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すぐさまイエインさんのお宅に行き、アルツは病床のイテュスさんを診た。まだ幼い子どもが高熱でうなされている様子に心がとても傷み、わたしは胸をぎゅっと押さる。
アルツは採血するとすぐさま渡してくれたので、わたしは十日熱かどうか調べるため鞄から試薬を取り出す。アルツはそのまま診察に入った。
「高熱と、まぶたの裏、手足、背中、腹部に左右対称の紫斑、膝関節の腫脹。ここまでは確かに十日熱特有の症状だが……。
シア、血液検査はどうだ?」
「――陽性です。十日熱に間違いありません」
アルツは息をつくと、イエインさんに向き直る。
「十日熱でしたので、ナルギの薬を処方させていただきます。――よろしいですね」
イエインさんは、小さく頷くとわたしを見た。
「はい。あの、一つお願いがあるのですが……」
「なんでしょうか?」
わたしは緊張しながら答える。
「私も調薬される場に立ち会わせて下さい。手出し口出しはもちろん致しません。母親として、薬師として、じっとしていられないんです」
「――わかりました。どこか調薬室をお借りしたいのですが」
わたしがそう願い出ると、着いてきたヴァリーさんが手を上げる。
「私の調薬室を使って。お祖父さまと共用だから、この里では一番設備が充実しているわ。可能なら、私も立ち会わせて欲しいのだけれど」
「もちろん結構です。では、ダーフナさんのお宅に戻りましょう」
ダーフナさんの家に着くと、ダーフナさんがナルギを10株ほど採取して待っていた。
「ありがとうございます。これだけあれば十分だと思います」
十日熱の治療は時間との闘いだ。治療開始が早ければ早いほど後遺症は残りにくいし、完治も早くなる。熱は今朝かららしいので、まだ一日目だ。それでも熱が下がるまで五日は掛かるだろう。
大丈夫、絶対あの子を助けられる――わたしは心の中でそう自分に言い聞かせながら、ヴァリーさんとダーフナさんの調薬室で必要な器具を揃えていく。
広いとは言えない調薬室ではわたしに、イエインさん、ヴァリーさん、ダーフナさんまでいるので、正直緊張して手が震えそうだ。アルツは、イエインさんの家で、イテュスさんに付き添ってくれている。
「その器具……貴方、薬学の薬を調薬するつもりなの?」
ヴァリーさんは、わたしが揃えた器具類を見て言った。薬学と薬術学では、使う器具が全く異なる。
「はい、ナルギの薬はもともと薬学の薬ですから」
だからわたしの鞄に入っている携帯用の器具では、ナルギの薬は調薬出来ないのだ。
「薬学の調薬も学んでいたの? 一体誰から……」
ヴァリーさんの疑問に答えたのは、ダーフナさんだった。
「シアルフィーラ殿の師であるオルキデーア殿だろう。彼にわしが薬学を一通り教えたからな」
「ダーフナさんは、オルキ先生をご存じなのですか!?」
驚き振り返ったわたしを、ダーフナさんが苦笑して見返した。
「わしが教都で薬術を学んでいる時、教師をされていたんだよ。ペタル出身だと知ったら、薬学を伝授するまでまるでスッポンのように食いついて離れなんだよ。
30歳過ぎて神官から転職されたそうだが、恐ろしいほどの入れ込みようで勉強されていた。当時はまだ薬学を低くみる薬術師が多い中、オルキデーア殿だけは違ったな」
ダーフナさんは、懐かしそうに目を細める。
「オルキデーア殿の弟子である貴方なら、薬学の薬も問題なく調薬出来るでしょう。さあ、話はここまでにして、どうぞ作業を続けて下さい」
「――ありがとうございます」
わたしは軽く頭を下げると、前を向いて調薬を続けた。
わたしが部屋に戻ると、アルツが寝台から身を起こした。
「すみません、起こしてしまいましたか」
「いや、横になってただけだから。イテュスの容態は?」
「先ほど計ったらやっと微熱程度まで熱は下がりました。意識もはっきりしていますし、峠は越したと思います」
