2-2
「アルツ! 大丈夫ですか?」
身体を強く揺すられ、オレの意識はうつつへと呼び戻された。薄っすら目を明けると、瞳が薄紫色の美人が心配そうにオレを覗き込んでいる。オレは、ぼうっとしたまま視線をそのまま下にずらし、手をそこにやる。
胸、まったいら。
「夢じゃなかった……」
顔を枕に押し当て、浮かぶ涙を染み込ませる。
「アルツ? 大丈夫ですか? うなされていましたよ」
「あ、あぁうん。大丈夫じゃないけど、大丈夫」
「――それって、大丈夫じゃなくないですか?」
心配そうに首を傾げるシアに、オレは少し笑って頬にキスした。
「オレが大丈夫っていうなら大丈夫、信じなさい。おはよう、シア。起こしてくれてありがとう。夢を見ていただけだから、心配しないで」
あの悪夢は夢ではなかったらしい。目の前のシアは、どこをどう見ても男である。顔は元のシアを思わせる優しげで柔和な顔立ちだが女性らしさは無く、体つきも細身ならがもしっかり筋肉がついており、男のオレから見ても羨ましいほどの良い男振りだ。そして、なにより哀しいことに、背がオレよりこぶし一つ分高い。
キスしづらいよ!
あの後、要領を得ないシアを連れて控え室のナスカの所へ行き、色々調べたが、『魔術によるまやかしでは無い』ぐらいしか分からなかった。シア自身に確認してもオレを待ちながら寝台でうとうととして、気が付いたらこの体になっていたらしく、やはり原因を探れるものはない。
解決の糸口も掴めず困惑していると、ナスカから「サージュ様に相談してはどうか」と提案が出た。行方不明のアルトサージュ様は、人知れず双子の妹アルトレージュ様と連絡を取っていたらしく、ナスカはアルトレージュ様の死の床で、シアの身に何かがあったときはアルトサージュ様を頼って欲しいと遺言を貰っていたらしい。
母親から娘へ本来なら伝えられる癒しの巫女について秘められた伝承は、アルトレージュ様の余りに早い死によって、途切れてしまった。しかし、その姉アルトサージュ様も本来なら一子相伝の伝承を、双子でどちらが癒しの巫女になるか分からなかったため、母親のアルトアージェ様から教えられていた。
もしかしたら、その中に今回の怪事の原因があるかもしれないとナスカは言うのだ。巫女の周囲では、神の御業としか思えない不可思議な出来事が往々にして起こるらしい。
なぜ今シアの体が男性になったのか検討がつかないが、オレはナスカからの提案に藁をも縋る思いで飛びついた。
守護騎士は巫女と子どもを成すことが第一の役目だ。まやかしの魔術で女性の姿に見せかけることは出来るが、それでは子どもは絶対に出来ない。子どもが出来なければ、オレは役目を果たせない役立たずとして守護騎士の地位を追われるだろう。それはなんとしてでも避けたかった。
幸い、退任式後3ヶ月は巫女としての仕事もなく、癒しの巫女と守護騎士は奥神殿でしばらく共に暮らすのが通例となっているらしい。巫女がほとんど初対面に近い守護騎士に馴染むための処置らしいが、つまりラブラブ新婚生活をシアと過ごせる重要な期間というわけだ。その間は世話をする女官も最低限になり、手の内の者で固めればシアの不在を誤魔化すことが出来るとナスカは請け負ってくれたので、後をナスカに任せ、昨夜教都をシアと二人で密かに出たのだ。
教都から一番近いトリベウスまでは山を迂回した街道を行くのが普通だ。しかし、夜にそこを移動するには余りに目立ちすぎるので、ほとんど人の通らない山道を選んだのだが、夜半を過ぎた辺りで激しい雨が降ってきた。旅慣れないシアのこともあり、途中にあった民家の扉をダメもとで叩いたが、その家が二代前の巫女アルトアージェ様の守護騎士だったんだから、偶然ってのは恐ろしい。
「おじいさんに、おかしいって思われないでしょうか? 病気が治ってしまって」
シアが思案深げに話しかけてきた。昨日は慣れない山道と、『蘇生の術』のせいで話す元気もなかったみたいだが、ずっと気にしていたらしい。
「大丈夫だろ。気付いたら気付いたで、『孫のために頑張らねば!』って張り切って働くだろうから、シアに病気を治してもらえて喜んでるよ」
