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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第一章 山中の民家
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1-3

 雨は明け方に上がり、日の出の出立時には晴れ上がっていた。

 シアは眠りが足らないのか、昨夜の術の影響か、アルツに馬の上に押し上げられてもぼんやりとしている。


「お世話になりました」


 アルツは馬の手綱を持ったまま、深く頭を下げた。


「気をつけて。このまま山を下って、トリベウスに行くのかね?」


 教都とこの山を挟んで反対側にある商業都市トリベウスは、教都に一番近い街として、教都に殉教に来る信者達で栄えている。


「トリベウスの教会には昔からきな臭い噂がある。シアを近付けないことだな」

「ご心配ありがとうございます。でも、そういったことから隔離するのが良いことは思いませんがね。シアは小さな子どもではありませんよ」

「危険な所に分かっていながら近付くのは、ただ愚かなだけではないのかね。君にシアが守れるのか?」


 睨み付けるダリヤに、アルツは自信ありげにいい放つ。


「勿論。全ての憂いからシアを守って見せましょう」

「言い切ったな、貴様」

「それぐらいの覚悟がなければ、シアのそばにいる資格はありません」


 そう言うとアルツはシアを後ろにずらし、馬に跨った。


「……君たちの関係は何なんだね」


 友人・知人というには深い繋がりを感じる。訝しげなダリヤに、アルツはニッコリ笑って答えた。


「医術師と薬術師の関係なんて、決まりきっているじゃないですか。私達は、パートナーですよ」


 ダリヤとアルツのやり取りに不思議そうな顔をしていたシアは、アルツのその言葉を満面の笑みで頷く。


 医術師は薬術師が、薬術師は医術師がいなければ薬が処方出来ない。薬術師の資格も持つ医術師もいるが、普通二人一組で医療行為をする。その関係をパートナーと呼んでいるのだ。


 シアはダリヤに向かって申し訳なさそうな顔でお辞儀する。


「ありがとうございました、おじいさん。お世話になりました」

「こっちこそ、色々と世話になった。気をつけて行くんだよ」


 「さようなら」と手を振るシアにダリヤは振り返し、遠く離れていく彼らを姿が見えなくなるまで見送った。


 どこからか、ワタリガラスの声が聞こえる。鳥になって、彼らの旅の無事を見守ることが出来たらどんなに安心だろうか。今のダリヤはここで、病んだ体を抱えて祈ることしか出来ない。自分はシアに何が出来るだろうか、血の繋がった孫であるシアに。



 ダリヤは先々代の癒しの巫女 アルトアージェの守護騎士であった。神の子である癒しの巫女は、対外的に結婚という形を取らない。しかし、子を生すために実質的な夫は必要である。公にされていないが、癒しの巫女を退位する際任命される守護騎士がそれである。


 つまりダリヤは、先々代の巫女アルトアージェの夫であり、先代の巫女アルトレージュとアルトサージュの父親であり、現在の癒しの巫女アルトレーシアとシアルフィーラの祖父になるのだ。



 癒しの巫女はその『蘇生の術』のためか皆短命である。歴代の巫女達はほとんど30代で亡くなっている。アルトアージェは32歳の時に、アルトレージュはアルトレーシアを産んですぐ21歳の時に亡くなった。

 ダリヤはアルトレーシアが産まれた時、再び先立たれることに怯え、彼女に愛情を持つことを恐れた。会うことさえ拒んで、病が見つかるとそれを理由に彼女から逃げてしまった。癒しの巫女とその血縁者を守るためという名目で任命される守護騎士。その職責を投げ出してしまった自分がシアのために何かしたいと思うことは、おこがましいかもしれない。


 自分の臆病な行為に忸怩たる思いで、守護騎士の証の刻印を見ようと左手首の装身具を外す。

 しかし、探しているものを見つけることは出来なかった。ダリヤの息はいっとき止まる。


 守護騎士の存在自体が内密のため、それと分かるように左手首に一生消えない刻印をされる。つまり、守護騎士とは終生つとめる役目なのである。それが、全く消え失せてしまった。昨夜体を拭いた時には確かにあったのに、半日も経たないうちにまるで最初から存在していなかったかのように影も形もない。


「まさか!」


 ダリヤは一つだけこの現象の原因を思いつく。シアの『癒しの術』だ。刻印は焼き印だ、つまるところ火傷である。『癒しの術』で治癒されたということに……。


「いや、『癒しの術』に昔の傷まで治す力はない。そんな力があるのならそれは……」


 それは『蘇生の術』だ。


 『蘇生の術』には全ての病と傷を完治する力があり、昔の傷痕も跡形もなく治してしまう。シアは『蘇生の術』を使ったのだ。『癒しの術』ではなく『蘇生の術』を使ったのなら、シアは癒しの巫女の血縁者ではない。現在『蘇生の術』を使える人間はただ一人。