最初の薬を処方してから3日が経った。2日目まで容態に変化がなく落ち着いて休めなかったが、ここまで熱が下がればもう大丈夫だろう。アルツもほっとしたのか、顔が緩んでいる。
わたしが寝衣に着替えると、アルツはくいくいと手を動かして、わたしを呼んだ。
「どうかしましたか?」
首をかしげながらアルツの寝台のそばまで寄ると、アルツは優しく微笑んで布団をまくり、自分の横をぽんぽんと叩いた。
「おいで、久しぶりに一緒に寝よう」
顔にどっと血が集まった気がした。きっとわたしは今真っ赤に違いない。なんと言っていいのか分からなくて俯いていると、アルツは苦笑して首を振った。
「おかしなことはしないよ。一緒に寝るだけ。信用して」
「――信用はいつもしてますよ」
こんなに真っ赤な顔で信用してると言ったって、説得力がないだろう。ああ、わたしはどうして今まで当たり前な顔をして、アルツと一緒に寝ていたんだろう。ほんの数日前の話なのに、自分で自分のことが分からない。
わたしは、アルツが空けてくれたところに、そっと体を横たえる。途端、アルツのにおいがわたしを包んで安らいだ気持ちになった。
わたしがアルツの胸に顔を押し当て目をつむると、アルツはわたしの頭をそっと撫でる。やっぱり気持ちが良くて、ほっと息をついた。耳元でクスリとアルツが小さく笑った気配がしたので、わたしは目を開けてアルツを見上げる。
「色々変なことしてゴメンね。なんかもう、自分で自分が止められなくて」
片ひじを立て、横になりながらアルツは情けない顔をして謝った。
「いい年してホント情けないよ。セクハラはもうしないから、許してください」
わたしはアルツを見上げながら、首を振る。違う、セクハラなんかじゃない。だって……
「嫌じゃないんです。アルツにさわられることは好きなんです。だから、セクハラじゃありません。わたしはアルツにもっとさわって欲しいです」
必死に言いつのると、アルツは顔を少し赤らめたままひじをついていない手で顔を覆い、そのまま後ろに倒れた。
「アルツ!」
わたしが焦って顔をのぞき込むと、顔を覆った手の隙間からこちらをちらりと見て困ったように笑った。
「そんなこと言われると、理性がぶっとんで鼻血が出そう」
「大変です! 冷やさねば!!」
立ち上がろうとするわたしの手を掴むと、アルツは自分の胸の上にぐいと引き寄せた。
「大丈夫だよ」
そう言うとわたしの目元に唇を落とした。わたしは力を抜いて、アルツの胸の上にほほを寄せ、ため息をつく。
「アルツ、わたし思ったんですけど……」
「――なんだい?」
「自分に自信を持つのって、人に頼ってどうこうなるものじゃないかと」
「こないだの話?」
「はい。アルツは自分の責任だと言ってくれましたけど、やっぱりそれは違うんじゃ無いかと思うんです。自分の力で一つひとつ積み重ねていかないと、自分に自信を持つことは出来ないと思うんです」
アルツの脇に手をつっぱり、わたしは体を起こしてアルツの顔を見る。
「わたしが自分に自信を持てるようになるまで、時間が掛かってしまうと思うんです。だから、それまで待ってもらえませんか? アルツの隣で胸を張って立っていられる人間になるまで迷惑をいっぱい掛けてしまうと思いますが、絶対、なれるように頑張りますから」
わたしの勝手なお願いを、アルツは真剣な表情で聞いてくれた。そして、わたしの頬に手をやると、身を起こしてわたしにキスをする。
「当たり前だよ。シアがオレにふさわしく在りたいと思ってくれるように、オレもシアにふさわしい人間で在りたい。シアをしあわせに出来るように、もっと強く在りたい。
オレたち、夫婦になったばっかりだ。これから二人で夫婦として関係を一から作っていくんだよ。だから、一緒に頑張ろう」
「……はい」
うなずき、わたしも決意を込めて、アルツにキスをした。




