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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第三章 8年前 教都(前)
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18/99

3-3

「本当に神様っているのかも」


 奥神殿を覆う鉄壁の結界を見上げながら、オレはぽつりと呟く。

 オレは今、教都の神殿の更に奥にそびえる、奥神殿の人目に付かない場所にいる。神殿はそこそこ警備兵がいたが、奥神殿はこの結界があるためか、唯一の入り口である門以外に警備の人間はいないようだ。


「それだけこの結界に自信があるんだろうなあ」


 再び声に出てしまう。これはぼやきだ、弱気になってる証拠である。

 何もしないうちからこれでは先が思いやられるぞ、オレはこれから前人未到の奥神殿潜入を決行せねばならないのだ。こんな及び腰でどうする! オレ!


 しかし、ここまで強固な結界だとは思っていなかったので、正直どう対処すべきか二の足を踏んでしまう。魔力についてはこの教都の魔術院で『千年に一人の逸材』ともてはやされていただけに自信があったのだが、オレにこれと同じ結界を張る力はない。人が作った結界とは思えない強力さで、神様が張りましたと言われても信じてしまいそうだ。しかしそれを今から破らなければならないのだ、しかも気づかれないように。

 う~ん、本当にそんなこと可能なのか? だが、ここで悩んでていてもしょうがない。オレは目を閉じ、手を組むと普段は口にしない魔術の詠唱をはっきり声に出し唱え始めた。


 これ破ったら神罰が下って、オレ死んじゃったりして。

 そんなことがチラリと掠める。いやいや集中しろよ、オレ。


 ここ教都、特にアーリリア教教の神殿では神罰は経典の中の言い伝えだけではなく現実に下るものらしい。噂だが、アーリリア教教の象徴である癒しの巫女の『取り扱い説明書』なる秘伝の書があるらしく、そこに書かれている決まりを守らないと本当に神罰が下るそうだ。内容は『巫女の望みは絶対聞け』とか『巫女を大切に扱え』とかなんとか、聞いたときは何の冗談かと笑ってしまった。しかし直近では20年近く前、神罰で本当に神官が死んでいるらしい。


 なんでも前の巫女の姉アルトサージュ様に不敬を働かせた神官が、真っ黒焦げの死体で発見され、アルトサージュ様は姿を消してしまったそうだ。


 まあ、奥神殿にオレは今から侵入するのだから、その噂が本当なら不法侵入のオレにもバッチリ神罰は下りそうだ。そんなことで死んだら実家の兄弟達や父さんに迷惑が掛かる。これは絶対成功せねば!


 その意気込みが功を奏し、結界にオレ一人が屈んで入れる穴がようやく空いた。オレは急いで入り込み、今度は結界を張るためにもう一度詠唱を唱え始める。穴が空いたままではすぐに侵入がばれてしまう。先ほど破る時に結界の構造は理解したから、全く同じ構造でオレの結界を張らないといけない。そうすれば、オレだけが自由に出入りが可能になる、オレ専用奥神殿の扉が完成だ。


 張られた結界を問題がないのを確認してオレは倒れるように座り込む。さすがに魔力を使い過ぎて、しばらく立てそうにない。人が来そうにないのを良いことに、オレは少し休むことにした。


「こんなに苦労して無かったら、恨むぜザット……」


 目をつむって、ここに来るきっかけになったザットとの会話を思い出す。





「薬術師の勉強をしてるのかい? アルツ」


 図書館で薬術の調べものをしていると、ザットに声を掛けられた。


「ご覧の通り」


 本をあげて見せると、感心したようにため息をつく。


「君ほど優秀な人間が教都で研究を続けないで、僻地で治療所を作りたいと初めに聞いたときは、そんな馬鹿なと思ったけど、本当に薬術の勉強を頑張ってるんだね」

「人の故郷を僻地呼ばわりすんな。まあ、国境付近の辺境の村なのは確かだけどな」


 今も戦争の続く国境の村は悲惨だ。ちょっと国同士の紛争が勃発すれば、敵国から兵士が雪崩れ込んでくる。なのに駐屯する自国の兵のための医術師や薬術師はいても、村人たちの病気や怪我を診てくれる人間はいないのだ。今は村の孤児院を兼ねている、教会の神官の義父が見よう見まねで村人たちの世話をしているが、知識も薬などの備品も勿論足りず、義父は何時も自分の力不足に悄然としていた。

 だからオレは、医術師・薬術師になるため教都に来たのだ。いきなり医術師の学び舎に入学する準備は村では出来ないので、持って生まれた魔力の強さで奨学金を受け入れる魔術師になり、魔術院で稼いだ金で医術師の学び舎に入った。


 色々いう奴らもいるが、オレは故郷の村で治療所を作りたいから教都に来たんだ。そのために頑張ってるんだから、ほっておいて欲しいもんだ。


「祭儀のある休日でもこうして勉強してるんだね、本当の偉いよ」

「――オレはまあ信心深いほうじゃないからな。それより、ザットが祭儀に行かないって方が意外だけど」


 一週間に一度の休日に、毎週かかさずアーリリア教の神殿で祭儀が執り行われる。癒しの巫女を初め、すべての大神官らも出席する祭儀なので、教都なんて場所柄、休日だろうが仕事がある医療院や店で働く以外の人間は、基本参加しているようだ。任意参加の行事なのだが、仕事もないのに出席しないとなんとなく非国民な雰囲気なので、ザットが参加せずに図書館にいることが少し予想外だった。


