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アーリリア教はもともとこの大陸古来の宗教ではない。およそ千年前に癒しの巫女と共に、別の大陸から海を渡って伝わってきたのだ。
巫女の従者の中にアーリリア教の神官のほか、医術師・薬術師・剣術師・魔術師がおり、彼らが学び舎を作って別大陸の進んだ技術をこの大陸の民に伝えた。
彼らは、学び舎で技術を取得した人々に、その証として技量に応じたメダルを授与した。下から青銅、黒銀、黄金、更にその技術に対して高い貢献を成した人間に与えられる白金の4種類である。
白金を持つものは、それぞれ十人ほどしかいない。取得する年齢も40代以上の人間がほとんどで、アルツほど若い白金の医術師をダリヤは聞いたことがなかった。白金ほどではないが、黄金も高い技術力や知識が必要で、20歳そこそこに見えるシアが取得出来たことも驚異的だと言えよう。
更に、シアは癒しの巫女の血縁者である。アーリリア教では、癒しの巫女は神の子と呼ばれるほど、貴き存在だ。その血縁者も準じて尊ばれ、待遇は王侯貴族にも引けをとらないものである。
その血縁者が、厚遇されるとはいえ技術者である薬術師になるなど本来ならありえない話なのだ。
さきほど、アルツがシアの世話をしていたのを見て主従関係だと考えたが、二人の言動を鑑みてアルツがシアのただの従者ということはないだろう。恐らく、シアはただ自分で身の回りのことをする習慣がないのだ。癒しの巫女の血縁者である彼は、自分で衣服を脱ぐことすらしたことがないに違いない。
そんな彼らが、何故夜中にこんな山中を旅していたのか分からないが、相当な理由があることはダリヤにも予想がつく。
自分に何か、彼らの助けになることは出来ないだろうか。そんなことをつらつらと考えながら、ダリヤは眠りの縁を漂っていた。
そしてそれは突然きた。
どっと汗がわき出、ドクドクと自分の心臓の音が聞こえる。急に来た吐き気と言いようの無い不安感がダリヤを襲う。
ダリヤはなんとか身を起こそうとするが、体が思うように動かず寝台から転がり落ちた。痛みに思わずうなるが、それ以上は何も出来ない。今までに無い状態に薄っすら『死』を感じ始めると、扉を叩く音が聞こえた。
「音が聞こえました。どうされましたか!」
遠慮がちな、しかし切迫したアルツの声を聞き、ダリヤは彼らに迷惑を掛けてしまうことを申し訳なく感じながら、そのまま意識を無くす。
ダリヤは妻の夢を見た。
ダリヤの手を握り、目をぎゅっとつむって泣いている。白金の髪はさらさらと肩を流れるが、指一本動かせないダリヤは昔のようにその手触りを楽しむことが出来ない。彼女の髪を手で梳くのが好きだったのに残念だ。
そうぼんやりと思っているうちに目が覚めた。
部屋はまだ暗い。さほど時間は経っていないようだ。背中が痛むのを感じ、ダリヤは自分が床の上で横になっているのに気が付いた。寝台から落ちたことは現実だったらしい。
ゆっくり身を起こして、ダリヤは首をひねった。体がやけに軽い。
今まで安静にしていても、どこかしら身体の不具合を感じていたが、それらが全く無い。いぶかしげに眉を顰めたが、そこで隣に人の気配があるのにやっと気が付く。
倒れているシアをアルツが膝に抱えて口づけているのだ。一瞬『人工呼吸』の文字が頭に浮かび、ダリヤは一気に青ざめる。しかし、ダリヤが知っているものと何かが違う。
声を掛けて良いものか分からずじっと見ていると、アルツはその気配を感じ、目を上げ慄いた。そしてシアから体を離し、顔を引きつらせながらダリヤの方に向き直る。
「じ、人工呼吸を……」
「鼻を閉じなくても良いのかね」
入れた呼気が漏れるのを防ぐため、対象者の鼻を手で塞がなければならないとダリヤは聞いたことがあった。
「わ、忘れていました」
「白金の医術師の君がか?」
アルツのしどろもどろの態度に、ダリヤは段々不信感が募ってきた。その様子を見て、アルツは諦めたように息を吐く。
「申し訳ありません。人工呼吸というのは正しくありません。似たようなものではありますが」
「どういうことかね」
