2-1
夕闇が深くなり、渡り廊下を照らす明かりが辺りを幻想的に彩っている。あたりを漂う空気は湿り気を帯びていて、そう遠くなく雨が降ることを感じさせたムード満点の奥神殿の雰囲気に、オレは四年ぶりに会える恋人、もとい今夜オレの花嫁になる彼女のことを思い、思わず弛む口を押さる。
すぐ前には先導として、オレの最大の恋敵で元婚約者だったナスカがいるから、あんまりにやけてはマズイ。
それでも会えない間に彼女がどんな成長したかを想像すると胸が高鳴ってくる。別れた時は16歳になる少し前で、まだ出会った頃のあどけなさを残していた。あれから4年経ち、今日20歳になったあの子はどれだけ綺麗になっているだろう。昼間の式の時は遠目で、しかも彼女はベールを被っていたため、わかったのは背が少し伸びたことだけ。別れた時、頭のてっぺんがオレのあごの下だったから、こぶし一つ分高くなったぐらいだろうか。
キスするのに楽そう。
そう考えた時、ナスカの呆れた声が聞こえた。
「顔が気持ち悪いぞ」
扉の前に立ち、気味悪そうにオレを眺めている。邪な考えは表情に駄々漏れだったらしい。
「うるせー」
オレは少し赤くなりながらナスカを睨み付け、手前で立ち止まった。妄想しているうちに部屋に着いたようだ。
「この部屋にレーシアがいる。私は先ほどの控え室に詰めているから、何かあったらそこに来い」
何があっても行くもんか! と心の中で返事をし、ナスカの脇を通り過ぎようとすると、奴は扉に手を掛け嫌味ったらしい笑顔をオレに寄越す。
「神にも等しき力を持つ勇者殿、貴殿に捧げる供物たる清らかな乙女をお受け取り下さい」
そんな芝居がかった台詞を吐きながら、勿体つけた所作で扉を開けた。
「シアをお供え物扱いすんな。暗黒神官」
そう言って睨み付け部屋に入ったが、ナスカは鼻で哂って肩をすくめる。
「勿論冗談だとも、供物は君のほうだ。レーシアのために馬車馬のように働きたまえ」
その表現にオレは非常に嫌な気分になった。
「馬はやめてくれる? 正直ちょっと家畜な気分なんだよね」
そう言って、左手の包帯を見せるとナスカは愉快そうに笑う。
「正しく家畜だな。しかも種馬だ。嬉しいだろう、優秀な品種と認められたのだよ」
本当にコイツと話していると腹が立ってしょうがない! 口は達者なつもりだったが、ナスカに舌戦で勝てたためしがない。いつかギャフンと言わせてやると心に決めながら、苦々しい顔でしっしと手を振るとナスカはうそ臭い笑顔を引っ込め、真顔になる。
「私はレーシアの守護騎士を君に譲ったが、レーシアのことが大切であるのに変わりはない。君の覚悟はこの4年間で見せてもらった。だがもし君がレーシアに相応しくないと判断したら、すぐにでもその場所から追い出してやるから、そのつもりで精進したまえ」
ナスカは言いたい事だけ言って、扉を静かに閉めた。
くそぅ! オレにも反論させろ!! シアへの愛を朝まで語ってやるぜ!
――なんてことを、うれしはずかし結婚初夜でするのは全くもって馬鹿らしいので、オレはナスカへの怒りを仕舞い込んだ。
ふふふふふ、邪魔者は去った。
オレはゆるゆるの顔で部屋の奥に進み、寝室の扉をたたく。
「シア、オレだ。入っていいか?」
ひと呼吸置いて扉越しに少し低い声が答えた。
「アルツ?」
久々のシアの声に、胸の奥からじわじわと喜びが湧いてくるのを感じる。
「あぁ、オレだ、アルツだ。入るぞ」
4年間の苦労を噛み締めながら扉に手を掛けようとした時、扉の向こうで駆け寄る音が聞こえ、そのままの勢いで開け放たれた。
「アルツ!! どうしよう! わたし、男の人になってしまった」
…………えっ?