「ん~、別に出席しようがしまいが特に変わらないなら、その時間で医術の勉強をして、一人でも多くの命を救う努力をする方が癒しの巫女様のためかなって」

「どういうことだ? 患者を救うことが、癒しの巫女のためなのか?」


 意味がわからず首を傾げるオレに、ザットは苦笑する。


「相変わらず、なんでも知っているくせにアーリリア教については疎いね。教都で7年も住んでいるのに」

「――他に知らなきゃいけないことが、たくさん有るからな」


 オレの不遜な態度にも、ザットは柔らかく笑って流した。


「元々教都の医療院は、最初の癒しの巫女 アルト様のために作られたんだよ」

「千年前、別の大陸から渡ってきたっていう巫女様?」

「そう。大陸から移住民だった彼女が不思議な力で病気や怪我をたちどころに治すから、評判になって噂を聞いた病人怪我人たちが大陸中から彼女に救いを求めてやってくる。――これは今も一緒だろ」

「まあな、それで教都は栄えているみたいなもんだし」

「だけど、巫女様はすべての人を癒すことは出来ない。当たり前だよね、毎日何百人とやってきたのだから。でも慈悲深いことに、巫女様はすべてを救えない自分の力のなさを嘆き続けたんだ」

「……なんでそこでしょうがないって割り切れんかな」

「やってくる患者たちには、助けられない巫女様を責めた者もいただろうからね、全く自分勝手な話だけど。そんな哀しむ巫女様の憂いを少しでも晴らしてあげて差し上げたいと、巫女様と共に大陸から渡ってきた医術師の従者が、一人でも多くの患者を助けるべく、医療院と医術師を育てる学び舎を作ったのがここの始まり。確か学び舎の講義の最初で説明されたような……」

「オレ、興味のない講義は基本寝てるか、違う勉強をするから」

「――威張る話しじゃ全くないよね」


 ザットが呆れたふうにオレを見たが、一つため息を付くと「アルツらしいか」と笑う。


「それで、その医術師の気持ちに巫女様は報いるために、退任後薬術師になって医療院を共に助けたらしいよ。だから魔術院や剣術院は独立してるのに、医術院と薬術院は医療院の中で一緒になってるんだ。まあ、仕事柄一緒の方が便利だしね」

「へぇ。最初の癒しの巫女は薬術師だったんだ」

「……これも有名な話のはずなんだけどなあ。まあ、いいや。

 とても優秀な薬術師だったらしいよ。そのせいかな、奥神殿にはとても大きな薬園があるそうだ。この大陸のありとあらゆる薬草が栽培されてて、その中には絶滅の危機に瀕している珍しいものから、使用禁止になって栽培が許されていない薬草まであるらしい」


 今まで適当に右から左に流していたザットの話を、オレは真剣に聞き返す。


「……なんでもあるのか?」

「聞いた話ではね。他では事実上絶滅したものも、そこにだけは残ってるらしいよ。温室も幾つもあって、それぞれの薬草に適した環境を整えて栽培してるって話だ。贅沢な話だよね、正直この話を聞いたとき、その薬園を医療院のために開放してくれれば良いのにって思ったんだけど、癒しの巫女様のために作られたもので、結界が張られている奥神殿にあるから、事実上一般に開放なんて無理な話なんだよね」


 しみじみ愚痴るザットを置いて、オレは一人思考の海にどっぶり浸かった。それに気が付いたザットがオレの肩をつついて尋ねる。


「アルツ? どうかしたのかい?」

「――悪い。用事を思い出した、じゃあな」


 そういって、オレはザットを置いて図書館を飛ぶように出ていった。

 その後でザットが「お~いアルツ。この本返しとけばいいのかい?」と言いながら、困っていたことも知らずに。





 やっと魔力が戻ってきた。オレはすくっと立ち上がり、そのまま噂の薬園を見つけるべく人類の秘境、奥神殿の探検に出る。今のところオレの潜入がばれた様子はないが、油断は出来ない。人や魔術の気配に注意しながら進むことにする。


 しかし、人の気配がない。祭儀の真っ最中の為か、それとも元々人が少ないのか。オレにそれを判断することは出来ないが、人目を避けたいオレには非常に助かる現状だ。まあ、アレだけ厳重な結界に守られてるんだ。余程のことが無ければ警戒する必要はないのだろう。


 五分ほど探索して、オレは拍子抜けしてしまうぐらい簡単に、薬園らしきものを見つけることが出来た。出来たのは出来たが……


「目的のものを見つけるのに、まるまる一日以上掛かりそうだよ……」


 ザットの言うことは本当だった。これなら大陸中のありとあらゆる薬草がここにあるに違いない。なにしろ、かなりの規模を誇る奥神殿の約半分がその薬園だったのだ。ありえねぇ。


「確かにこれを全く使ってないのはもったいないよな」


 今の癒しの巫女が薬術師だという話は聞いたことが無い。というか、癒しの巫女が薬術師のメダルを取るって話しがありえない。薬術師になるには医術師同様、筆記試験や実地試験に受かる以外に、数多くの実習や医療院の現場で研修を受けないといけないのだ。他の学生たちに混じりながら勉強する癒しの巫女……、それこそありえねぇ。


 そんなことをしみじみ考えていたオレはすっかり油断していたに違いない。


「ここはわたくしが使っておりますよ」


 小さな女の子が小首を傾げて言葉を発するまで、全くその存在に気が付かなかったんだから。




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