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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第八章 薬学の里 ペタル
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8-4

 ヴァリーさんが連れてきてくれた場所は、わたしたちが最初に案内された居間だった。立ったまま一人の女性をなだめているダーフナさんは、わたしたちが部屋に入って来るのを見ると、明らかにほっとした表情になる。


「何があったのですか?」


 アルツの冷静な声で女性は振り返り、アルツに向かって勢いよく頭を下げた。


「お願いします、あなたがたの馬車を譲って下さい! 長の馬車は出払ってしまっていて、この里にもう馬車はないんです」

「それは構いませんが、どうして馬車が必要なのですか? 急患と伺いましたが」


「息子が――二歳になる息子が十日熱に掛かりました。私も薬師なので治療法が無いことは知っています。熱が出てから十日前後で死んでしまうことも。

 今から不眠不休で向かえば、五日で教都に着きます。教都に行けば、癒やしの巫女様がいらっしゃる。熱は今朝からですから、まだ間に合うかもしれません。多くの方が巫女様の治療を待たれていることは知っています、加護を受けられるかどうか分からないことも。でもここで何も出来ず、ただ子どもの死を待っていることなんて私には出来ません。どうか、馬車を譲って下さい」


 深く頭を下げる女性の言葉に、わたしは息をすることも忘れ、ただ立ち尽くしていた。アルツはわたしを気にしながらも、女性に声を掛ける。


「こちらの里の方はご存じなかったかもしれませんが、十日ほど前に癒やしの巫女の退任式がありました。今から教都に行かれても、もう……」


 女性の顔は絶望で覆い尽くされた。そして、そのまま力なく床に座り込んでしまう。


「そんな……。何も、何も手が無いの? あの子は助からないの?」


 悲痛な声でつぶやく女性の傍らにダーフナさんは跪き、両肩をつかんで向かい合った。


「イエイン、しっかりしなさい。一つだけ手がある。しかし、それは賭に等しい不確実なものだ。それをするかどうか、君は選ばなければいけない」

「お祖父さま! もしかして、これを処方しようというの? まだ調べられていないのでしょう。十日熱の薬だって、この人が勝手に言っているだけなのよ? それを……」

「黙りなさい、ヴァリー。処方するかどうか、イエインに決めてもらう。他に手は無いのだから」


 ダーフナさんとヴァリーの視線は、わたしの持つナルギの株に集まった。わたしはダーフナさんに問う。


「――ナルギを処方するということですか?」

「薬の調薬方法はご存じなのですよね」

「はい、頭に入っています。実物が無かったので実際に調薬したことはありませんが、調薬方法は特殊なものではありません」

「でしたら結構です。イエイン、ここに十日熱の薬になる薬草ナルギがある」


 話について行けず、呆然としていた女性、イエインさんがダーフナさんを見ながらつぶやく。


「十日熱の薬? ナルギ? それはケピソスではないの?」

「君が知らなかったように、私たちは皆これをケピソスだと思っていた。ところが今日、こちらの黄金の薬術師 シアルフィーラ殿がこれはケピソスではなく、ナルギという十日熱の薬になる薬草だから、株を分けて欲しいと申し出てこられた。

 わしは、今まで調べていたが、ナルギ――ここでは捺祗と呼ばれる薬草が実際にあったことまでは調べられた。しかし外見についての記述が無く、これがそうだと断言出来ない。

 だから、君に選んで欲しいんだ。このナルギで作った薬を君の息子、イテュスに処方するかどうかということ」


 イエインさんは堅い表情で、わたしの持っているナルギの株をじっと見つめた。


「――何も出来ずに、10日間あの子が死ぬのをじっと待つか、助かる確証もないその薬を処方して、すぐに死んでしまうかどちらかということかしら?」

「違います! ナルギは人を死に至らしめる毒性はありません。薬を処方して死んでしまうことはないです」


 わたしは、思わず声を荒げた。


「それがナルギならね。もしケピソスの変種だったら、すぐに死んでしまうわ」


 ヴァリーさんが、冷静な声で断じた。

 わたし自身を信頼してもらえていない現状で、わたしが幾ら言葉を尽くしても無意味だろう。わたしは、心を決めた。


「ちょっと失礼」


 ずっと黙っていたアルツはそう言うと、わたしの手の中にあるナルギの葉を一つつまんでパクッと口の中に入れた。


「「アルツ!!」」


 わたしとヴァリーさんは、揃って声を上げる。その間も、アルツは平気な顔でもぐもぐさせると、ゴクリと飲み込んだ。


「――うん。ちょっと苦いけど、食べられないことないな」

「何を食べているんですか! 猛毒のケピソスかもしれないと今話していたでしょう!」

「シアが大丈夫だと言うんだから大丈夫だよ」

「そんな! わたしが間違えているかもしれないじゃないですか」

「信頼してるって言っただろ。オレのパートナーが間違えるはずがない。それに、今自分で食べようとしただろ。シアに毒味させるくらいなら、オレがする」

「――――アルツ」


 わたしはそれ以上何も言えず、ただアルツを見つめた。


「これが、ケピソスならもうとっくにオレは死んでいるはずだ。ヴァリー、とりあえずこれがケピソスではないことは認めてくれるな」

「――分かったわよ。アルツ、貴方がそんなに馬鹿な人間だとは思わなかったわ。他に手はあったでしょう」

「これが一番てっとり早いじゃん。シアが毒じゃないって言ってるんだ、毒であるはずがないよ。シア、ナルギの毒はどういった症状がでるんだ?」

「――腹痛、軽い下痢がある程度です」


 アルツはイエインさんに向き直ると、懐から白金のメダルを取り出し掲げた。


「だそうです、イエインさん。私は白金の医術師 アルツと申します。ナルギの薬を処方しても、お子さんが亡くなってしまうことはありません。私どもにお子さんを診せていただくことは出来ませんか?」


 わたしも慌ててアルツの隣で黄金のメダルを取りだし、掲げる。


「わたしは黄金の薬術師 シアルフィーラと申します。ナルギは絶滅したと思われていた薬草です。ナルギについて書かれている文献もほとんど残っていませんが、わたしはその特徴も調薬方法も文献を読み、理解しています。それだけでは心許ないと思いますが、わたしたちに任せていただきたいのです」


 わたしとアルツが頭を下げると、イエインさんは戸惑ったような顔になり、ダーフナさんを見る。ダーフナさんはそれに頷いて答える。


「彼らの身元はわしが保証しよう。信頼に足る医術師と薬術師だ」


 イエインさんは目を細め、複雑そうな面持ちでわたしたちに頭を下げた。


「――私に何もせずにあの子の死を待つことは出来ないわ。よろしくお願いします」

「必ず、助けてみせます」


 アルツは、真剣な顔で頷いた。



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