくめて苦笑した。
こいつらのとつきあいは、オレが魔術院の学び舎にいた頃からなので、もうすぐ10年になる。毎日毎日暗い部屋に押し込められて、やりたくも無い魔術の勉強に飽き飽きしていた時に、たまたま見たこいつらの剣術の特訓に飛び入りさせてもらったのがきっかけだ。
剣術院と魔術院はその対極ともいえる性質のせいか、犬猿の仲だ。だから最初、魔術院所属のオレが特訓に参加させて欲しいと言った時、ほとんどの奴らに鼻で笑われて相手にされなかった。そんな中、お人好し全開の笑顔で「いいよ、一緒にやろう」と承諾してくれたのがゲリエなのだ。
「オレが黄金の剣術師のメダルを取ったのは、お前たちのせいだろうが」
「うん、そうだよ。だから、感謝して送別会では奢れよ」
「あほか。どこの世界に送別する人間に奢らせる送別会があるんだよ。だいたい、オレは剣術師のメダルを取るつもりなんてちっとも無かったんだぞ。魔術師と医術師で白金、剣術師で黄金なんて、胡散臭い目で見られるだけで良いことなんてなんにも無い」
「薬術師で青銅、もだろ。ほんとに胡散臭いよな~。剣術師以外は自分で取ったんだ、今更それに剣術師が加わろうが無くなろうが胡散臭さは変わらないさ」
ケラケラと笑うゲリエの向こうずねを蹴飛ばしてやったが、痛覚が鈍いこいつは全然へっちゃらそうだ。
オレは、こいつらにだまくらかされて剣術師のメダルを取る羽目になったのだ。こんな脳みそ豆腐な奴らの罠に掛かるなんて、一生の不覚だ。
こいつらの特訓に参加させてもらう代償として、オレは剣術師の座学の勉強を見てやっていた。兵法とか、国家間の戦争における条約とかたいした内容ではないのだが、筋肉馬鹿のこいつらには悩みの種らしく、試験の度オレのヤマ掛けは喜ばれた。オレも魔術院の学び舎の連中より、同じ貴族・富豪の子弟でもこいつらとウマが合い、友人だと思っていたので助力は惜しむまいと思っていたのだ。――そこをつけ込まれた。
剣術師の座学の試験に答えあわせの為一緒に受けて欲しいと言われた時、オレ自身も興味があったから、それが策略だと思わず素直に受けてしまった。
オレがこいつらの術中にまんまと嵌められたと気づけたのは、実地試験当日ゲリエが試験前の特訓で大怪我をしたから診て欲しいと試験会場に連れて行かれ、そのゲリエにニヤニヤ笑いながら「剣術院の奴らに、お前の実力見せつけてやれよ」と言って出迎えられた時だった。そこで初めてゲリエという男が、単なる能天気でお人好しな人間ではなくとんだ食わせ者なのだと知った訳だ。
「仲の良い友人だからと言って、信用してはいけないと学ばせてもらったよ」
「アルツしつこ~い。おれら、お前が剣術院の奴らに下に見られてるのがむかついたから、思い知らせてやろうとちょっと画策しただけじゃん。根に持つタイプは女にもてないぜ」
「剣術院の人間になんと思われようが構わないし、必要なだけもてているから、これ以上もてなくても良い。それよりお前の口調が気持ち悪い、変に伸ばすな! ただでさえ馬鹿っぽいのに、更にアホっぽく見えるぞ」
オレが苦々しい顔で睨み付けると「アルツこわ~い」と怯えるふりをする。マジで気持ち悪い。
「おれ今付き合ってる彼女、15歳なんだわ。つい口調が移っちゃって。いや~、自分もまだまだ若いつもりでいたけど、やっぱ6歳違いは大きいね」
「お前っ! それ犯罪だろ。未成年じゃないか!」
「彼女の両親も了承してる清いお付き合いだも~ん。犯罪じゃ無いよ。まあ、ぶっちゃけ家同士が決めた許嫁なんだけどね。おれもそろそろ遊んでいられなくなったってワケ」
ゲリエの言葉にほっとする。こんなふざけた性格だが、コイツは教都でも指折りの名家の三男坊だ。結婚は好きな相手と自由に出来るわけでは無い。
「――――6歳も違う15歳を、そういう相手として見られるのか?」
ふと思ったことを、オレは気がついたら聞いていた。
「別にそれぐらい普通だろ。実際結婚するのは彼女が成人してからだから、16歳と22歳。ごく一般的な年の差だと思うけど。まあ、これが5年前の11歳と17歳だったら、おれもさすがにあり得んけどな」
オレが微妙な顔で話を聞いていると、ゲリエはニヤリといやらしく笑う。
「どっちにしても『女は30過ぎてから』が持論のアルツには、ピンとこない話だろうな。お付き合いしてたお姉様方とは綺麗に別れられたのか? お前の修羅場話聞いたことないけど、さすがに今回は色々あるだろ」
「その『お姉様方』の『方』はなんだよ。オレは二股掛けたことなんてないぞ。何時だって一人の人間と真剣にお付き合いしてるんだ。だから、先週一人の女性と合意の上で別れたよ」
ゲリエは「ハッ」と嗤った。
「真剣が聞いて呆れるね。真剣に付き合ってたら、『田舎に帰るから別れます』『そうですか、気をつけて帰ってね』で別れられるかよ。相変わらずつまらん付き合い方してんな、お前は。10年教都に居て、別れがたい女の一人も出来なかったのかよ」
ゲリエの嘲りに、オレは言葉を詰まらせる。
「女はともかく、男の友情は大事にしてくれよ。来月帰らないなら、少しは時間が取れるだろ。医術院の仕事が始まる前に一度特訓に顔を出してくれ。その時に送別会の日程決めるから」
そう言うとゲリエは軽く手を上げ、去って行った。
「――――オレにだって、別れがたい女ぐらい、いるよ」
誰も居ない中庭の通路で、オレはぽつりとつぶやいた。