 シアは癒しの巫女アルトレーシアなのだ。


 ダリヤはあまりのことに呆然と立ちすくむ。そして、昨夜倒れた時に見た夢を思い出す。妻のアルトアージェが傍らで泣いている夢だ。白金の髪や紫の瞳も、華奢な体つきも若い頃のアルトアージェそのものだった。あれが夢でなく、シアだったら。


 しかしシアはアルツよりも長身で、細いながらも男性の体格だった。幾ら瀕死の床だったとしても、見間違えはしない。男性であるシアが癒しの巫女であるはずがない。



 行き詰ったダリヤはしかしある可能性を思いついた。シアの髪の色を変えていたあの魔具である。右の耳に月長石の装身具が付いていたが、左の耳にも紅水晶の装身具が付いていた。それが、女性を男性に見せかける魔具であったなら。アルトレーシアの愛称シアにあわせた男性名で、かつ薬草の名前だからシアルフィーラとつけられたのなら。

 ダリヤがシアルフィーラの名を褒めた時、シアはアルツに向かって笑いかけていた。まるで感謝の意を表するように。アルツが、シアにシアルフィーラの名前をつけてやったとしたら。


「……あの舌先三寸のペテン師が!!」


 アルツは全てを承知していたに違いない。


「なにが『本当に内密に願いますよ』だ、全くの嘘っぱちではないか」


 ダリヤは苦々しく言い捨て、それで人生渡っているとうそぶいたあの男を蹴り倒したくなった。


 しかし、そこで再びあの疑問が浮かぶ。二人の関係だ。癒しの巫女は、20歳の誕生日に癒しの巫女を退位するまでほぼ男性と面会することはない。『蘇生の術』を掛ける瀕死の重症患者以外は、守護騎士、つまり父親や祖父といった血の繋がった人間ぐらいしか会うことはないのだ。例外的に、未来の守護騎士候補である婚約者と面会することはあるが、アルトレーシアの守護騎士候補はダリヤも見知っている神官の青年で、やはりアルツとシアの関係が思いつかない。アルツを見ていると、まるでシアの守護騎士であるがごとき言動だが、シアはまだ癒しの巫女であるから……


 そこまで考えて、ダリヤは「あぁ!」と叫び、部屋の壁に掛かっているほとんど見られることのない暦に駆け寄った。


 なんと昨日がアルトレーシアの20歳の誕生日だったのだ。人に会うことのない日々で、今日が何日かさえ覚束ないため全く失念していた。ならば、昨日アルトレーシアは癒しの巫女を退任し、誰かが守護騎士に任じられているはずだ。普通守護騎士候補が変更されることはないが、アルツが守護騎士になった可能性はある。それに、アルツは左手首にまだ血の滲む包帯をしていた。それが昨日付けられた守護騎士の刻印ならば、納得はいく。


 しかし、それでも色々と疑問は残る。ダリヤはこれらを確認するために教都の神殿に行こうと決意した。そして、アルツに昨夜言われたことをふと思い出す。


『貴方がシアの前にいる限り、私は貴方を死なせません』

『貴方が少しでもシアに情がわいているのなら、まだ死を望んでいることは話さないでください』


 もしかして、アルツはダリヤがシアの祖父であることを知っていたのだろうか。守護騎士に任じられたのなら、過去の守護騎士の話も聞いているだろう。卑怯にもシアから逃げ出したダリヤのことも。どこに住んでいるかは神殿に言っていないが、状況から推測することは出来る。その上でシアに『おじいちゃん』と言わせたのなら大した厭味だ。


『全ての憂いからシアを守って見せましょう』

『それぐらいの覚悟がなければ、シアのそばにいる資格はありません』


 アルツはシアから逃げ出したダリヤを断罪していたのか。そして、シアの元に戻りたければ、それ相応の覚悟を決めろと迫っているのか。


 全く生意気な。


 かつてはアーリリア教の最高位である大神官にまで上り詰めたダリヤを、ここまで虚仮に出来る人間がいただろうか。ダリヤはニヤリ笑うと、家をしばらく留守にする準備のため寝室に向かった。シアのお陰で身体はすこぶる快調である。これならば、ひ孫の守護騎士の顔を拝むぐらい長生きできそうだとダリヤは幸せそうに笑った。




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