アルツは意識が戻らないシアの髪をそっとかき上げ、右の耳にあった装身具を外す。すると黒い髪が一瞬で白金に変わった。
「こ、これは……!」
「魔具で髪の色を変えていました。シアの髪の色は白金です」
アルツは月長石の装身具をダリヤに見せた。
魔具とは、魔術師が己の魔術を物に込め、様々な働きをさせるものである。ダリヤも色々な魔具を見たり使ったりしてきたが、髪の色を変える魔具があるなど初めて知った。まやかしの魔術を応用しているのだろうが、そういった魔術は普通あやつる魔術師より上位の魔術師には効かない。つまり相当上級の魔術師があやつったものでないと、その意味を成さないのだ。
「教都で一番魔力の強い白金の魔術師が作った魔具です。まず見破られることはありません」
怪訝な顔をしたダリヤの疑問に、アルツは質問されずとも正しく答える。
「シアは『癒しの術』が使える白金の徒なのです。癒しの巫女の『蘇生の術』ほどの回復力はありませんが」
癒しの巫女の『蘇生の術』は、どんな瀕死の重傷や病でもたちどころに癒す力がある。白金の徒もそれに近い『癒しの術』を使えるが、ダリヤが知っているのはせいぜい熱が下がるとか、怪我の治りが早くなるぐらいのもので、恐らく心臓発作をおこしたダリヤを助けるほどの『癒しの術』など聞いたことが無かった。
「私達が駆けつけたときは既に貴方は虫の息で、私に施すすべはありませんでした。なので、シアが『癒しの術』を貴方に与えたんです」
「瀕死の人間を助ける『癒しの術』など聞いたことが無い」
ダリヤの懐疑的な眼差しに、アルツは大きく息を吐く。
「全く貴方は詳しすぎてやりずらい。素直に誤魔化されていてくださいよ」
「私を誑かすつもりだったのか」
アルツはニッと笑った。
「私はそれで人生渡ってますので」
「君は才能で渡っていけるだろう」
「過ぎた才能は、生きにくくなるだけですよ」
ダリヤは、しらっとうそぶくアルツを見てため息をつく。
「私に答える気はないということか」
「はぐらかされてもらえませんか」
アルツは苦笑して「本当に内密に願いますよ」と渋々ながら白状した。
「シアは20年ほど前に亡くなられた癒しの巫女 アルトレージュ様の姉君、アルトサージュ様の子どもなんです」
驚愕の余り、ダリヤはいっとき息が止まる。
「ア、アルトサージュ様は20年以上前に行方不明になられたのでは……」
「そのあたりの事情は私も詳しく知りません。訳あって身を隠されていたぐらいしか。ただ、20年前アルトサージュ様はシアを産み、数年前に諸々の事情でシアを教都のある方に預けられました。アルトサージュ様の『癒しの術』の素晴らしさは、私より貴方の方がよくご存知でしょう。シアはその力を受け継ぎ、とても強い『癒しの術』を使うことが出来ます」
先代の癒しの巫女アルトレージュとその双子の姉アルトサージュは全く瓜二つの姉妹だった。そのため周囲は『蘇生の術』を使う癒しの巫女が二人現れるのではと期待した。
残念ながら『蘇生の術』を使える癒しの巫女になったのは、アルトレージュただ一人だったが、アルトサージュの『癒しの術』は今まで例にないほど強力な回復力があった。
「シアはアルトサージュ様並みの『癒しの術』が使えます。それでも、先ほどの貴方は危機的な状態でしたので、シアは自分の魔力のほとんどを消費して、貴方を助けました。しかし、今度はシア自身の命が危険になり、私の魔力を分け与えたんです。
それが先ほどの『人工呼吸』という訳です」
アルツは意識のないシアを両手で抱え立ち上がると、今だ呆然としているダリヤに告げる。
「生きる意志のない貴方を無理矢理助けてしまって、申し訳ありませんでした。正直私は貴方が生きようが死のうがどうでもいいのですが、シアが貴方の生を望むので、貴方がシアの前にいる限り、私は貴方を死なせません」
アルツはそう言い切ると、開け放たれていた扉から出ていった。そして、肩で扉を閉めようとした時、少し躊躇して再び口を開く。
「明朝暇乞いをさせていただきます。もし、貴方が少しでもシアに情がわいているのなら、まだ死を望んでいることは話さないでください。勝手な要求だと分かっていますが、私はシアに傷付いて欲しくないんです。
お願いします」
そう言うとアルツは頭を下げ、扉を閉めた。




