3-2
扉を叩き、しばし待つと彼女がそろりと顔を出した。そしてオレを見た途端、苦いものを飲み込んだような渋い表情に変わる。
「傷つくなあ。二週間ぶりに会えたのに」
オレはなんでもないように笑って部屋に滑り込んだ。
「あたしは二週間会えなかろうが、一生あんたに会えなくなろうが全く構わないんだけど」
そっぽを向く彼女の頬をオレは両手で挟み込み、目を覗き込む。
「そんな酷いこと言わないで。オレ悲しくて泣いちゃうよ」
「……嘘ばっかり」
「君に嘘を付いたことないだろ」
「あたしが気づけないような巧妙な嘘しかついてないだけでしょ」
「愛しい君を欺くようなことオレには出来ないよ」
「寒い! うそ臭い! 黙れ! ってか、勝手に診察するな!!」
オレが話しながら頬にやった手で彼女の下まぶた確認したり、口の中を覗き込んだり、ノドのリンパ腺を触診しているのに気が付いていたらしい。まあ普通気づくか、毎回やってるし。
「これは診察じゃないよ。好きな人への愛撫なの。へへ、服も脱がせちゃうね。ちょっと胸にヒヤッとするもの当てるけど我慢してね。すぐ気持ちよくなるよ」
「聴診器で気持ちよくなるかー!!」
彼女は叫びながら上の服のボタンに手を掛けようとしたオレの手を払いのける。ちぇっ、残念今日はこれまでか。あんまり見せてもらえなかったけど調子は悪くなさそうだ、良かった。
「……やっぱり医療院に行かないか? オレが嫌なら休みの日を教えるから」
「くどい。余計なお世話。とっとと帰れ」
全く取り付く島もないとはこのことだ。オレはため息をつくと、今朝薬保管室でちょろまかしてきた薬を机の上に置く。
「前持ってきたの、そろそろ切れるだろ。多めに持ってきたけど、強い薬だから服用は指示通り、1日1回以上は絶対使わないでね」
「それじゃ帰るよ」そう言って彼女の頬にキスをし、オレは身を離そうとするが、彼女に腕をつかまれ阻まれてしまう。
「愛しいあたしをほっておくの? 気持ちよくしてくれるんでしょ」
「……何度も言うけどオレは君の身体が欲しいから薬を持ってくるんじゃないよ。身体で支払われてるみたいで正直嬉しくない」
「うるさい、黙って愛撫しろ」
「……オレに心を渡せないからって、身体を差し出さなくていいんだよ。オレは君の心も身体も欲しがらない。ただ君に一日でも長く生きていて欲しいだけなんだ」
「一人でいるのは寂しいから、慰めてよ」
「…………君は、コズミは本当にずるい」
そういうと、オレは彼女の肩に顔をうずめた。
「もうここには来なくていいよ」
月明かりの中、コズミは裸のまま仰向けで目を閉じ言い放つ。オレはコズミの身体に布を掛け、その脇にそっと寄り添った。
「薬のことなら大丈夫だよ。ばれるようなヘマをオレがするわけないだろ。まあ、コズミが医術院に行って薬をもらってくれるのが一番良いんだけどね」
薄い茶色の髪をそっと梳く。コズミの髪は細くふわふわと柔らかで触っていて楽しい。頭を撫でられ気持ち良さそうに目をつむっているコズミを見ると、子猫を撫でている気分になってくる。ちんまりした鼻といい大きなくりっとした目といい彼女の容姿は猫っぽくて、道端で子猫を見かけるとオレは何時も彼女を思い出してしまう。
しかしほのぼのしているオレに、コズミは硬い声で容赦なく冷や水を被せてきた。
「もうくれる薬もあんまり効かなくなってきたの。だから、もういらない」
彼女の言葉にオレは息が止まる。彼女に渡した薬は彼女のような患者に処方される非常に強い痛み止めだ。痛みを止めるぐらいしか出来ることがない末期の患者に処方される痛み止め、それが効かなくなってしまったということは……。
「だから、こなくていい。あたしにあんたは必要ない。もう、あんたはここに――――来るな」
硬い声のままコズミはオレに更に追い討ちを掛け、言いたい事をすべて言い尽くしたとばかりに背を向け丸まってしまう。そんな姿さえ猫っぽく、彼女の身を喰う痛みがすこしでも和らいで欲しいと祈りながら、オレはいつまでもその頭を撫で続けた。
そんな力、オレに無いって知ってはいたけど。