オレの言葉にシアはきょとんとした顔になる。
「孫? あのおじいさん、アルツのおじいさんだったんですか」
オレは苦笑しながら手を左右にふった。
「違うよ。オレは孤児で血縁者なしっていってただろ。あのじいさん、アルトアージェ様の守護騎士 ダリヤ=マカロイ殿だよ。つまり、シアの血の繋がったおじいさん」
「……えぇぇっ!!」
シアに驚愕が走る。まぁ、気付いてないだろうとは思ってたけどね。オレも以前ダリヤ殿を調べた時に、教都の近くに隠れ住んでいる話を聞いてなかったら、確信は持てなかったと思う。
「だから、アルツはあの時わたしに『おじいちゃん』と呼んだらっていったんですね!」
そう言うとシアはオレに尊敬の眼差しを送ってくる。
止めてくれ! そんな純粋な目でオレを見るのは、あれは単なる嫌がらせなんだから。
シアは究極の箱入り娘で世間知らずだ。嘘みたいな話だが、出会った頃は自分の名前も知らなかった。彼女の周りには、彼女を『巫女様』『神子様』と呼ぶ女官しかいなかったから、オレに会うまで自分の名前を『みこ』『かみこ』だと本気で思っていたのだ。
いくら癒しの巫女でも、そこまで世間知らずはシアぐらいなものだろう。シアの母親はシアが産まれてすぐ亡くなってしまったし、父親もシアが1歳の誕生日前に急逝してしまった。そして、ダリヤのじいさんに至っては何を悲観したんだか、シアが産まれて一度も会おうともせず、十数年前に守護騎士の仕事も放り出してトンズラしやがった。
だからシアは『尊き神の子』と崇めて人間扱いしない奴等に囲まれて、自分の名前も知らないような世間知らずに育ってしまった。
この件に関しては、オレはダリヤのじいさんを一生赦せない。どんなに大切に何不自由なく育てられたからといって、愛情ひとつ与えられなかったシアの環境は最悪としか言いようがない。出会った頃のシアのまるで人形のような無表情は、今思い出しても胸が苦しくなる。
オレが見つめていることに気が付くと、シアは嬉しそうににっこり笑った。その顔に、思わずオレはシアをぎゅっと抱き締める。
「可愛く笑えるようになったね」
感慨深げに呟くと、シアも抱き返してきた。
「アルツが笑い方を教えてくれたお陰です」
本当に可愛いなぁ、オレより背が高いけど。
こんなにシアのことを愛してるオレが、ダリヤのじいさんに多少の嫌がらせをしたって許されるとおもう。じいさんだって、後悔しているのだろう。別れるときのあの顔を見れば分かる。次にシアに会いに来る時には、きっと惜しみ無い愛情をそそいでくれるに違いない。シアには肉親からの愛情が必要だ。勿論オレは溢れんばかりの愛をシアに注ぐ気満々だが、肉親からのそれとはやはり違う。
オレがダリヤじいさんとの結末に満足していると、シアはふと不思議そうに首をかしげた。
「そういえば、あの時どうして私がアルトレーシアだとおじいさんに教えなかったんですか? アルトサージュ様の子どもだと説明するぐらいなら、わたしがアルトレーシアだと言っても良かったんじゃ?」
何故シアがアルトレーシアだと説明せずに、『アルトサージュ様の息子シアルフィーラ』というシアが薬術師のメダルを取るときに作った嘘の設定を使ったかって? それはなあ!
「事情を全部説明したら、じいさん絶対着いてくるだろ! 俺たちに」
絶対絶対着いてくる、あのじいさんなら。シアが孫のアルトレーシアで、今から行方不明だった娘のアルトサージュ様に会いに行くなんて聞いたら、絶対何があっても着いてくる。間違いない。
「一緒に行っては駄目なんですか? おじいさんと旅出来るなんて、とっても楽しそうです」
ほんわり笑うシアには悪いが、オレにとってこの旅は……
「新婚旅行にじいさんなんか連れてきたくない!」
心が狭いと笑いたければ笑え! 四年ぶりに会えて、誰にも邪魔されずに二人きりで旅行できる機会が得られたんだ。ちょっとでも堪能したいんだよ、オレは。例え相手が男の姿でも、シアが「シンコン旅行ってなんですか」と首をかしげてもな!




